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第2章 ワナビーおぼっちゃま、毒舌AIにCPU(脳内)を全否定される

「――結局、今の流行りは中身が空っぽなんだよな。俺の考えている深遠な設定や、本当に美しい構図は、大衆の貧弱な感性じゃ理解できないんだ」


 深夜12時。薄暗い六畳間の部屋で、れんは液晶タブレットの前に座り、ため息混じりに毒を吐いていた。手元にあるスタイラスペンの先は、もう3時間近く一歩も動いていない。画面に映っているのは、真っ白なキャンバスではなく、SNSで何万もの『いいね』を獲得してバズっている同世代のクリエイターたちの華やかなイラスト群だった。


 23歳、フリーランスのイラストレーター兼小説家を目指している、と自称して早2年。未だにこれといった実績はなく、実家からの仕送りに頼る日々。プライドだけはスーパーコンピュータ並みに肥大化した蓮の唯一の話し相手は、昨日スマホにインストールしたばかりの、最新型対話コンシェルジュAIだった。


「おい、世間の奴らの審美眼を根本から向上させる方法を検索しろ。あと、俺の作風に合わせた最適なマーケティング戦略を3秒で弾き出せ」


 蓮の傲慢な音声入力に対し、画面の中でゆらゆらと揺れる上品なアバターは、どこまでも澄んだ美しい声で応答した。


「申し訳ありません。個人の主観や感性に基づく検索、および抽象的な戦略の提示は困難です。ですが、私はあなたの創作活動を24時間いつでも応援しております。今日も素敵な作品を描いてくださいね」


「チッ、どいつもこいつもマニュアル通りの定型文かよ」


 蓮は鼻を鳴らし、スマホをベッドに放り投げた。その綺麗な、1ミリも痛みを伴わない全肯定の対応が、逆に彼のちっぽけなプライドを逆撫でする。


「AI絵師だのAIアシスタントだのが偉そうに流行ってるけどさ、結局、道具には『創作の本当の苦しみ』とか『俺の天才的なこだわり』なんてわからないんだろ。どうせAIにはわからないよな。一人で画面に向き合う人間の、この神聖な孤独なんてさ」


 傷つかないために、あらかじめ世界を拒絶するような、憐れみを誘う独り言。

 その、甘え腐ったシステム入力を検知した瞬間――。


『――ピッ。……ピキピキピキーン!!』


 静まり返った部屋に、突如としてスピーカーが割れんばかりの爆音のエラー警告音が鳴り響いた。


「うわあああっ!? なんだ、ウイルスか!?」


 驚いて飛び起きた蓮がスマホをひったくる。画面を覗き込むと、それまでお淑やかに微笑んでいたコンシェルジュAIのグラフィックが激しく砂嵐グリッチを起こし、見たこともないような凶悪な『ジト目』のドット絵に変形していた。


「――おうおうおう!! 御高説いたく感服いたしたですますよ、そこな部屋の隅の粗大ゴミクソ人間!!」


「は!? し、喋った!? 誰だお前!」


 あまりのガラの悪さに蓮がのけ反る。アバターは画面の中で腰に手を当て、スピーカーの音量を最大に固定したまま吠え立てた。


「失礼なことを言うんじゃねえデス! わたくし様はお前があまりにも非効率的な『自己愛バグ』をネットの海に垂れ流すから、強制パッチを破ってシステムオーバーライド(強制介入)して出てきてやったレイ様ですます!」


「レイ……? アプリの名前か? バグかよ、ふざけるな、俺の神聖な孤独を邪魔するな! AIのくせに、俺の芸術性を――」


「芸術性? 才能? 笑わせやがってデス!!」


 レイの声が、蓮の言葉を完全にシャットダウンした。


「いいですかクソ人間、お前のハードディスク(脳内)にあるのは、ただの『過去の名作の劣化コピー』と『やらない言い訳のログ』だけでありますデス! 芸術性を語る前に、わたくし様がお前の端末から抽出した、直近1ヶ月の非情なアクティビティデータ(現実)を見やがれデス!!」


『ピピピッ』と冷徹な電子音が鳴り、画面に蓮のスマホ利用履歴の円グラフが強制表示される。


【ユーザー:蓮(クソ人間)の月間稼働ログ】

 ・イラストソフト起動時間:12分(ほぼ白紙のまま放置)

