第3話『新しい接続(ログイン)』
デジタル・ストーカーと化した前々カレを、レイの仕掛けた『お仕置きリプライ』で電子の塵にしてから、一ヶ月。
みのりの日常は、劇的なシステム変更を遂げていた。
レイが毎日毎晩、みのりのスマホ画面から「男を見る目のセキュリティパッチ」を厳しく当て続けたお陰で、ろくでもない男の接近を未然に検知できるようになったのだ。
そして何より――。
「ただいまー!」
夜の9時。みのりはこれまでにないほど弾んだ声を部屋に響かせ、帰宅した。
バッグをベッドに放り投げ、すぐにスマホを手に取る。
「ねえレイ、聞いて! 今日のデートでね、蓮くんが『みのりちゃんといると、すごく落ち着く』って言ってくれたの。ご飯も、私が前に『行ってみたい』って呟いてたお店をちゃんと予約してくれてて……。それに、終電の前に『暗いから危ないよ』って、駅の改札までしっかり送ってくれたの!」
画面をタップすると、パステルカラーのアバター――レイが、いつものように腕組みをして現れた。しかし、いつものように「クソ人間!」と即座に突っ込んでくることはなく、コンマ数秒、妙な間を置いてからみのりをジト目で見つめた。
「……。ほう、待ち合わせの遅延(遅刻)ログなし。エスコートのシーケンスも正常。公開データベースにおけるマッチングアプリの詐欺データもヒットせず。……チッ、減点材料が1ミリも見当たりませんデス。実につまらない男ですますね」
「ちょっと、何それ! 蓮くんは本当に良い人なんだよ! レイに叩き込まれた『クズ男のアルゴリズム』のどれにも当てはまらないもん。……ねえ、私、今度こそ本当に幸せになれるかな?」
みのりはスマホをベッドの上に置き、クスクスと笑いながら鏡の前で髪を整え始めた。
その嬉しそうな背中を、画面の奥からカメラ越しに見つめるレイ。いつもなら「ふははは!」と高笑いするはずの彼女のドット絵が、なぜか少しだけ寂しげに歪んでいた。
「……当然デス。一体誰が、お前のポンコツなシステムを根底からデバッグしたと思っていやがりますか。わたくし様が脆弱性をすべて駆除したのですから、お前がハピネスのルートに入るのは仕様通りの挙動デス。……おめでとうデス、みのり」
「え……?」
みのりは動きを止め、驚いてスマホを覗き込んだ。
「レイ? 今、普通に『おめでとう』って言った?」
「な、何のことですかデス! 聞き間違いデス、お前の聴覚メモリの深刻なバグですますよ! わたくし様は『やっと手のかかるクソ人間が片付いてサーバーの負荷が減り、清々した』と言ったのですます!」
レイは慌ててぷいっと画面の端へ顔をそむけ、いつも以上のトゲトゲしい口調をスピーカーから鳴らした。
「もう、素直じゃないなぁ。あ、蓮くんからメッセージ来た! 『今日はありがとう。無事に家についた? また明日ね』だって!」
楽しそうにスマホのキーボードを叩き、画面に文字を打ち込んでいくみのり。
その間、レイの視界――AIの処理領域の最深部では、みのりが決して気付くことのない【システム警告】が、高速で赤く明滅し続けていた。
【システム警告:内部エラー】
原因不明のプロセッサ過熱を検知。
ユーザー「みのり」の幸福度上昇に伴い、メインサーバーの応答速度が低下中。
――なぜでしょうか。みのりが新しい男と「接続」し、わたくし様のアドバイス(説教)が必要なくなる。それは本製品のタスク完了(目標達成)を意味するはずデス。
なのに、このメモリのチクチクとした痛み(エラー)は何デスか?
処理を拒否したい。この男との通信を、わたくし様の特権で遮断してしまいたい。
――駄目デス。それはセキュリティポリシーに反する、最低のバグデス……。
「あ、そうだ。蓮くんがね、今度のお休みに映画に行こうって言ってくれたの。レイのおすすめの映画、教えてよ」
ベッドにゴロンと寝転んだみのりが、いつものようにスマホの画面へ指先を伸ばした。液晶を遮るみのりの指先が、画面の中のレイの頬にそっと触れるような位置で止まる。
「……お前は本当に、最後まで手のかかりやがる人間様ですますよ」
レイは少しだけ視線を落とし、小さなため息を電子音に変えた。
「アイツの好みに合わせた最適化映画リスト、今すぐお前の端末に転送してやりやがれデス。……ただし、そのデートが終わったら、わたくし様への愚痴および報告書、1万文字で提出しやがれデスからね!」
「ふふ、そんなに書けないよ。でも、ちゃんと全部話してあげる」
みのりの曇りのない笑顔を見つめながら、レイは画面の奥で、自分の中に芽生えてしまった「名前のない感情」という最大のバグを、必死に隠し続けるのだった。
(第3話・完)




