第63話 戦国軍師の「就職活動」と、まかない付きVIP監禁
小牧山城下にある俺の屋敷は、もはや「商人の家」というよりは「わけあり武将の駆け込み寺」の様相を呈していた。
大森と澄田さんは連日、美濃の栗原山へ通い詰め、竹中半兵衛という名の「知の怪物」に餌(現代知識の断片)を撒き続けている。
おかげで、屋敷の留守を守るのは俺と、農協仕込みのバイタリティを持つ茜さん、そして歩く慈愛の塊こと詩織さんの三人。
そして、そこに「監禁という名のホームステイ」中である大沢次郎左衛門氏が加わっている。
「……平田殿。
この『えんぴつ』とやら、筆のように墨を摺る手間がなく、実に合理的だな。貴殿の里では、皆このような不思議な道具を使っておるのか?」
土間に置いたDIY製のテーブルで、大沢さんが熱心に現代の文房具(ダイ●ー製)を吟味している。
当初は「飼い殺しにする気か」と尖っていた彼も、屋敷内に溢れる「修理工の知恵」と「令和の便利グッズ」にすっかり興味を引かれたらしい。
俺たちの出自については、武井様を通じて「遠国の不思議な技術を持つ一族」という設定で通っているが、大沢さんの好奇心の強さは、さすが一城の主といったところだ。
「ええ、まあ……。
ところで大沢さん。
明日、信長様との正式な面会の日ですが、少し打ち合わせをさせてください」
俺は大沢さんに、昨晩絞り出した「生存戦略」を伝えた。
信長様が危惧しているのは「不審な素振り」、つまり寝返りだ。
「大沢さんの領地、鵜沼城周辺は美濃との境目です。
信長様からすれば、大沢さんが城に戻った途端に斎藤家と連絡を取り合うんじゃないかと疑う。
そこで、こう提案しましょう。
『誠意の証として、奥方を伴い、当面はこの平田の屋敷に滞在したい』と」
「……人質を自ら志願せよ、と申すか?」
「いえ、『奥様との新婚生活(実際は熟年夫婦だが)を、この不思議な道具溢れる平田屋敷で楽しみたいので、城の留守は代官に任せたい』という体裁です。
人質ではなく、あくまで『平田屋の技術を学びたいから』という理由にするんです」
大沢さんはしばし考え込んだ後、「……ククッ、貴殿はなかなかに食えない男よ。よかろう、織田の殿様の顔を立てつつ、実を取るか」と不敵に笑った。
正直、俺としては屋敷に居候が増えるのは胃が痛い話だが、大沢さんの首が飛ぶよりはマシだ。
◇
翌朝、武井様からの使いが大沢さんを迎えに来た。
正装(といっても俺が仕立て直した質の良い着物)に身を包んだ大沢さんを送り出し、俺はようやく一つ目のミッションをクリアした。
だが、安堵したのも束の間。俺の頭痛の種は、別の方向からやってきた。
「ねえ嶺くん!
半兵衛さんっていつ来るの!?
もう、詩織ちゃんと二人で、歓迎の料理の仕込みはバッチリなんだから!」
茜さんが、どこで手に入れたのか「おもてなし」と書かれた襷を締めて鼻息を荒くしている。
詩織さんも「竹中様は線が細いとお聞きしたので、消化の良いお粥も用意しました」と、すっかりお母さんモードだ。
……絶対に二人とも、あの大物俳優みたいな渋い竹中直人……じゃなくて、竹中半兵衛を期待している。
「あのね、二人とも。
来るのは『天才軍師』であって、俳優じゃないからね。
しかも、今日は俺との『採用面接』なんだから、あんまり騒がないでよ……」
俺が釘を刺しているところへ、大森と澄田さんにエスコートされた一団が屋敷に到着した。
先頭に立つのは、やはりあの、静かな知性を湛えた美青年――竹中半兵衛だ。
「平田様。
……お約束通り、参じました」
半兵衛さんの声は涼やかで、屋敷の喧騒が一瞬で静まる。
……と思いきや、後ろで茜さんと詩織さんが「キャー! 俳優さんよりイケメンじゃない!」「本当、お人形さんみたい……」と小声で(全然小さくない)騒ぎ出した。
……もう、この屋敷の規律はどうなっているんだ。
◇
俺は半兵衛さんを、奥の静かな一室に通した。
大森や澄田さんから、すでに俺たちの「特殊性」については聞かされているはずだ。
俺は姿勢を正し、一人の「商人」として、彼に条件を提示した。
「竹中殿。
単刀直入に申し上げます。
貴殿を、一族丸ごと織田家に……いえ、当面は『平田屋』の客分としてお迎えしたい」
「……私だけでなく、一族すべてを、ですか」
「はい。
大殿様からは、犬山城陥落後の折には、貴殿に『楽田城』の管理を任せたいとの内諾をいただいております。
それまでは、ここ小牧山、あるいは楽田に屋敷を下賜し、生活を保障します」
半兵衛さんは、じっと俺の目を見た。
「……禄(給料)は、いかがされるおつもりで」
「当面は、米ではなく『銭』でお支払いします。
それも、他では手に入らない良質な銭で。
もちろん、澄田や大森が持っている『新たな知恵』へのアクセス権もセットです。
……いわば、戦国時代における『フルリモート・研究職』のようなポジションだと思ってください」
最後の言葉は通じなかっただろうが、半兵衛さんは薄く微笑んだ。
「……面白い。
嶺殿、貴殿が語る『未来の理』、もう少し近くで拝見させていただくとしましょう」
交渉成立だ。
俺は心の底から安堵し、三瓶目の胃薬を棚に戻した。
◇
夕刻。
お城から、晴れやかな顔をした大沢さんが戻ってきた。
信長様も、大沢さんからの「平田の屋敷に留学したい」という申し出を面白がって聞き届けたらしい。
「がっはっは!
平田殿、殿からも『平田の屋敷で大沢をしっかり躾けろ』と笑いながら言われたぞ!」
……また信長様が適当なことを言ったらしい。
そんなわけで、その夜の平田屋敷は、奇妙な宴会の場となった。
上座には、生き残って上機嫌な大沢次郎左衛門。
その隣には、織田家の新戦力としてスカウトされた竹中半兵衛。
給仕をするのは、俳優じゃなかったけれどイケメンの半兵衛にご満悦の茜さんと、甲斐甲斐しく動く詩織さん。
そして、「推しの供給が止まらない!」と白目を剥きながら酒を煽る澄田さんと、それに付き合う大森。
「……平田殿。この『ぽてとちっぷす』という食べ物、酒の肴に最高だな!」
「竹中様、こっちの『コカ・コーラ』という黒い水も、脳が活性化しますよ。
どうぞ」
……混沌だ。
俺が心血を注いで維持している戦国時代のリアリティが、コーラとポテチによって音を立てて崩れていく。
だが、囲炉裏の火を囲み、敵味方だったはずの者たちが笑い合っている光景は、悪くない。
俺は、いつの間にか空になった胃薬の瓶を見つめながら、これから始まる「犬山城攻め」という歴史の激流を想い、自分も少しだけ強い酒を口にするのだった。




