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殺人鬼少女  作者: 朱殷
第3章 新しき生活
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第3章2 豪華絢爛

 



 世界は、美しいものだ。こう自然の空気を吸っているとよく感じる。


 キャビンに入り込んでくる光が眩しい。真緑の草が煌煌と輝。太陽を反射させる。

 夜中のような寒さは何処へやら、辺りは陽気に囲まれている。


 とは言っても、フレルにはその温度を的確に認知することができない。風の侵入を一切許さない空間だからというのも一つだ。でもそれ以上の理由があった。


「もうすぐ見えてくるんじゃないかな。ほら、道が少しマシになった」


 真っ白な兎が、ちょこんと膝の上へ座っているからだ。全身から溢れ出す熱を膝で受け止める。


 横並びになるのが不可能なほどの広さではないのだが鎮座している。強いて拒絶していないのが理由かもしれない。ペットの躾けはきちんとするべきなのだろうか。


 小石に乗り上げる度身体の持ち上がる悪路はもう終わった。石はある程度除かれ、多少は舗装されている。


 この程度でマシに思えるのは慣れてしまったからだろうか。馬車での移動は今日でもう三日目だ。代わり映えのない道を辿って来た。


 左右に取り付けられた窓に顔を近づけ、前方を覗き見る。そこには大して栄えていない町、村と呼ぶべきか、があった。


 この小さな村には人口が少ないなりの活気があった。この村に住んでいるであろうラフな格好をした人々がぽつぽつといる和気藹々と話している。

 そんな人々の前を馬車で通る。若い者は好奇な目線で一瞥する。高齢の方々はこちらに軽く会釈をし、会話に戻った。


 窓と接吻でもしそうなフレルだったが、人前を通るときはうさちゃんに服を引っ張られ辞めさせられる。ぷくぅと頬を膨らませたフレルだったけれど、冷静に考えて納得する。


 そんな村をゆっくりと抜ける。原っぱを駆けていた時と比べて随分と遅い。人がいるので加減をしているようだった。


「僕のいたところと全然違うね」


 その言葉がスラムと比べたのか、自宅と比べたのかフレルにはわからなかった。


 家屋と家屋の間が結構開いている。その空白には畑があったり、何もなかったり。この小さな村は印象よりももっと小さそうだ。


 全てが木材で出来た家々は自宅とは違う。どちらかと言えばスラムの家に近い。もう誰も住まなくなったのか蜘蛛の巣が張った家もある。けれど村人たちの手にあるコブを見たら一口に同じだとは言えない。


「――――――」


 小さな子供たちが無邪気に走り回って騒いでいるのが見える。まだ太陽は上がりはじめたばかりで、薄暗さが残るというのに。もう土まみれになっていた。


 早くから畑仕事をする人前がいる。家々が流れていく。この村の中心地は既に通り過ぎたと言うのに未だ馬車は止まる気配がない。この村は只の道中でしかないのだろうか。


 村の中心地から離れるほど人が少なくなる。家同士の感覚も遠くなる。

 久しぶりに見たユース以外の人だっただけに少し寂しさがある。ようやくこの長距離移動の旅が終わると思っていた。その勝手な期待のせいかもしれない。


「安心して。もうそう遠くないから」


 別に心配はしていないけれど。


 舗装された道が続く。人の気配が途切れても尚。


 フレルは食いつくように見ていた窓の外に興味を失う。窓には小さく白い曇ができていた。


「……フレルは疲れたの?もう一回眠る?」


 うさちゃんが俯くフレルの顔を覗き込みながら言う。

 君のおかげでね、と言う言葉は寸前で飲み込んだ。そんなしょうもないことで争っても良いことはない。


「大丈夫、疲れてないよ。ただ……」


 少しだけ。ほんの少しだけ、怖くなった。


 自宅を離れた。たった今村も通り過ぎた。この馬車は何処へ向かっているのだろう。何を目指しているのだろう。着いた先でどんな生活をすることになるのだろう。


 わからないことだらけだ。知らないことは怖いこと。今知らないことが増えたわけでもないのに怖くなった。

 きっと、もうすぐだと言われて。勝手に期待した終わりは終わりじゃなくて。不意に実感が湧いたのだろう。


「着いたよ、降りて」


 悶々としていると、ドアが開けられる。ユースの声がキャビン内に響く。生温い風で満たされる。不安な気持ちは全て掻っ攫って行った。


 転んでしまわないよう慎重に降りる。車輪が大きいせいで地面までの距離が結構あるのだ。一度座ってから地に足をつける。

 兎にとってこの程度の段差は懸念する必要もないのかサクッと飛び降りる。フレルがそんなことをしたら簡単に足首を挫いてしまいそうだ。


 眼の前の開かれたままの門を潜る。馬車も簡単に使えそうな大きさたが、ここからは歩くらしい。景観用だけの門だ。気が付くと背にしてあった馬車が消えていた。これほど立派な外観だ。使用人でも居るのだろう。


 門の先には庭が広がっていた。広大な土地を生かした、アートとでも呼ぶべき庭だ。木々は切り揃えられている。

 どこからか水の音も聞こえる。滝でもあるのだろうか。


 中心は真っ直ぐ空いていて、左右にそんな光景が続いている。迷路のような草木を見ながら進む。ここからでは庭の細部まで視認できない。けれど、例え見えないところだったとしても意匠を凝らされているのは容易に想像できた。


