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殺人鬼少女  作者: 朱殷
第3章 新しき生活
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第3章4 白兎

 



 創られた町並み、見せ掛けの庭園。ずっと奥まで続いていそうだけれど、すぐに途切れる。新しい景色が流れる。太陽の位置が目まぐるしく変化する。明るかったり暗かったりオレンジだったり。


 やっぱり、境界はそう何度も越えるものじゃない。ある程度慣れているとは言え酔うと言うか。適切な言葉が見当たらないけれど心地の良いものではない。頭がぐちゃぐちゃに掻き回されているような気持ち悪さがある。


「……他の奴らとはわかり会えない」


 つくづくそう思う。それは向こうも同じくことかもしれないけれど。


 気持ち悪いのに何度も境界を足早に越えて何を急いでいるのかと問われると、実はそう言う訳ではない。急く必要性など一欠片もない。ただお気に入りの場所を目指しているだけだ。


 この、数多くの屍が眠る地を踏み締めながら歩く。ファーマメントとそれに関連する出来事で数多の生物が絶滅した。同種が真っ二つに千切れた。ファーマメントで生まれたのは言わば勝ち組とやらだろう。


 けれどそれを手放しに喜んで良いものか。勿論この土地に生まれたからこその利は享受しているので感謝はしているが、ここまで大きい同種の隔たりを甘受して良いものか。


 とは思ってみるけれど、しっくりこない。革命を起こそうと奮起するでもない。もしも革命を起こすとなると戦場は下界になる。


 下界の国々はほとんどがファーマメントの従属だ。大っぴらにはされていないが何らかの契約で操られていると言う噂は有名だ。ごく一部を除いて、


 除かれた一部の国とその他大勢の国。勝ち目がないのは火を見るよりも明らかだ。勝てない戦いに巻き込み何とかしようとした下界をボロボロにしては本末転倒だ。


 ………なんて薄っぺらい言い訳で包んではみたものの本心は隠せない。ただ勇気がないだけ。圧倒的な利権を捨てて命を燃やす勇気がないだけ。


「…………」


 しんみりしてしまった。どんよりとした空気感を振り払うように首を左右に振るう。


 ごつごつとした岩が乱立する場所。崖のようになっていて足を踏み外せば下界へ真っ逆さま。ファーマメントの端っことでも呼べば良いのだろうか。ここは嘘でも幻影でもない、本当の景色だ。それが関係しているのかわからないけれど落着く。


 岩の中でも一際出っ張っている物に腰を下ろす。浮雲のような空気に足を任せてぶらぶらと揺らす。高所に恥じない、気を抜けば振り落とされてしまい兼ねない風が全身を流す。まるで黄昏るように不安定に身を任せる。


 今日は曇が薄い。おかげで下の様子がよく見える。求めた時に太陽が現れ、沈むこの場所では時間なんてあってないような物だが今は夜らしい。概ね真っ暗な大腸に人間の営みの光が存在を伝えてくれる。距離がありすぎて一人の動きを追うことはできないけれど全体なら見ることができる。


 また一つの家族が眠りについた。


 楽しそうだなと思う。自らを神と称せど生物には変わりない。血の繋がった肉親はいる。けれどいるだけだ。字面上だけでの肉親。そこに温かみなんて存在しない。だから少しだけ、羨ましい。


 ファーマメントと下界の関係。これをフラットにすることはできなくとも堕落してしまいたいと思ったことはある。ただ僕が今ここに居ることが応えでもある。


 もしここから落ちればどうなるのか。


 それが故意だった場合。空中で殺されて終わりだ。身動きの取れない空中で、不可避の攻撃で消失。きっと灰も残らない。やり過ぎに思うかもしれないが仕方ないのだ。それほどにまでたまの力は強い。ファーマメントの住人以外の手に渡ってはならないものだ。


 不意だった場合。殺されずに引き上げられるだろう。厳重注意で済むのだろうか。足を滑らして落っこちた者がいるとの噂は耳にしたことがあるが真相はわからない。まあそんな恥ずかしいことを態々公言するもの好きもいないだろう。兎に角問答無用で殺されることがないのは確かだ。


