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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.37 アリア

 そこは庭だった。

 青く澄んだ晴天の元、大きな屋敷の先に広がる大きな庭園。

 規則正しく切り揃えられた植木とそれ連なって設置された色とりどりの花々。園外に広がる新緑の山々も併せて、溜息が出る程美しい風景だった。

 そんな庭の中心、白亜の東屋に由紀の視界はあった。

 良く手入れされた芝生に太陽の光が柔らかく反射して眩い。しかしそれは心地良い温かみを与え、新緑と太陽の匂いに思わず微笑みが零れた。

 ふと、膝の辺りに重みを感じる。視界を下ろすと、そこには少年が眠っていた。

 灰色の髪に幼さの残る顔。格式高い服を纏った身体は由紀よりも小さい。

 知らない子だった。だけどどうだろう、その寝顔は由紀に限りない幸福を感じさせた。

 やがて少年が目を覚ます。ぼんやりとした瞳は真上の由紀を見、その後思い出したかのように懐に手を入れる。

 取り出したのはナイフ。細かな装飾が施された、小さいながらも高級そうな一品。


――あぁ、ご主人様。


 少年はそれをキラキラとした目で眺め、ほんの少し決まりが悪そうな顔をしたかと思えば、悪戯っぽく由紀に笑いかけた。


――いいえ、ユリス。優しい子。


 どうしようも無い程の愛おしさを感じながら、由紀は少年に笑い返す。



――貴方には、自分の為だけの、普通の幸せな人生を歩んで欲しかった。



 どうしようも無い程の切なさを感じながら、アリアはユリスに笑い返した。





「――――――――ぅん」


 何処か知らない廃墟の中、由紀の意識が戻った。


――今のは。


 薄ぼんやりと溶けていく夢の輪郭を反芻しながら由紀はゆっくりと目を開ける。


「……おはようございます。佐倉様」


 夕暮れに差し掛かった日の光が僅かに照らす廃墟の中、由紀の顔を見下ろすアリアの儚げな顔があった。


「アリア……さん」


 由紀の後頭部に柔らかい布の感触。由紀が目覚めるまで膝枕の形で介抱してくれていたようだった。


「申し訳ありません。結局最後はほぼ強引な形でお連れする事になってしまいました。多少でも追跡され辛くする為とはいえ、意識まで」


 見覚えなんて当然無い場所で由紀は頭に手をやり、直前までの記憶を探る。ユリスが校舎を襲撃し、明人が。そしてユリスは撃たれたかと思えば無事で。その後。

 不安げな顔のままアリアを恐る恐る見、そして気づく。彼女の背後、この大広間の中央で青白く光る巨大な霊子の紋様の塊を。

 幾何学的な記号や見たことも無い文字列のような模様が無数に、絶えず不規則に立体軌道を描いている。その内外に数え切れない程舞い散る霊子の粉はまるで夜空に光る星々の様で、全体としてさながら宇宙のミニチュア模型にようにすら見えた。

 由紀はその紋様達の意味も、文字列の言葉も当然分からない。しかし、あの霊子術式陣がこの自分に対して用意されたもので、自分にとって破滅的な存在である事は目の前のアリアの表情からも見て取れた。


 アリアは由紀に深く一礼し言う。


「……準備は整っております。あちらはご主人様とこの『現世』を繋ぐ為の扉。発動し開く事で一時的に世界の支配権を獲得するものです。それで世界の一部を切り取り、ご主人様を世界核とし彼の理想とする新たな『現世』を創世します」

「新しい、『現世』?」

「はい。あの御方にとっての長年の悲願。ご主人様と、私達を信じ魂と霊子を捧げてくださった数多の人々……レベッカ様達との約束の理想郷。『楽園』です」


 アリアはそこで一瞬躊躇うように苦しそうな顔をし、しかしすぐさま冷徹な顔で由紀に向き合い言い放つ。


「佐倉様には、これからあの術式の中に入って頂きます。霊子核を摘出し世界の扉を開く為の鍵として機能させる為に」


 アリアはするりと懐からナイフを、そして霊子術で編み出した白い布を細長く伸ばしたものを纏い、由紀に近づく。


「さぁ、こちらへ。出来得ることなら佐倉様自身で入って頂きたいのです。霊子核をより綺麗な状態で取り出せる。どのみち、拒否はさせられませんが」

「……入りません」

「いいえ、入って頂きます。――逃がしません」


 今やユイにも負けない程無表情で恐ろし気な暗殺者の雰囲気すら漂わせるアリアに、由紀は内心背筋が凍る程の恐怖を感じながらも後ずさりはせず目を背けなかった。


 由紀は問う。


「僕を殺して、それで本当にユリスさんの願いは叶うんですか?」

「はい、漸くです」


 カノヨビトの目指す聖域、『楽園』を目指すのではなく、自分でその『楽園』を実現しようとしているユリス。

 由紀は緊迫する状況の中で、そこがどうしても引っ掛かった。


「ユリスさんは、もし理想の世界が作れたとして、あの人はその後どうなるんですか」

「……………………」


 答えは、無かった。しかしアリアの顔色が一瞬変わったのを由紀は見逃さない。

 由紀はユイに教わった以上に『彼世』やカノヨビトの都合は良く分からない。漫画やアニメに出てくるものを想起することが精々だった。しかしここまで大事になっている事からも、世界を作るということはカノヨビトにとっても相当に難しい事なのは明白だ。


「さっきアリアさん、ユリスさんを『核』にすると言いました」

「……………………」

「……『楽園』が実現して、ユリスさんは『人』で居られるんですか?」

「……あの御方の御決断です」


 アリアは小さくそう呟く。それに由紀は思わず畳みかけるように声を上げる。


「ユリスさんは、それで幸せなんですか!?」

「……そうです」

「レベッカさんや、命を捧げた人達も!?」

「……そうです!」


 由紀は叫んだ。


「――――アリアさん、貴方は、それで良いんですか!」

「――――――――――――そう、です」



 それは彼女の表情で明白だった。


「……嘘ですね、アリアさん」

「――っ」

「だってアリアさん。ちっとも喜んでない。幸せそうな顔してません」


 由紀は両手をぎゅっと胸に当て、問いただすように囁く。


「初めて会った時、アリアさん本当に楽しそうに笑ってくれました。特にご主人様、ユリスさんのお話をする時なんか、心から幸せそうで」

「それ、は」

「カノヨビトとして再会した時も、路地裏の時も、今もずっと苦しい顔してます。長年の夢が叶う人の顔には見えません」


 由紀は漸くユリスの、そしてアリアの心の内が掴めた気がしていた。


「僕もね、アリアさん。嘘、結構ついちゃうんです。そうしなきゃって自分を誤魔化そうとする時。よく下手だって言われちゃうことも多いけど」


 由紀は笑みを浮かべ、今まさに自分を害しようとしている筈の、逆に今怯え切った表情を浮かべる従者の女性に言い放つ。


「僕、まだ死ねないんです。会って、伝えないといけない人が居るから。……そしてアリアさん、貴方とユリスさんの為にも。僕、精一杯抵抗してみようと思います」

「……佐倉様、貴方は――――」


 由紀の顔つきの変化と、およそ似合わない啖呵にユリスが口を開いたその矢先、



――ガゴォン!



「……よぉ、アリアさん。預けた『弟』、引き取りに来たぜ」


 扉が吹き飛ぶ音と共に、白く輝く剣を携えた優香里がそこに立っていた。



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