第一話 迷子のシャーベット
二〇××年の夏は、やけに白かった。
空も、ビルの壁も、駅前の横断歩道も、暑さに焼かれて色が抜けたみたいに見えた。
東京湾に近いその街では、海風が吹くたびにアスファルトの熱が人々の足首にまとわりついた。
蒼井律は、会場ビルの自動ドアの前で立ち止まった。
ガラスに映った自分は、少し頼りなかった。
二十四歳。黒いリュック。白いシャツ。
寝癖を押さえきれていない髪。
首から下げた参加証には、青い文字でこう書かれている。
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2026 Civic Hackathon
参加者:蒼井 律
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律は、息を吸った。
ハッカソンに出るのは初めてではない。
大学時代にも何度か参加した。
夜通しコードを書き、誰かのアイデアに乗り、動くかどうかわからない試作品を作った。
最後に審査員の前で発表する。
そういう場には慣れているはずだった。
けれど今回は違った。
今回のテーマは「忘れられたものを、もう一度つなぐ」
自治体、企業、大学が共同で開いた大きなイベントだった。
参加者は百人以上。エンジニア、デザイナー、学生、会社員、研究者。
会場には巨大なスクリーンと、スポンサー企業のロゴが並んでいる。
律がこのハッカソンに応募した理由は、誰にも話していなかった。
三か月前、父が亡くなった。
父はよく物をなくす人だった。
鍵、財布、傘、眼鏡、充電器。
だが不思議と、大切なものだけはなくさなかった。
母の古い写真、律が小学生のころに作った紙粘土の恐竜、海辺の売店でもらった小さなスプーン。
父は最後の入院の前、律に言った。
「なくしたものって、本当に消えるわけじゃないんだよ」
律はそのとき、何を言っているのかわからなかった。
父の葬儀のあと、実家の机を整理していると、小さな白い丸い端末が出てきた。
エアタグだった。傷だらけで、裏面には細い油性ペンで「夏」と書かれていた。
スマートフォンで確認すると、登録名は「シャーベット」。
律は思わず笑った。
なんでエアタグにシャーベットなんて名前をつけるんだ。
だが、その笑いはすぐに止まった。
位置情報は表示されなかった。
電池切れなのか、登録が古すぎるのか、あるいはどこにも反応がないのか。
画面にはただ、「最後に確認された場所:不明」とだけ表示されていた。
律はその日から、なぜ父がエアタグに「シャーベット」と名づけたのか、ずっと考えていた。
そしてこのハッカソンの募集テーマを見つけた。
「忘れられたものを、もう一度つなぐ」。
父が最後に言った言葉と、どこかで重なった気がした。
会場に入ると、冷房の空気が肌を刺した。
外の熱をまとった身体が一瞬で冷やされる。
参加者たちはすでに席に座り、ノートパソコンを開き、自己紹介を始めていた。
律は空いている端の席に座った。
机の上には参加キットが置かれている。
パンフレット、ステッカー、充電ケーブル、ミネラルウォーター。
そしてスポンサー企業から、小さなカップ入りのレモンシャーベットが試供品として配られた。
律は、そのカップを見つめた。
黄色い蓋に、水色の文字。
”SUMMER SHERBET”
父のエアタグに書かれていた「夏」
登録名の「シャーベット」
偶然にしては、できすぎていた。
律はリュックから、父のエアタグを取り出した。
白い端末は、手のひらの中で小さく冷たかった。
「お前、何を探してるんだよ」
そうつぶやいた声は、会場のざわめきにすぐ飲み込まれた。