 目前にはこの豪華絢爛な庭に引けを取らないほどの屋敷が聳え立つ。


 明るめの黒で染められたレンガ調の外壁。無数にある窓が部屋数の多さを知らしめる。華やかな薔薇が双方を映えさせる。左右非対称な外観。フレルの美的センスには違和感としか思えなかった。


 靴底が石のタイルを叩く。高めの心地良い音が響く。門から屋敷まで微妙に距離がある。けれど目に入るもの全てが新鮮で、面白くて。歩くのが楽しい。


「ここが私たちの家だ。さ、入って」


 ユースがまるで執事のように扉を開ける。隣に立つ。ある程度マナーについて学んでいたフレルにはそれが可怪しく映った。


 招いた側が開けるのは当然ではあるが、これほど大きな屋敷だ。使用人が居ても不思議ではない。逆に居ない方が不自然である。


 そんな疑問を抱いていることもいざ知らず、うさちゃんは扉の向こうへと闊歩する。兎の世界ではこれが普通なのだろうか。


「おじゃましまーす」


「そんな仰々しくしなくて良いよ」


 黒い外装に反すして中身は結構色味がある。カラフルとまでは言えないけれど、それくらいのカラーバリエーションはある。暖かい色の光が空間を照らす。


「さぁ、こっちに来て。君たちの部屋へと案内するよ」



───────────────



「どうだい、フレル」


「どうって何が?」


 一通り屋敷を案内された後、与えられた自室へと戻っていた。


 この部屋はかなり質素なものだ。良く言えばシンプル。悪く言えば何もない。


 小さな机に椅子、一人用のベッド。机の上には電灯と本が数冊置いてある。全て読んだことの無い本だ。背表紙を読む限り娯楽本らしい。気にはなるが手を出すには時が違う。


 真っ白なベッド。枕も、布団も、空から下がる天蓋も全てが純白だ。何らかの強い思想が透けて見えて少し恐ろしく思う。


 自宅でも、スラムの街でも。ある程度ごちゃついた空間で過ごしていたのでこうもスッキリした空間と言うのは落ち着かない。ぬいぐるみを置いたり、もっと本を増やしたりして部屋を賑やかにしたくなる。うさちゃんが鎮座していてぎりぎりと言ったところだ。


「この家と、ユースのことだよ。このまま暮らしていけそう?もしもフレルがnoと言うのなら僕はそれに従うよ」


 真剣な声色で。重いと笑って飛ばせばそれまでだが、憚れる。それに、たったの少しだけだけれど焦って見えた。


 御一行がこの地に足をつけてから半日も経過していない。


 そんな直ぐに結論を出すことなんて出来ないし、やっちゃいけない。そう教わってきた。情報が足りな過ぎる。

 フレルにとってそれは当たり前で、それが常識である。常識だとフレルは思っている。だから不自然に見えた。可怪しく映った。


 何か、不安があるように。何か、焦っているように。


「大丈夫。ユースさんは優しそうだから。この家は快適そうだから」


 だからこそ結論づけた。不自然だからこそ答えを出した。少しでも楽になるように。考えるべきことが減るようにと、些細な願いを籠めて。


「そっか。じゃあフレルは安心して過ごすと良いよ。不安は全部僕が洗い流すからね」


 合っているようで微妙にズレた答えが返ってくる。


 願いは些細すぎて届かなかったようだ。もしかしたら届いたけれどその上で無視されたのかもしれない。


 願いは相手に届くか届かないかなんて関係ない。神に向かってするものだ。叶いますようにと祈る。きっとそれだけで良い方向に転がるのだから。


「神なんて居ないよ。皆、只の凡人だ。だから願ったりなんかしちゃいけない。自己中なんだ」


「――――?」


 ぼそぼそとうさちゃんが口を動かす。独り言よりも小さな声で、フレルはその音を上手く受け取ることができない。言の一部しか聞き取れない。


 聞き返すように。続きを促すように。フレルは首を傾げてみるけれど、求めた続きは一項に放たれることはなかった。

 いっそのこと問い質してみようかとも思った。けれどその光の薄まった瞳を見たらそんな芸当できるわけもなかった。


「それよりも」


 その嫌な空気を打破するために、フレルは口を開く。すり替えた当初の疑問を。


 正直、この問いも十分に危険だと思う。現の問いよりはマシだと言う程度だ。けれどこの沈黙を何とかするために口にする。


 そして何より。何も知らないと言うのは駄目だと、思ったから。知りたいと思ったから。


 無知は罪だ。知らないは悪いことだ。何より、恐ろしいことだ。そして知ろうとしないのはもっと駄目だ。

 だからこそ世界は世界を知ろうとする。真実を探求する。


 知るのを諦めたとき。無知を認めたとき。それはそれである必要を失う。


「どうしてうさちゃんは私にそこまでしてくれるの?」


 言の葉が響く。フレルの喉を震わせ、空気を媒体にし、大きな耳に届く。やけに静かなこの瞬間が、うさちゃんには五月蝿く思えた。


「……それじゃ、僕について話そっか」


 白兎はゆっくりと喋りだす。言の葉を紡ぐ。


 ありとあらゆることを、隠したままにして。



ようやっとホームグラウンドに到達しました。


これから時期ネタも導入できるといいな。

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