1.39 優香里 vs 夢遊の冥器
――ガキン!
薄暗く広い廃墟のホールの中で、何かと何かが激しくぶつかり合う音が響く。
何度も。何度も。一際大きな音と共に霊子の粉が火花のように舞い散った。
「――っんの!!」
優香里は苦い顔で舌打ちをしながら、打ち合いの衝撃を受け流す様に大きく後ろに仰け反り間を取る。右手に振りかぶるは、ユイから託された光の裁定剣。
「素晴らしい動きです、泉様……あの方の力添えありきとはいえ、真っ向からカノヨビトと対峙できる人間はそう居ません。ましてこの平和で安定した世界においては」
「……そりゃどうも。来年の受験のアピールポイントにでもしよっかな? 良いだろ、アリアさん」
優香里は額に脂汗を浮かばせながら、それでも不敵に笑い目の前の敵を見据える。大小様々な形の純白の布を幾重にも宙に棚引かせ、アリアはホールの中央に立っていた。優香里にそれ以上足を踏み込ませまいとするその表情は、数日前初めて知り合った人物と同じとは思えない程暗く冷たい、暗殺者そのものであった。
「――っ!(優香里姉ぇ駄目、逃げて!)」
ホールの反対側、術式陣とアリアの背中越しに由紀は呻き、声無き声を上げて優香里に必死で訴えかけていた。
身動きは出来ない。口元から下、身体全体をアリアの霊子で編まれた白い布でミイラのように雁字搦めにされ柱に縛られていた。優香里がホールに突撃してきたと同時にアリアは目にも止まらぬ早さで由紀を捕らえていたのだった。
それは鍵となる由紀を逃がさない為というのが一番の理由だったが、気が焦った彼が自身を危険に晒すようなマネをさせない為、そしてそんな由紀を何よりも大切に想っているだろう目の前の少女への牽制の為でもあった。
しかしそれは逆効果。『桜華の亡霊』との約束に加え、捨て身の覚悟で『弟』を救いに来た『姉』、泉優香里にとってはむしろ闘志と剣技を今までに無い程に高ぶり燃え上がらせる状況であった。
「……出来ればお引き取り頂きたいのです、泉様。数刻とはいえ親交を深めてくださった間柄。恩義もある。儀式に関係の無い貴女を傷つける事は本位ではありません」
「――は。それだったらアンタ、とりあえずとっととそいつの拘束解いて返してくれ。そしたら秒で帰る、アンタのゴシュンジンサマの邪魔もしない」
「無理です」
「じゃあ私も帰んなーい」
無表情で即答するアリアに優香里は子供のようにベーっと舌を出し悪戯っぽく笑う。数十回に渡る剣と布の打ち合いで力の差は誰の目から見ても歴然であった。優香里がどんなに素早く駆け抜け由紀に近づこうとも、アリアは殆ど動かないまま無数に纏った白い布を細長く鞭のようにしならせながらこれを瞬時に迎撃する。彼女の霊子で編まれた霊子布は金属以上の硬度であり、ユイの剣と優香里の技をして防ぎきるのがやっとであった。
だというのに。何度も弾かれ叩き伏せられた優香里の方は息も絶え絶えになりながらも余裕で溌剌とした強い表情。対してアリアは暗く冷たい表情の中にどこか焦りのような感情を滲ませていた。
「貴女では私は倒せません。……ですが、もう」
「もう? 何さ」
「……手心を加える余裕がいつまでもある訳ではありません。時間も、です」
そう呟くアリアに応えるようにホールの外、ここから程近い区画で大きな破壊音が響き渡った。同時に鈍い振動が地面を震わせ伝わってくる。
外で誰かと誰かが、いや、何かと何かが激しくぶつかり合っている。優香里とアリア、二人の戦闘が霞む程の壮絶な死合いが。
「(――――ユイ?)」
布で塞がれままならない口で由紀は思わず呟く。
相手は間違いなくアリアの主ユリス。どうして、とも思わない。自身が連れ去られた見知らぬ場所で優香里が突入してきて、真っ先に駆け付けてくるだろう主犯が一向に姿を見せないのだから。
どんなやり取りがあったのかは分からない。けれど二人が協力して自分を助けに来た。
自分の『姉』と、……自分の大切な人の命を奪った『彼女』が。
「……………………」
由紀は動けない体を更に縮こませ、自身に喝を入れるように瞼をギュッと閉じる。
未だに上手く感情を整理できない。けど、もう迷わない。
そんな由紀をよそに、アリアは大きく息を吐いた後にこれまで以上に暗く恐ろし気な目つきで優香里を睨む。右手に束ねた布からスラリと取り出したのは、本来素朴で柔和な雰囲気の彼女には余りにも似合わない程大きく武骨で仰々しいマチェットナイフ。
「主から預かった使命があります。佐倉様を説き伏せ、……不可能なら無理矢理にでも術式に組み込み『楽園』の創世を。その為にまず泉様、貴女を倒します」
表情や佇まいを見るだけでも分かる。齢十七歳の自分とは比較にならない程の時間と場数を歩んできたであろう目の前のメイドに鋭く凶器を突き付けられても尚、優香里は物怖じもせず何処か呆れたようにフンっと鼻を鳴らす。
「『楽園』ね……。由紀を殺して、この世界の連中も巻き込んで、皆巻き込んで。……それで最後にアンタのご主人様を生贄にして成り立つ代物が『楽園』なんてな」
その言葉に挑発や嫌味のつもりは一切無い。ただユイから聞いてアリアの宣言を受け取った優香里が自然と口にした事実。しかしアリアの身体が一瞬強張り睨み顔が蒼白に染まった事を優香里は見逃さなかった。
「……良かったよ、アリアさん」
優香里は不敵に笑って、光り輝く剣を構える。
「アンタは大事な人を死なせる為に戦ってる。そして私は世界で一番大切な男を生かすために戦う。だから」
優香里はニィッと眩い笑みを浮かべ、そのまま地面を割らん勢いで踏み込んだ。
「私が、勝つ!!!」
「――――っ!」
自分より余程弱く未熟な筈の少女の圧に押され、それを誤魔化し振り払うかのように夢遊のメイドは初めて駆け出し、ナイフを大きく振りかぶった。




