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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

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第58話 殿の「して?」は心臓に悪い



 新月の三日間が終わり、茜さんと澄田さんが令和の現代へと帰っていった翌日。

 俺たちの活動拠点である小牧山城下の屋敷には、美濃の調査から戻ったメンバーが集まり、情報のすり合わせを行っていた。


「――というわけっす、平田さん。

 澄田さんの予測、ドンピシャでしたよ」


 囲炉裏の端で、大森が興奮気味に身を乗り出した。

 その隣では、調査を主導した前野将右衛門さんが腕を組み、堀尾茂吉さんが筆を走らせて木札に何かを書き留めている。


「稲葉山城を乗っ取った竹中半兵衛ですが、すでに城を城主である斎藤龍興に返却したとのこと。

 現在は、澄田さんの言っていた通り、栗原山の山麓にある庵に、たった一人で蟄居ちっきょしているらしいです」


「本当に返しちゃったんだな……。

 天下の堅城を、機略一つで乗っ取っておいて、あっさりと」


 俺はため息混じりに呟いた。

 現代の歴史教科書や大河ドラマで知ってはいても、実際にそのリアルタイムの噂を聞くと、鳥肌が立つ。


「左様。

 美濃の国中が、あの若造のあまりの身勝手…… いや、計り知れぬ胆力に大揺れに揺れております」


 前野さんが、感心したように太い眉を震わせる。


「では、堀尾さん。

 引き続き、栗原山周辺の調査をお願いできますか。

 できれば、どうにかして彼に接触する方法がないか、探ってほしいんです」


「承知いたしました、平田様。半兵衛殿は現在、世を捨てた隠者のように暮らしているとか。

 不審がられぬよう、薬売りの行商などを装い、接触の糸口を探ってみましょう」


 堀尾さんは、低姿勢ながらも淀みのない口調で答えた。

 さすが未来の豊臣三中老、こういう搦手からめての政務や交渉の段取りは実にスマートだ。

 だが、そんな作戦会議の最中、屋敷の入り口に織田家からの使者が息を切らせて飛び込んできた。


「平田嶺殿!

 武井夕庵様がお呼び出しにございます。

 大至急、政庁へお越しくだされ!」


 使者の緊迫した表情に、俺の胃の腑がギュッと収縮した。

 絶対に、ろくな用事じゃない。



「…… 知らぬ間に、城は斎藤に戻されたそうだな」


 武井夕庵様の執務室。

 夕庵様は机の上の書類から目を離さず、しかし有無を言わせぬ重いトーンでそう切り出してきた。


 やはり、稲葉山城の件だ。

 俺は事前に大森たちから報告を受けていたので、背筋を伸ばして、あらかじめ用意していたセリフを口にする。


「はい。

 美濃三人衆の一人、安藤氏の娘婿である、栗浜の城主(※菩提山城主、または栗原周辺の領主)の竹中半兵衛という者が、機略をもって城を落としたと聞き及んでおります。

 しかし、城を維持することを断念し、元の城主である斎藤龍興に返却したとのことです」


「ほう……」


 夕庵様が初めて顔を上げ、細い目をさらに細くして俺を見た。


「さすがだな、平田。

 織田家の物見(斥候)でもまだ全容を掴みかねているというのに、そこまで克明に調べ上げておったか」


「は、はい。

 うちの者たちが美濃の城下に入り込み、丹念に噂を拾い集めまして。

 それを繋ぎ合わせた結果にございます」


 俺は心の中で「実際は令和の歴史データベースのおかげです」と言い訳しながら、精一杯の商人スマイルを浮かべた。


「実に見事だ。

 して……」


 夕庵様は、顎に手を当てて不敵な笑みを浮かべた。


「して? 

 とは、何にございますか?」


「何を言うておる。

 その『機略』とやらで稲葉山城が落とせるものなら、そちらの手でも同じように落とせぬものか? 

