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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.38 桜華の亡霊 vs 夢遊公爵①

 優香里が大広間に突入した同時刻。

 一際大きく高い中央作業ビルの屋上に二つの人影があった。


「……始める前に、一つだけ」


 その内の一人、ユリス・フォン・アドラヴァイスは、自身が立つ場所の向かい側に今しがたふわりと花びらのように現れた少女に対し微笑み、


「――すまなかった」


 そして、『桜華の亡霊』、ユイに深々と頭を下げた。


「己が悲願の為とはいえ非道な振る舞いをした。部外者が触れる事でも無いだろうに。ユキ君を傷つけた事、そして貴女にも無礼を働いた事、詫びさせて欲しい」


 貴族特有の品格が漂う、それでいて他に混じりっ気のない心からの陳謝だった。それに対しユイは静かに首を振るう。


「……貴方が私に謝る事ではない。貴方がきっかけであの子が知った事は本来私からすぐにでも伝えなければならない事だった。不義理なのはむしろ私の方」


 ユイは俯き、そしてユリスの背後の景色を見つめる。二人が立つビルの向こう側、大きめのメインホールに三人と大きな一つの術式の気配が見て取れる。

 一人は優香里。自分が与えた剣を携え、あのメイドだろうカノヨビト一人と対峙している。術式は規模から考えてもやはり『世界創造』に類する霊子術式陣。

 そして、その近くにいるのが。


――駄目ね、私は。


 あの子の笑顔が脳裏に浮かぶ。驚く顔も、照れた顔も、泣き顔も。彼の周りの人や景色も次々と。たった数日の出来事だというのに、どうしようもなく強く。

 柄にも無い。自分は『桜華の亡霊』。『彼世』の一機構、孤独な裁定者だというのに。


「……あの子は。この世界は。私が居るには余りにも優しく、温かく、眩しすぎる」


 そうでしょう? と、ユイは珍しく他者に同意を求めるようにユリスの顔を見る。ユリスはそれには答えず、しかしどこか哀しむように、憐れむように微笑み返した。


「結局、貴女程の方ですら彼世に、世界の理に、不条理に縛られているんだね。だからこそ、私は私達だけの『楽園』を目指しこれを成さなければならないのだけど」

「……先程漸く確信できたけど、本気なのね。その様子だと」

「あぁ、勿論。……あぁ、レヴィの事もありがとう、ユキ君からしっかり受け取ったよ」


 自身の懐を大切そうに撫でるユリスに、ユイは目を細める。レベッカの壊れた霊子核は確かにそこにあった。霊子として分解されないまま、魂の形のままで。

 レベッカだけではない。強く集中して見ると、ユリスの身体の中には強大な彼の霊子核を中心に多数の、数え切れない程無数の霊子核達が銀河のように渦巻いている。

 全ての基底たる霊子を基礎とするカノヨビト。彼らが他者を襲い霊子を奪う際、それは全てを霊子に分解して吸収することが基本だ。身体も魂も漏れなく最小単位の霊子に変えて自分の存在に積み重ねていく事。ユリスも当然そうだとユイはこれまで考えていた。


「さっきの高精度の囮で分かった。……貴方、本当に賛同してきた者達全ての魂を補完して連れて生きてきたのね。億単位の人の意思を。……並みの精神じゃない」


「貴女にそう言って貰えるのは光栄の極みだ。……そうとも、本気さ。今まで巡り会ってきた者達から霊子を貰い、そして霊子核を余さず預かってきた。もっとも、貴女を欺く為に五人、尊い存在を喪う羽目になったけどね」


 そこでユリスは初めて笑みを消し、僅かな怒りと哀悼を表するように目を伏せる。そして揺るぎない意志を示す様にユイを改めて見据えた。


「犠牲は今日この時で最後だ。本当に最後。術の起動にユキ君の霊子核を借り受けるが、心は勿論連れていく。莫大な霊子を元に新世界を、『楽園』を作り上げるんだ。私はその統治者となり、皆の恒久的な幸せを守り続ける」

「……無理よ、そんなのは」

「できる。やり遂げてみせる。……今度こそ、せめてこの人達だけでも」


 ユリスは大切そうに自身の胸を撫で、そして右手に霊子で編んだ剣を持ち、目の前の最後の大敵に向けて構えた。


 彼女は、ユイは、『桜華の亡霊』は。『彼世』の裁定者であり、太古から世界の安定と安寧を守る者。例えどんな利があろうと、どんな理由があろうと、どんな想いがあろうと、等しくこれを正し、断罪する存在だ。あくまで他人の為にと動くユリスをして、他の世界やその特異点を害する事を許す筈も無かった。

 同意や赦しなどあり得ない、ユリスも勿論承知していた。しかし、それでも彼女にははっきりと想いを明らかにすべき義理を感じた。



 彼は宣言する。


「――ユリス・フォン・アドラヴァイスが始める。我が魂を基に、本界とその特異点を礎に、我に集いし七十五億一三四七万四二三八人の魂の安寧を此処に為そう」



 ユイは静かに聞き届けた。そして彼女もまた、既に説得等の類は無意味だと悟った。

 対話はこれで最後。彼に関する犠牲もこれで最後。そして、


――貴方の優しい自傷もこれで最後。


 ホルスターからゆっくりと拳銃を取り出す。白銀に眩く光る巨大な銃を不釣り合いな程華奢な腕で掲げ、これから殺し合う男に対し向ける。



 彼女も応えるように宣言する。


「――ユリス・フォン・アドラヴァイス。今、貴方の罪と想いは私が裁こう。貴方の遠き理想郷は、『桜華の亡霊』という唯一つの『私』が全て否定し、ここに打ち砕く」



 億を超える魂を胸に、理想郷を願い追い求める男。

 世界の理に従い、単一の個として裁定を執り行う少女。

 見つめ合う事数秒。

 ユリスが走り、ユイが銃の引き金に指をかける。



 この世界の命運を分ける、大きな二つの力がぶつかり合い、天と大地が揺れた。



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