 向こうには嘘か真か、故意か不意かくらい見極める手段があるのだ。それに殺しは後処理が面倒臭い。その部分においては信用できる。


 もし逃げ出すとすれば混乱に乗じてくらいだろうか。


 一つ、二つと無意味な妄想が頭に膨らむ。


「……はぁ」


 なんだか疲れてしまっているようだ。まともに頭が働いていない感覚がする。何か起こった時に魔が差してしまい兼ねない。少しだけ休むとしよう。


 時間はもう遅い。皆眠ってしまったみたいだ。


 カチャリ、と。下界のライトが一つ消えた。



───────────────



 カタ、カタ。地面を蹴る小気味良い音が鼓膜を揺らす。廊下に響く。幻ばかりが顕現するファーマメントには珍しい実態を持った建築物だ。


 この場所において、実態を持ったものは珍しい。その必要がないからだ。基本的に魔法で作られたものとは言え家屋は住めるし風は匂いを運ぶ。実態が必要なのは食物くらいだろう。魔法を食しても美味しくないしお腹も膨らまない。


 それなのにこの建物が存在するのにはきちんとした理由がある。


 遥か昔、原始の大戦が終わってからファーマメントが空中にできるまでの頃。人々は土地を見繕った。


 ファーマメントは幻ばかりだが基盤となる地面すら魔法で作った訳ではない。元々は下界にあった場所だ。それを切り取って一つの都市にした。


 できるだけ戦火の影響を受けていない場所を。小動物すらほとんど暮らしていない、辺境の地を。そして何より自分たちが住むに相応しい広大な土地を。


 そうして吟味した土地を空へと打ち上げた。高く、高く。一気にこれだけの土地を切り取るのは大変だ。だから少しづつ。可能な限りの大きさで何個も切り取り空で一つに繋げる。その苦労があったからこその今だ。


 そして完成したファーマメントだが、一つだけ守らなければならないものがあった。人間以外の生物から奪い取った珠。それを一つに固め、純度を高くしたもの。通称大珠。


 通常珠は物凄く小さい。けれどそれが全生物からとなると塵積で相当な大きさとなる。それこそ空中に置いた土地の欠片よりも大きい。しかし土地よりも先に空へと打ち上げられた。


 その理由はただ一つ。大珠こそがファーマメントを空中都市たらしめているものだからだ。


 珠は魔法の根源。そしてそれを固めた大珠があればより大規模な魔法を扱える。大珠由来の魔法でファーマメントは浮いている。ありえないような高所の凍てつくような寒さの暖房を広大や土地全体に施している。


 もしも大珠がなくなればこの土地が地上へと重力のままに真っ逆さま。その威力は数えしれない。だからこそ絶対に守らなければならない。


 けれど当時、それだけの魔法的余力がなかった。大珠にどれだけの負荷をかけても大丈夫なのか、手探りだった。人々は地面を切り取るのに精一杯だった。だから原始的な建物に頼らざるを得なかった。


 そうしてできたのがこの建物。大珠を覆うように作られた巨大な建築物。他にも住居など、たくさん作られていたが時間が経過するにつれてそれらは幻に取って代わられた。伝統とか、記念とかの意味を籠められてこの建物だけは現存している。


 そんな場所で何をしていたのか。

 単純明快、ちょっとした仕事だ。ノルマと言った方が正しいかもしれない。


 僕らが生きていくのにお金を稼ぐ必要はない。そもそもファーマメントに紙幣貨幣の概念はない。ご飯が欲しければ配給がある。だから仕事は存在しない。


 けれどファーマメントが存続するには働き手が必要。大珠のメンテナンスや食物の作成。魔法でほとんど労力を使わずにできるとはいえ手は必要。それらをノルマと言う形で全員に少しづつ割り振っているのだ。


 何かをしても目に見えた報酬がないのは嫌になるが、そんなシステムなんだから仕方がない。


 かたかた、すたすた。断続的に続く音。音色は一つ。それ以外に音はない、静かな空間。うるさいよりずっと良い。


 他人のスケジュールなんて把握していないけれど、今回この建物に配属されたのは僕だけだったらしい。大珠に触れて五感が際立っている時もこれと言った気配を感じなかった。


 それにしても、まだ気持ち悪さが身体に残っている。大珠に犯されたせいだ。五感の鋭敏さが残っている。何よりお酒の匂いを嗅いだ時のようなぐるぐるとした何かが頭の中を掻き乱している。早く離れることにしよう。長居したくない。


