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殺人鬼少女  作者: 朱殷
第3章 新しき生活
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第3章9 終わりの見えない

 



 大きな耳が些細な音を拾った。複数の足音。どういう手段を用いたのかはわからないが、既に庭に侵入されている。この屋敷の人の足音は覚えた。身長、体重、靴の種類。どんな組み合わせで考えてみても該当するものはその中に一つもない。


 フレルを何の説明もせずに眠らしたのは申し訳ないと思っている。他にもやりようはあった。たが如何せん時間がない。急いで確認する必要があった。侵入者を見つけて弾き出す必要があった。安全のために。

 杞憂で済めばそれで良い。だが、もしもそうでないのなら。僕は少しだけ働かなければならない。


 音がしたのは入口の方向。律儀に道路を通ってきたらしい。一瞬ただの客人かもと言う考えが脳裏をよぎるが、すぐに消し去る。

 もう客人が訪れるような時間帯じゃない。その上来客の予定は耳にしていない。鍵がかかっているはずの門を壊すか乗り越えるかして侵入したのだろう。


 フレルの部屋の窓から、屋敷で言えば裏手の方から外に出たので遠回りする必要がある。急がなければ。誰かしらが気付いていれば良いが、その可能性は低いだろう。ギリギリ拾えるくらいの音しか鳴らしていない。人には無理だ。


 遅いと言われ、抱えられ、鈍っていまった足。魔法で少しだけ手助けしてやる。芝生を踏みにじり蹴る音がうるさい。これで不信に思ってくれれば御の字だ。


「………?」


 キョロキョロと忙しなく首を動かす人影を補足する。影は五つ。音は聞こえたが特筆して警戒していないようす。酒にでも酔っているのか足元が覚束ない。

 死角になるような位置へ身体を忍ばせる。


 ここで一つの違和感。襲撃にくる格好じゃない。

 ボロボロで貧相な服、食べ物すら苦しいのか骨が浮き上がっている。目元には隈があり、生活レベルの低さが伺える。近隣の町には見られなかった特徴だ。

 極めつけは武器を所持していない。隠しているのかもしれないが、逆に言えば隠せる程度の大きさでしかないと言うことだ。魔導具を購入できるほど生活の質は良さそうには見えない。

 つまり、警戒するに値しない……と言う訳にもいかないのが面倒なところ。


「とりあえず……」


 そうこう考えている間にもこいつ等は屋敷へ歩を進める。今はまだ大人しく軍行しているに過ぎないが、いつ暴れだすかわからない。じりじりと時間もすり減っていく。


 時間稼ぎをすべく、意を決したように足を前へと動かした。


「こんばんは。何か用かな?」


 道を塞ぐように。もしかしたらと言う希望を込めて。


 案の定と言うべきか、そうでないか。集団からの反応は一つもない。言葉が返ってこないだけではない。まるでその兎の姿を認識すらしていないようだ。眉の一つも動かさず、視線が絡むこともなく。何処かわからない虚空を見つめたままに歩く。


「反応なし、だね。………それじゃ、ごめんなさい。貴方たちに罪はないけれど、それは僕も同じだから」


 集団とは対称的に、直立していた兎。独り言のように詫びた瞬間、一拍と置かずにその場所にはいなかった。


「ごふっ――」


 返ってきた言葉はそんなうめき声。素早い兎の脚が先頭の人の腹にめり込む。振り抜かれた脚、後はドミノ倒し。

 けれどあまりダメージは入っていないようで、何事もなかったかのように立ち上がる。この時、ふらふらと安定しなかった足は、瞳は、初めてその真っ白な兎を捉えた。完全な敵意を持って。


 集団からの一斉の視線、背筋に悪寒が走る。初めての感覚に不敵な笑みを浮かべて――


「さ、制限時間つきのゲームをしよう。……僕は君たちを殺せない」


 そんな自己暗示の呟きを聞き届ける者はここにはいない。


 何処に隠していたのか、侵入者たちは片手にナイフを構える。

 ナイフと一口にしても多種多様。厨房に並ぶ包丁から鋭利さを失うくらいまで錆びたものまで。戦う気を感じない。本当にその気はあるのか?――いや、きっとないのだろう。


 降り掛かるナイフたちを手玉に取る。造作もないことだ。碌な訓練も受けていないであろう人がどれだけいようと、その小さな身体に掠ることすらない。

 動き回り、時にジャンプを加え、縦横無尽。偶には蹴りを入れることを忘れない。


 傍から見れば、一方的。けれど実情はそう簡単ではなかった。


「埒が明かない……わかってはいたけどね」


 小さな兎の攻撃では碌なダメージを与えられていなかった。蹴り飛ばせど、立ち上がり。それのループ。相手の攻撃を当たらないけれど、兎の攻撃も意味がない。堂々巡り。

 両者息も上がらず、疲れの色は見えない。


 面倒だ。魔法でサクッと首を引き千切ってやろうかと思うが、それをすることはできない。それは安全のため。僕が僕であるとしられる訳にはいかないのだ。


 僕が僕であると知られた瞬間、僕は僕である意味がなくなる。


 今の彼らは操り人形だ。自由意志のカケラもない。操っているのはきっとファーマメントの奴らだろう。特定の作用しかしない不便な道具がなければ魔法の使えない地上の者が人を操るのは不可能だから。


 一度目に操って殺した男女二人。二人には殺し損ねた娘がいた。それがフレル。何故だかわからないが、殺さなければいけない理由が奴らにはあった。だから殺し損ねたフレルを狙う。


 どうしてもと言うのなら魔法を扱える奴らが直接手を下せばそれは簡単に解決する。たとえ僕でも二人以上同時は相手にならない。それをしないのは油断故か、全く別の理由か。

 どちらにせよ奴らが裏にいるのは確実だ。


 そして、侵入者とファーマメントが繋がっているのなら――


「僕は魔法を使えない」


 地上の者で魔法を扱える者は全て例外なくリストアップされている。そのリストにない兎が、奴らから見た人間が魔法を使っているのを気付かれたら、珠を扱う権限を奪われる。それすなわち魔法を使えなくなる。


 大珠を持つ奴らと言えど、珠そのものに細工は施せない。だからファーマメントの住人に契約、もとい呪いを与えた。


 故に肉弾戦。終わりの見えない時間稼ぎ。




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