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迷子のシャーベット  作者: 春凪とおる


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第二話 SHERBET

開会式が終わると、参加者たちは自由にチームを組み始めた。


「一緒にやりませんか」

「デザインできます」

「バックエンド強いです」

「AI使ったアイデア考えてます」


会場は一気に市場みたいな騒がしさになった。


律はしばらく席を立てなかった。

誰かと組むことが嫌だったわけではない。

ただ、自分の中にある曖昧なものを、うまく説明できる気がしなかった。


作りたいものはある。

失くし物を探すアプリ、ではない。エアタグならもうある。


思い出を整理するサービス、でもない。

写真アプリも日記アプリも、世の中にはありふれている。


律が作りたかったのは、たぶん――

失くしたものの周りに残った記憶をたどる仕組みだった。


物には位置がある。

けれど、人が本当に探しているのは位置だけじゃない。


なぜそれを持っていたのか。

誰からもらったのか。


どんな日に使ったのか。

失くしたあと、なぜ忘れられなかったのか。


父のエアタグは、どこにあるかわからない何かを探すためではなく、

何かを忘れないために付けられていたのではないか。


律はノートパソコンを開き、空白のメモにタイトルを書いた。

”SHERBET”

それだけ書いて、手が止まる。


シャーベット。

溶けるもの。

冷たいもの。


夏に食べるもの。

甘くて、すぐなくなるもの。


残らないのに、妙に覚えているもの。


律は目を閉じた。

父と最後にシャーベットを食べたのは、いつだっただろう。


記憶の底から、海の匂いが浮かんだ。

まだ律が小学生だったころ、家族で小さな港町へ旅行した。


父は運転が下手で、何度も道を間違えた。

母は助手席で地図を広げ、律は後部座席で退屈していた。


目的地の水族館に着くころには閉館間際で、イルカショーは終わっていた。

律は泣いた。


父は困った顔をして、近くの売店でレモンシャーベットを買ってくれた。

木のスプーンで食べる安っぽいカップのシャーベットだった。


「閉館したイルカより、こっちのほうがうまいぞ」


父はそう言って、自分のぶんまで律にくれた。

あのとき、父は律のリュックに何かをつけていたような気がする。

なくさないように、と言いながら。


律ははっとして、父のエアタグを見た。


だが年代が合わない。

エアタグが発売されたのは、律が大人になってからだ。

小学生のころのリュックについていたはずがない。


それでも何かがつながりかけていた。

そのとき、背後から声がした。


「そのタイトル、いいですね」


律が振り向くと、隣の席にいた若い女性がこちらを見ていた。

参加証には「運営サポート」と書かれている。


彼女は配布物の補充をしている途中らしく、腕にシャーベットの箱を抱えていた。

律は少し戸惑った。


「タイトルだけです。中身はまだ」

「シャーベットって、ハッカソンのテーマに合う気がします」


「そうですか?」

「溶けますから。形はなくなるけど、味は残る」


律は返事に詰まった。

彼女は笑って、机に追加のシャーベットを置いた。


「がんばってください。発表、楽しみにしてます」

それだけ言って、彼女は別のテーブルへ向かった。


律はもう一度、画面を見た。

形はなくなるけど、味は残る。


その言葉が、父の声に似ている気がした。


律はようやく手を動かし始めた。

作るものは決まった。


「SHERBET」は、失くし物につけたタグの位置情報だけではない。

その物にまつわる記憶を集めるアプリだ。


たとえば傘をなくしたとする。

普通なら、最後に検知された場所を探す。


でもSHERBETでは、その傘を買った日、使った天気、撮った写真。

誰かと交わしたメッセージ、カレンダーの予定、歩いたルート。

それらを、本人の許可した範囲だけで集める。


そして問いかける。


「これは、あなたにとって何でしたか?」


物を探すためのアプリではなく、物に結びついた自分を探すためのアプリ。

律は、久しぶりに夢中になった。


個人情報を扱うため、保存は端末内中心にする。

外部送信はしない。


AIは、記憶の断片を文章化する補助だけに使う。

勝手に断定させない。

エアタグのような紛失防止タグのデータも、ユーザー入力の記録とする。


技術的には難しい。

発表用の試作品なら、疑似データで十分だ。


だが、律は父のエアタグを使いたくなった。

本物の「シャーベット」を。


古い端末の電池を交換し、スマートフォンに近づける。

反応は遅かった。

何度か失敗し、会場のWi-Fiにも邪魔され、ペアリング画面は途中で止まった。


午後になり、参加者たちの熱気で会場は少しずつ混み合ってきた。

床には、電源ケーブルが蛇のように伸びていた。

ホワイトボードにはアイデアが書き殴られている。

誰かが笑い、誰かが頭を抱え、誰かがコンビニへ走っていく。


律はずっと一人で作業していた。

チーム参加が推奨されていたが、一人でも禁止ではない。


むしろ律には、それが合っていた。

誰かと話すと、父の話をしなければならなくなる気がした。


夕方、ようやくエアタグが反応した。

画面に、名前が出た。


”シャーベット”


律の心臓が小さく跳ねた。

登録情報には、父のApple IDらしき痕跡はなかった。


すでに解除されていたのか、譲渡状態になっていたのか、詳細はわからない。

ただ、端末そのものは生きていた。


律はテストデータとして、そのエアタグに紐づく「記憶カード」を作った。


********************

名前:シャーベット

持ち主:不明

最後の場所:不明

関連する言葉:夏、海、売店、父、迷子

********************


「迷子」と打った瞬間、指が止まった。


律は迷子になったことがあった。

港町の水族館で。


閉館間際、泣きながら売店の前に立っていた記憶。

それを、律はずっと「イルカショーを見られなくて泣いた」と思っていた。


違う。

律はあの日、迷子になったのだ。


人混みの中で父と母とはぐれ、売店の前で泣いていた。

父が息を切らして走ってきて、律を見つけた。

そのあと、泣きやませるためにレモンシャーベットを買ってくれた。


では、父がリュックにつけたものは何だったのか。

当時はエアタグではない。たぶん、名札か、鈴か、小さなキーホルダー。


律は記憶をたどった。

白くて丸い、プラスチックのキーホルダー。


母が油性ペンで「りつ」と書いた。

父は裏に「夏」と書いた。


そうだ。

あれは、シャーベットのカップについていた景品だった。

白い丸いキーホルダー。


父のエアタグは、それに似ていた。

だから父は、エアタグに「シャーベット」と名づけたのだ。


律は胸の奥が熱くなるのを感じた。

父はずっと、あの日のことを覚えていた。

律が迷子になって、泣いて、シャーベットを食べた夏の午後を。


そして。

大人になった律に、同じような白い丸い端末を持たせたかったのかもしれない。


なくさないように。

見失わないように。


たとえ、もう手を引いてやれなくなっても。


{

"name": "シャーベット",

"owner": "unknown",

"last_location": "unknown",

"keywords": ["夏", "海", "売店", "父", "迷子"]

}

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