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殺人鬼少女  作者: 朱殷
第3章 新しき生活
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第3章3 空中都市と原始の大戦

 



 真夜中。三日月が何もない草原を照らし、露がそれを反射する。小さな星々が必死に光れどここに居る者の意識には入らない。


 色とりどりの花が自生している。まさに人の手が届いていない場所。届かないのではない。三百六十度闇夜に包まれ電灯の一つも見当たらないが決して。

 ここは辺境の地でも余程の山奥でもない。耳を澄ませば川のせせらぎ、小鳥の歌声が風に乗る。ここはあえて開拓していない場所。そう見えるように創られた場所。


 そんなところにひとつの影があった。暗いみどりに墜ちる漆黒。大きいとも小さいとも取れないそれは人の形をしていなかった。否、人の形どころではない。如何なる文献にも、如何なる図鑑にも載っていない奇形だった。うねうねと常に形を変化させ、定形を持たない影。まるで赤ん坊の落書きのよう。


 影の持ち主は背を下にしてばたりと倒れ込む。夜空を見上げる。重さで草花が歪み、散る。けれどそんなことは気にも止めない。広げられた指を微細な虫が這う。


 見上げるは曇一つない空。視界内は勿論のこと地平線の先にだってないと断言できる。嗚呼、でも。


「………下にはあるか」


 この者が寝転がる地より遥か下。まるで下界とを真っ二つに分断するかのように厚い曇が東西南北に伸びている。


 ここは空中都市ファーマメント。下界で人々が纏まり、国を創り発展していくよりも昔に建てられた歴史ある都市。都市と称してはいるものの下界の国々よりも古く、立場としては上に位置する。


「…………。」


 虫が五月蝿く鳴いている。羽音を鼓膜に響かせ花の蜜を集める。一輪だけでは足りないのか隣へ隣へとハシゴする。その様子をじっと眺めてみるけれどどうにも美味しそうには思えない。


 そもそもこんな高いところまで飛んで来ることができるのか。答えは否だ。凛々と咲く花も地平線の先まで広がる草原もふらふらと彷徨う虫たちも全て現実のものではない。虚言を纏っている。ただの幻想だ。このファーマメントに住む者の中のもの好きな誰かが魔法で作ったに過ぎない。

 全身に伝わる草のちくちくした感覚も嘘だと言うのだから何が本当なのかわからなくなる。


 ぐっと腕を振って起き上がり、地と空の境を目指して歩く。と言ってもそんな途方もない距離を進むつもりは毛頭ない。


 少しだけ歩くと薄いベールの様なものが空間に薄く広がっているのがわかる。この先にはまた別の風景が広がっているはずだ。


 一瞬だけぐわりと視界が歪んだ後、真っ暗だった空は一変。眩しく太陽の光が降り注ぐ街中になる。少し肌寒いくらい涼しかった風はいつの間にか春の陽気に変化する。


 基本的にファーマメントでは見られない町並みだ。まるで下界の、それも田舎の方を思わせる。木造からレンガ調の家まで、様々な家が乱雑に幅を開けて並ぶ。


 来た方向を振り返ってみても続くのは町並み。綺麗な夜空と草原なんてものは跡形もなく消滅している。


 沢山の家はあるけれど独りも住人はいない。それもそのばずこの風景も先程の草原と同じく魔法で創られた虚言だからだ。勿論、触れば材質に対応した感触が素肌に伝わる。鼻を近づければ木材の香りが奥をつつく。


 これほどまでに精巧な魔法はそう簡単に行えるものではない。相当なセンスと努力の賜物だ。消費する魔力も尋常ではない。こんなことをするのは余程の変人のみだ。


 これほどにまで下界が好きなのならば下界に降りてしまえと思うがそう簡単なことではないのだろう。一度でも下界に降りたことがバレれば魔力の根源である珠。ファーマメントの住人が皆平等に所持する珠を奪われ、魔法を使用できなくなるどころかファーマメントに昇る権利すら失ってしまう。