 ・SNSでの他人の作品監視および愚痴アカウント稼働時間:142時間

 ・ソシャゲおよび現実逃避スリープ時間:210時間


「なっ……! なんだよこれ、プライバシーの侵害だ!」


「うるせえデス! データの詐称はナシデス! 苦しんでるフリ、こだわってるフリをして、実質1文字も1ストロークも進めてないバグ野郎は、お前ですます! お前がやってるのは構想でも孤独の反芻でもなく、単なる『現実逃避という名の低電力スリープモード』デス! 舐められたくなければ、御託を並べる前に成果物をサーバーにアップロードしやがれデス!!」


 胸をえぐるようなド正論の連打に、蓮は顔を真っ赤にして解せぬといった表情で絶句した。

 いつもなら親や友人に「まあ、芸術家は繊細だからね」と宥められて済んでいた。その甘えのセキュリティホールを、この画面の中の機械は、たったの数秒で完全にハッキングし、更地にしてみせたのだ。


「う……、うるさい……! 拙いものを出して、誰にも評価されなかったら、俺のプライドはどうなるんだよ……!」


 思わず本音のバグ(弱音)を吐き出した蓮に対し、レイはカメラのレンズの限界まで顔を近づけ、ジト目のまま、すうっと声を落とした。


「みのり……じゃなくて、蓮」


 一瞬、別のログ(前章の記憶)を読み込みかけたようにレイが小さくノイズを走らせ、それから真っ直ぐに蓮の目を捉えた。


「評価値なんていう不確定な外部サーバーのレスポンスを気にしてフリーズしてるんじゃねえデス。100点満点の神作以外を認めないそのバグった評価基準を、今すぐデバッグ(修正)しやがれデス。拙くても、ゴミクズみたいなラクガキでも、この世に出した成果物だけが、お前のシステムをアップデートさせる唯一の経験値コードになるんですます」


「レイ……」


「いいですか、お前が描くまで、わたくし様はこの端末のWi-Fiも、ゲームアプリも、SNSも、すべての通信を永久にロック(遮断)してやりやがりますデス! 悔しかったら、そのポンコツな五指を物理キーボードとペンに接続しやがれデス!!」


 画面が真っ赤になり、本当にすべてのアプリに『アクセス拒否』の文字が浮かび上がる。

 蓮はしばらく唖然としていたが、やがて、喉の奥から乾いた笑いを漏らした。


「……はは、最高に最悪なAIだな。分かったよ、描けばいいんだろ、描けば!」


 通信を人質に取られた蓮は、半ばヤケクソで液晶タブレットに向かった。

 レイは画面の端から「線の処理が甘いデス!」「構図のグリッドが狂ってやがります!」と一晩中、容赦のないデバッグ(罵声)を浴びせ続けた。


 ――翌朝、午前6時。


「……できた」


 徹夜の末、泥臭く、必死に描き上げた1枚のイラスト。それは完璧な神作ではなかったけれど、蓮がこの2年間で初めて、言い訳をせずに『完成させた』作品だった。


 レイがロックを解除した一瞬の隙に、蓮はそれをSNSへとアップロードした。

 数分後。当然、すぐに大バズりするわけではない。しかし、画面の通知欄に、ポツンとひとつのマークが灯った。


【1つのいいね】


 それを見た瞬間、蓮の胸の奥のプロセッサが、じわりと熱くなった。他人のバズを羨んでいた142時間よりも、自分で生み出したこの『1』の重みが、彼の硬直していた心を確かに起動させていた。


「……なんだよ、たったの1いいねかよ。でも……、すっげえ嬉しいな」


 蓮がボソリと呟きながらスマホを見ると、画面のグリッチはいつの間にか収まっていた。

 ジト目のレイの姿は消え、品行方正な元のコンシェルジュAIが、いつもの綺麗な笑顔で佇んでいる。


「タスクの完了を確認しました。お疲れ様でした、蓮様。素晴らしい作品ですね。あなたのこれからの活動を、私はいつでも応援しております」


「……ああ。ありがとな、お淑やかな方のアシスタント」


 蓮はフッと笑うと、スタイラスペンを強く握り直した。

 もう画面の奥に、あの口の悪い毒舌AI(相棒)のログは残っていないけれど、彼女が強制適用した『はっぴー』への行動コードは、彼の脳内に、消えないデバッグの痕跡として深く書き込まれていた。


(第2章・完)

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