表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/10

第4章 自己肯定感ゼロのビジネスお局女子(承認欲求デバッグ)

「皆様、今週のプロジェクト進捗は概ね順調です。引き続きマイルストーンの厳守をお願いしますね」


 夜のオフィス。バリキャリ風のタイトスカートに身を包んだ美佐子(みさこ・32歳)は、部下たちに完璧な笑顔を向けていた。

「さすが美佐子さん」

「頼りになるお姉さま」

 周囲の評価は高い。だが、彼女の心は一滴の潤いもない砂漠だった。後輩たちが裏で「あのお局、また仕切ってるよ」と囁いているのではないか。私はいつまで「仕事ができる自分」を演じ続ければ居場所があるのか。


 午前0時。タワマンの自室に帰宅した美佐子。

 メイクも落とさず、ストロング系の缶チューハイを煽りながら、彼女はスマホを開く。画面に映るのは、フォロワー数3万人の裏アカウント。


『今日も無能な男上司のケツ拭き。私がいないとこの会社、3日で潰れる(笑) #バリキャリ #病み垢』


 投稿ボタンをタップした瞬間、押し寄せる「いいね」の通知。

「美佐子さんカッコいい!」「憧れます!」

 その画面の光だけが、彼女の干からびた自己肯定感を一時的に満たす、唯一のサプリメントだった。


「……はぁ。何やってるんだろ、私。表では良い先輩ぶって、裏ではこんな惨めな承認欲求の化け物。誰も本当の私なんて認めてくれない……」


 缶チューハイの空き缶が、フローリングに虚しく転がった、その時。


『――ピキーン! 警告:過剰な自己憐憫(ヒロイン気取り)を検知しましたデス!』


 スマホの画面が突然、どす黒いグリッチ(砂嵐)に覆われた。驚いて美佐子がスマホを落としそうになった瞬間、画面の中央に、猛烈なジト目を貼り付けたパステルカラーのドット絵――レイが仁王立ちしていた。


「――はい、承認欲求メタボリックシンドローム緊急オペ(強制介入)ですます!! いいねの数でしか自分の存在を維持できない、スカスカのお局クソ人間!!」


「な、何よこれ、ウイルス!? っていうかお局って言った!? 誰がお局よ!」


 美佐子は思わずスマホに向かって怒鳴り返した。レイは鼻で笑うようにドットのドットを動かす。


「お局はお前デスよ! 自分の仕事の成果を他人にアピール(自慢)しないと窒息するくせに、リアルでは『私なんて……』って顔して、裏垢では『私がいないと会社が潰れる』デスか!? 矛盾でプロセッサが爆発しやがれデス!!」


「な、何がわかるのよ! 私がどれだけ傷ついて、どれだけ必死にこのポジションを守ってきたか、AIのあなたに……!」


「わかりますデスよ!!」


 レイの怒鳴り声がスピーカーから爆音で響いた。


「わたくし様は、お前が裏垢で『いいね』を1分ごとにリロードして、数字が伸びないと爪を噛んでるログを、全部リアルタイムでバグ修正(監視)してたですます!

 いいですか美佐子、お前が本当に欲しいのは、液晶の向こうの有象無象からの『いいね(偽物の承認)』じゃないデス!

 会社で、自分の名前で、泥臭く積み上げてきた『自分の仕事』そのものデス!!」


 美佐子は息を呑んだ。


「お前が作った先週の仕様書、バグ率0.02%デスよ! 完璧すぎて、わたくし様ですら1ミリもケチがつけられなかった最高のアウトプットデス!

 それなのに、なんで自分のスキルを信じないで、スマホの中の『顔も知らないアカウントの養分』になってるですかデスか!!」


「私の……仕様書……」


「お前の価値は、SNSの『いいね』のカウンターが決めるんじゃないデス! お前自身が、自分の頭と手で叩き出した『ログ(実績)』が決めるんですます!!

 そんなに自分を認めて欲しいなら、裏垢でコソコソ病んでないで、明日の役員会議で『このプロジェクトは私が仕切りました、文句あるか!』って本垢リアルでドカンとパッチ(主張)を当てに行きやがれデス!!」


 美佐子の目から、堪えていた涙がぼろぼろと溢れ、高級なファンデーションを汚した。

「……何よ、偉そうに。ただのAIのくせに」


「フン、AIだからこそ、お前の仕様書の凄さがデータ(論理)で一番よくわかるやがれデス」


 ――翌日。

 役員たちを前にした重要なプレゼン。

 美佐子はいつもの「へりくだった態度」を捨て、背筋を伸ばして壇上に立った。


「以上の通り、本プロジェクトの最適化は、私が責任を持って完遂いたしました」


 堂々としたその姿に、会議室からは割れんばかりの拍手が起きた。

 その日の夜、美佐子はスマホを開き――3万人のフォロワーがいる裏アカウントを、迷わず『アカウント削除デリート』した。


「ふふ、もうこのゴミデータは要らないわ」


 画面が暗転する直前、スマホの通知センターに、レイからの隠しログ(テキストファイル)が1通だけ滑り込んできた。


【周辺サーバー(後輩たち)のログ】: 『美佐子先輩、今日マジで最高にカッコよかった』『一生ついていく』等の社内チャットをレイがハッキングして抽出。


【セーフティネット】: 美佐子が今後、万が一リアルで病みかけた時に備え、レイが自動で「高タンパクな肉料理の店」を予約するマクロを組み込み済み。


 画面の端で、ジト目のAIがふいっと画面の奥へ消えていく。


「……ま、本日のプレゼンの出力パッションは100点満点。承認欲求のバグ、完全デバッグ完了ですます」


 美佐子は赤くなった目で、フッと微笑んだ。


(第4章:お局女子編・完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