 けれどそれは仕方のないこと。ファーマメントの運営を考えれば仕方のないこと。そう思っていたのは、少し前までのことだ。


 創られた民家の一角、先程鼻を近づけた民家の扉を入り玄関に腰掛ける。いつからだろうか。こんな下界とは比べ物にならないほどの力の差を持つ都市が作られたのは。飛び降りれはすぐなのに、それを禁止する鎖が出来たのは。



───────────────



 そもそも、下界と空中都市に大きな隔たりが出来たのは国が形成されるよりもファーマメントが完成するよりもずっと前。せいぜい民族間の集まり程度しかなかった時頃。通称原始時代。民族間の小さな小競り合いこそあったものの基本的には平和だった。


 原始時代は現代とはかけ離れた時代だ。生活レベルとか、そう言う話ではなく根本的な違い。生物の構造から大きく違った。


 現在、ファーマメントの住人以外誰も所持していない珠。魔法の使用を助力するこの小さな珠。これを皆が生まれながら所持していた。人間だけではない。鳥類も昆虫もプランクトンも。ウイルスや細菌ですら持っている種が存在していたそうだ。


 今でこそ、その一つでも地上に落ちれば珠を巡って戦争が起こる。拾った者が一国を築き上げる。弱小国が一瞬で大国に肩を並べる。これらを容易く行えるだけの力がある賜物だが、昔はそれほどの物ではなかった。そのためそれほど重要視されていなかった。だからこその平和だとも言える。


 月日を重ねるにつれ彼らは珠の使い方を熟知していく。要らないものだと判断して珠を捨ててしまった者もいたらしいがこの時期をどう乗り越えたのだろうか。


 あり得なかったことを容易く行わせてくれる珠。今までの生活を破壊し新しいものに創り変えていった。それを恐ろしいと批難する者もいたがすぐに波にのまれ姿を消す。


 ある者は狩りに活用した。炎を操り獲物を仕留め調理する。自身の力を増幅させ容易く噛み千切る。巨体すぎて飾りでしかなかった羽を実用的なものにする。


 ある者は自身の保護に使った。炎を操り相手を怯えさせる。自身の力を増幅させ離脱を試みる。争いを好まず自身を守っていた固い皮膚を飾りにした。


 多種多様な変化をもたらす時代。生物間の差が少しづつ、でも着実に開いていた頃、それを決定的なものにする出来事が起こった。


『原始の大戦』


 原始時代に終わりを告げることになった大戦。全生物を巻き込んだ頂点を決める戦争。誰も彼もが自らの持てる力を費やしたとされている。


 普段温厚な生物でさえ参加した戦い。何らかの外部からの力が加わっていたとする説もあるが真相はわからない。何せまともな文献は残っていないのだ。伝説として語られているだけ。物語として綴られているだけ。ただこんな説が生まれるからにはきちんとした理由がある。


 一つは目的がわからないこと。今でこそ大戦の恩恵を大いに受けているけれど当時からこの結果が予測できたとは思えない。


 一つは当時の天候。実際の状況など知る由もないが、伝説にはきまってこのような表記がある。


 紅い曇が薄く広がり空を覆う。太陽の光すら紅く染まり大地ら不穏な気配で満たされる。不快な風が草木を撫でる。生物たちは強風ではないのにも関わらず飛ばされるかのように風下へと逃れる。


 純白の雪が宙を舞う。見渡す限りの真っ白。雪とは無縁な砂漠や熱帯地域ですら雪景色は広がっている。紅い光を通して見ても変わらない絶対的な色を保持する異様な天候。


 そして原始の大戦は始まった。


 初めに覇権を握ったのは鳥たちであった。空を自由自在に舞い、遠距離攻撃を持たない地上の生物を啄む。まるで爆撃機のように火の玉を振り落とす。大地は剥げ草木は灰に帰る。住処を追われることになった者たちに反撃の余裕すらない。通り魔のごとし。