 お主たちの連れておる前野や堀尾、あるいはあの奇妙な道具の数々を使えば、容易いことだと思うてな」


 ――出た。

 この時代の権力者特有の、スーパー無理難題だ。

 最近はこういう無茶振りにも慣れてきたつもりだったが、いくらなんでも「ワンオペ(に近い少人数)で難攻不落の城を落としてこい」は無茶の次元が違う。

 日頃のストレスと、現代社会でのいじめのトラウゼ、そして澄田さんたちの推し活に振り回される日々が、一瞬で脳内を駆け巡った。

 俺の我慢の限界値が、ピキリと音を立てて弾け飛ぶ。


「無理、ムリ、む~~り!」


「は……? むり?」


 思わず地が出て、全力のワイプポーズで叫んでしまった。

 夕庵様が、見たこともないような呆然とした顔で固まっている。


「あ、いや! 

 これは失礼いたしました!」


 慌てて平伏し、必死に頭を回転させて論理的な釈明を開始する。


「武井様、落ち着いてお聞きください!

 今回の半兵衛の乗っ取りは、彼が斎藤家の身内であり、城内に内通者が多数いたからこそ成し得た特殊な事例にございます。

 我らのような外様、しかも敵対している織田家が同じことをしようとしても、一歩城門に近づいただけで即座に首を刎ねられます!

 だいいち、斎藤家だって二度は引っかかりませぬ。

 これは誰にも、敵対者である織田家に限らず、誰であっても二度と再現できない『一度きりの奇跡』にございます!」


 俺は唾を飛ばさんばかりの勢いで、これがどれほど無茶なプランであるかを懇々と説いた。

 夕庵様は、眉間のシワを深くしながらも、俺の必死な説明に黙って耳を傾けてくれた。


「…… うむ。

 一応、殿にはそのように伝えるがな」


 武井様は、ひどく困ったような、そしてどこか哀れむような目をしてそう言った。

 その瞬間、俺の背中に冷たい汗が流れた。

 そうだった。

 この織田家において、無理難題を吹っかけてくる大元は、目の前のこの苦労人(上司)ではない。

 もっと上の、あの「魔王」なのだ。

 夕庵様はただ、織田家の常識(=信長の無茶振り)に染め上げられたメッセンジャーに過ぎない。


 そしてその予感は、最悪のタイミングで、最悪の形で的中することになる。


 翌日。

 武井夕庵様からの呼び出しから、丸一日も経っていないというのに。

 俺は、大森を伴って小牧山城の山頂にある、だだっ広い大広間に座らされていた。

 冷たい板張りの床から、じわじわと冷気が腰に伝わってくる。


 大広間を見渡すと、そこにはつい先ほどまで軍議でも行われていたのか、織田家の名だたる重臣たちがずらりと勢揃いしていた。

 まさに戦国オールスターズ。

 その威圧感たるや、現代のブラック企業の役員会議の比ではない。


 列の中には、俺の直接の上司であるはずの夕庵様も座っていた。

 だが、俺が必死の形相で「助けてください」と目線を送ると、あからさまに、実に見事な自然さで、すっと視線を泳がせて顔をそらした。


(そらしたよ!

 あの人、完全に目をそらした! )


 俺の心の中で、夕庵様に対する信頼度が一時的にマイナス一万ポイントほど急降下した。

 そんな中、上座にどっかりと腰掛けた織田信長様が、鋭い眼光を俺たちに向けて口を開いた。


「平田。

 して?」


(いや、「して?」って何!? )


 この人、本当に現代のコミュニケーション能力という概念を過去に置き去りにしてきている。

 その一言だけで、すべての説明を求めようとする姿勢は、元サラリーマンの俺からすれば最悪のクラッシャー上司そのものだ。


 だが、ここで「何がですか?」などと聞き返せば、即座に手討ちにされるかもしれない。

 俺は必死に声を震わせながら、昨晩大森たちと考えた「噂のまとめ」を披露する。


「は、はっ!

 美濃の稲葉山城の件にございますね。

 あくまで、城下で集めた噂を繋ぎ合わせ、我らの拙き頭で推測した範囲のお話ではございますが……」


「能書きは良い。

 さっさと話せ」


 言い訳の余地すら与えられない。 信長様の冷徹な声が、広い堂内に響き渡る。




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