 そう思っていた。


 敏感な耳が音を拾う。流そうと思えばすぐに気にならなくなりそうなくらい小さな音。けれど一度耳に入ってしまえばまるで強調表示されるように、ダイヤルが合っていくように大きくなる。


「下克上」


 何かのゲームの話だろうか。昔、そんな感じの名前のカードゲームが流行っていた記憶がある。


「殺す」


 物騒な台詞。穏やかじゃない。


「ターゲット」


 日常生活じゃ稀にも使わない台詞。嫌な予感は気のせいだったのだろうか。本当にカードゲームでもしているのでは


()()


 っ!


 嘘。カードゲームなんてものじゃない。ファーマメントの住民は人間だ。古来二つに別れた人間の一つ。けれど彼らは自らを人間とは呼ばない。神々であると盲信しているから。


 そしてその言い方はまるで………


 走る。元来た道をバタバタと。静かだった空間が揺れる。うるさいのは苦手だ。けれどそんなのは気にしていられない。


 目指して辿り着いたのは大珠が配置されている場所。厳重に保管され、普段は近づくことすら許されない。けれど今ばかりは近づいて入る権限がある。


「……良かった」


 誰もいない。いるはずがないとは思っていたけれどいざ声に出すとより安堵する。


 ゆっくりと、一応音を立てないように厳重な扉を開ける。丸い何重にも鍵がかかっている扉。それを権限が与えられた魔法でさくっと解錠する。


 目の前にあるのは大珠。もわもわと空間を歪めるように淡くピンクに発光している。その威光を全身で浴びると引きかけていた気持ち悪さが再発、より酷くなる。それに対処するのも忘れて僕は大珠に触れて魔法を発動する。


 自身が持っている珠とは比べ物にならないくらい強大な力を感じる。ぐわり、視界が歪み俯瞰しているような視点に飛ぶ。脳がショートしそうなくらい無数の情報が頭に流れ込んでくる。


 見えるのは自分。汗だくになりもたれ掛かるように大珠に触れる自分。

 見えるのはファーマメント。賑やかな所もあれば静かな所もある僕の暮らす都市。

 見えるのは下界。行ったこともないはずなのにまるでそこに居るように鮮明に。皆笑い合っている。ここでは見られない屈託のない笑みで。


「あった」


 そんな中見つけた笑みとは真逆の場所。相手を操る魔法を纏う人々と、その前に広がる悲惨な現場。すでに死んでいる場所も今まさに死のうとしている場所もある。


 一つや二つじゃない。同時に何ヶ所も、何十ヶ所も。数え切れない場所で起きている。殺人が、殺戮が。


「無理だ」


 なんとなくわかっていた。こうやって殺しが行われていることは。けれどこうも多いなんて。


「助けられない」


 助けなければ戦争がおこると言うのに。


 絶望する僕に一つだけとある情報が入ってきた。吉報でも救世主でもない。一人の少女の情報が。


 それを認知した瞬間僕は空に飛び出していた。転移魔法を使って。


 目指すは一つ辺りの家屋より一回りも二回りも大きい屋敷。もうすぐ人が死にそうな場所へ。身体を空に溶かして。



───────────────



「って訳だよ」


 フレルがむすぅと不満そうに僕を見つめる。


 少し気が乗って話し過ぎてしまった。話す必要がなかったことも沢山言ってしまったかもしれない。知りすぎは危ないと言うのに。


 ……はぁ。それは僕の落ち度だ。責任転嫁するのはやめよう。より守らなければならない理由が増えただけ。過去には戻れないんだ。諦めるしかない。


 そう反省してみるけれど目の前の少女には伝わらない。一方的に盗み聞くのは気が引けるけれど今回ばかりは助かった。おかげで一番隠すべきことは言わずに済んだ。それに心の中を覗かれることもない。


 フレルを助けた一番の理由。他の理由は後付けだと言っても過言じゃないくらい大きな理由。そして絶対に外に漏らせない理由。


 僕が


「極度で一途なロリコンだってこと」


「ん?何か言った?」


 それだけは。




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