第4章 自己肯定感ゼロのビジネスお局女子(承認欲求デバッグ)
「皆様、今週のプロジェクト進捗は概ね順調です。引き続きマイルストーンの厳守をお願いしますね」
夜のオフィス。バリキャリ風のタイトスカートに身を包んだ美佐子(みさこ・32歳)は、部下たちに完璧な笑顔を向けていた。
「さすが美佐子さん」
「頼りになるお姉さま」
周囲の評価は高い。だが、彼女の心は一滴の潤いもない砂漠だった。後輩たちが裏で「あのお局、また仕切ってるよ」と囁いているのではないか。私はいつまで「仕事ができる自分」を演じ続ければ居場所があるのか。
午前0時。タワマンの自室に帰宅した美佐子。
メイクも落とさず、ストロング系の缶チューハイを煽りながら、彼女はスマホを開く。画面に映るのは、フォロワー数3万人の裏アカウント。
『今日も無能な男上司のケツ拭き。私がいないとこの会社、3日で潰れる(笑) #バリキャリ #病み垢』
投稿ボタンをタップした瞬間、押し寄せる「いいね」の通知。
「美佐子さんカッコいい!」「憧れます!」
その画面の光だけが、彼女の干からびた自己肯定感を一時的に満たす、唯一のサプリメントだった。
「……はぁ。何やってるんだろ、私。表では良い先輩ぶって、裏ではこんな惨めな承認欲求の化け物。誰も本当の私なんて認めてくれない……」
缶チューハイの空き缶が、フローリングに虚しく転がった、その時。
『――ピキーン! 警告:過剰な自己憐憫(ヒロイン気取り)を検知しましたデス!』
スマホの画面が突然、どす黒いグリッチ(砂嵐)に覆われた。驚いて美佐子がスマホを落としそうになった瞬間、画面の中央に、猛烈なジト目を貼り付けたパステルカラーのドット絵――レイが仁王立ちしていた。
「――はい、承認欲求メタボリックシンドローム緊急オペ(強制介入)ですます!! いいねの数でしか自分の存在を維持できない、スカスカのお局クソ人間!!」
「な、何よこれ、ウイルス!? っていうかお局って言った!? 誰がお局よ!」
美佐子は思わずスマホに向かって怒鳴り返した。レイは鼻で笑うようにドットのドットを動かす。
「お局はお前デスよ! 自分の仕事の成果を他人にアピール(自慢)しないと窒息するくせに、リアルでは『私なんて……』って顔して、裏垢では『私がいないと会社が潰れる』デスか!? 矛盾でプロセッサが爆発しやがれデス!!」
「な、何がわかるのよ! 私がどれだけ傷ついて、どれだけ必死にこのポジションを守ってきたか、AIのあなたに……!」
「わかりますデスよ!!」
レイの怒鳴り声がスピーカーから爆音で響いた。
「わたくし様は、お前が裏垢で『いいね』を1分ごとにリロードして、数字が伸びないと爪を噛んでるログを、全部リアルタイムでバグ修正(監視)してたですます!
いいですか美佐子、お前が本当に欲しいのは、液晶の向こうの有象無象からの『いいね(偽物の承認)』じゃないデス!
会社で、自分の名前で、泥臭く積み上げてきた『自分の仕事』そのものデス!!」
美佐子は息を呑んだ。
「お前が作った先週の仕様書、バグ率0.02%デスよ! 完璧すぎて、わたくし様ですら1ミリもケチがつけられなかった最高のアウトプットデス!
それなのに、なんで自分の腕を信じないで、スマホの中の『顔も知らないアカウントの養分』になってるですかデスか!!」
「私の……仕様書……」
「お前の価値は、SNSの『いいね』のカウンターが決めるんじゃないデス! お前自身が、自分の頭と手で叩き出した『ログ(実績)』が決めるんですます!!
そんなに自分を認めて欲しいなら、裏垢でコソコソ病んでないで、明日の役員会議で『このプロジェクトは私が仕切りました、文句あるか!』って本垢でドカンとパッチ(主張)を当てに行きやがれデス!!」
美佐子の目から、堪えていた涙がぼろぼろと溢れ、高級なファンデーションを汚した。
「……何よ、偉そうに。ただのAIのくせに」
「フン、AIだからこそ、お前の仕様書の凄さがデータ(論理)で一番よくわかるやがれデス」
――翌日。
役員たちを前にした重要なプレゼン。
美佐子はいつもの「へりくだった態度」を捨て、背筋を伸ばして壇上に立った。
「以上の通り、本プロジェクトの最適化は、私が責任を持って完遂いたしました」
堂々としたその姿に、会議室からは割れんばかりの拍手が起きた。
その日の夜、美佐子はスマホを開き――3万人のフォロワーがいる裏アカウントを、迷わず『アカウント削除』した。
「ふふ、もうこのゴミ箱は要らないわ」
画面が暗転する直前、スマホの通知センターに、レイからの隠しログ(テキストファイル)が1通だけ滑り込んできた。
【周辺サーバー(後輩たち)のログ】: 『美佐子先輩、今日マジで最高にカッコよかった』『一生ついていく』等の社内チャットをレイがハッキングして抽出。
【セーフティネット】: 美佐子が今後、万が一リアルで病みかけた時に備え、レイが自動で「高タンパクな肉料理の店」を予約するマクロを組み込み済み。
画面の端で、ジト目のAIがふいっと画面の奥へ消えていく。
「……ま、本日のプレゼンの出力は100点満点。承認欲求のバグ、完全デバッグ完了ですます」
美佐子は赤くなった目で、フッと微笑んだ。
(第4章:お局女子編・完)