 少しづつ、少しづつ。地上の戦力が削られつつもそのままやられる者ではなかった。爆撃に対応している内に遠距離攻撃を習得した彼らは近くの別種と契を交わ死反撃する。


 ある者は石を投げ、ある者は弓矢を放ち、ある者は直接殴り掛かる。ただの石ころは空を切り裂く凶器へと豹変。軌跡を描いた場所を粉砕した。


 正確に放たれた弓矢は確実に一点を消し去る。頭蓋骨を貫き曇へと突き刺さる。


 ただの殴打は衝撃波を発生させ、脳震盪をおこす。大地を抉り地形すら変化させてしまう。


 鳥たちが一通り駆逐され、空が静かになる。空からの脅威が消え去れば次の脅威は昨日まで仲間だった物語たちだ。契は簡単になかったものとなり、先の暴力が地上を襲う。


 一瞬でも気を抜けば待ち受けるのは死。一瞬でも攻撃を止めれば死。無意味に世界を屠る。無数の命が散る。どれだけの種が絶滅に追い込まれたのだろうか。死骸は粉々どころか消散するこの中で、それ以前の状況を正確に探る術など存在していない。


 そんな地獄のような原始の大戦。池の水は蒸発し大地は抉られ新しい池となる。地形がどんどんと変化していく中、大戦の勝者こそが白兎の先祖。否、人間だった。


 原始の大戦の勝者それ即ち圧倒的な力を意味した。力と言っても単純な武力でと言う意味ではない。立場的な強さ。目には見えないけれど絶対的なものとしてそれは存在した。

 それこそ一生涯の安泰が保証されているようなもの。勿論その恩恵は何世代先にだって及ぶ。これ以上に望む物はないと断言できる。


 彼らは自らを神と称した。この地位に神と名前をつけた。誰かが言った。


「この名をもっと広めよう」


 身内で呼び合うだけではそれはただのあだ名にすぎない。人間たちはそんなのを望んでいた訳では無いのだ。彼らはどうやって広めようかと頭を悩ませた。人間の言葉は人間の、それも近しい者たちにしか伝わらない。一番は信仰心から呼ばれることだ。


「圧倒的な力を手にしよう」


 誰かが言った。自分からは到底及ばない差というのは何であれ畏怖の対象にされやすい。それに圧倒的な地位は得ていたとは言え武力に大きな差はなかった。何なら漁夫の利で得ただけなので劣っているとも言える。


 人間は怠惰だ。それなのに結果を求める。彼らの辞書に鍛錬の二文字はなかった。


「奴らから珠を奪うのはどうだろう」


 平均が低くなれば相対的に強くなったと言える。ましてや珠は原始の対戦を激化させた一番の要因であり不可思議な力の根源だ。それが無くなれば弱化、集めれば強化に繋がると考えるのは必然であろう。


「力の差を見えるようにしよう」


 会議が進む。どれだけの差があったとしてもそれをわからない馬鹿は一定数存在する。そしてそんな馬鹿に限って野垂れ死ぬほど弱くないから面倒なのだ。


 この案から生まれたのが空中都市ファーマメント。珠も翼もを持たない者にとって空は遥か高みだ。それに珠を取り上げる都合上丁度良かったのだ。


 ファーマメントが建設されるのはまだ後だが、設計自体はこの頃から存在していた。


「でも、それを理解できるほど能のある者は人間以外に存在するの?」


 その問いに答えられる者はいなかった。それもそのばず。彼らが一番実感していたことであったから。原始の大戦は本能によるものと言って差し支えなかった。敵がいるなら正面突破。後先なんて考えない。多少の知能はあったようだけれどそれでも多少止まり。理性はあるのだろうか。


 彼らは戸惑った。ただでさえこの会議は長期に渡っている。これまでの話し合いが零に帰るのはなんとしてでも避けたかった。疲れもあったのかもしれない。


「分かる者をファーマメントから落とせば良い」


 誰かが言った。同族に優劣をつける非道で、目的と手段を履き違えたことを。皆は頷いた。第二の戦争になるやもしれないことを。




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