第57話 澄田さんの夢……破れる??
囲炉裏を囲んでの作戦会議は、夜が更けるとともに熱を帯びていった。
だが、その熱気の大半は、歴史マニアと重度の「推し活」女子による、少々明後日の方向を向いたものだった。
「……あの、さっき聞き流しそうになったんだけど。
澄田さん、さっき『堀尾茂吉さんの登場シーンが』って言わなかった?」
俺の問いに、キャリーケースから『戦国武将・城郭大事典』を引っ張り出そうとしていた澄田さんが、ピタリと動きを止めた。
「言いましたよ。
堀尾茂吉……後の堀尾吉晴。
豊臣三中老の一人で、松江城の築城主。
信長、秀吉に仕えた、それはもう素晴らしい知将にして人格者です。
私の『推しリスト』のトップテンに入りますが、何か?」
「……あー、やっぱり。
ひょっとして、うちの店(治療所)の管理を任せてる、あの堀尾さんのこと?」
俺の言葉に、今度は茜さんが「えっ?」と声を上げた。
「嶺くん、それ本気?
あの、いつも低姿勢で『平田様、次回の消毒液の入荷はいつ頃で……』って帳簿つけてる、あの真面目な堀尾さんが?」
「そう、その堀尾さん。
……じゃなくて、この前、前野(長康)さんの紹介で雇ったんだよ。
小牧山の屋敷と、城下町の店の管理をお願いしてる。
だって、前野さんが『こいつは気が利く』って言うから……」
一瞬の静寂。
その後、澄田さんの口から「ひぃっ」という、引きつったような悲鳴が漏れた。
「……嶺さん。
貴方は、貴方はなんてことを!
堀尾茂吉といえば、これから墨俣一夜城の築城で大活躍する、歴史のメインキャストですよ!?
それを、コンビニの店長代理みたいな扱いで……!
もったいない!
宝の持ち腐れ!
歴史への冒涜です!」
「いや、俺だってそんな大物だとは思わなかったんだよ!
前野さんが『食い詰めてる知り合いがいる』って言うから、てっきり日雇い感覚で……
そもそも、その前野さんを紹介……リストアップしたのって澄田さんじゃなかっけ。
ついでに、この時期なら堀尾さんもいるとか」
「……」
俺が頭を抱えると、横でスマホ(オフライン地図)を眺めていた大森が、ひょいと顔を上げた。
「平田さん、墨俣といえばさ。俺、こっちで聞き込みしたんだけど、墨俣には既に砦があったらしいっすよ。
今は打ち捨てられてボロボロみたいですけど」
「え、一夜城じゃないの?」と、茜さんが目を丸くする。
「多分、あの有名な逸話って、その既存の砦を『超光速で修理して使えるようにした』ってのが真相なんじゃないかな。
元ホームセンター店員としての勘ですけど、ゼロから建てるより、リフォームの方が圧倒的に早いですから」
大森の現実的な指摘に、俺は妙に納得してしまった。元修理工の俺としても、「一晩で新築」より「一晩で大改修」の方が、まだ物理法則の範囲内に思える。
「……とにかく、堀尾さん本人には、彼が将来の『三中老』だなんて絶対に言わないでくれよ。
もし自分が足軽組頭の、そのまた配下の雑用係みたいな扱いだって気づいたら、ショックで転職しちゃうかもしれないし」
「手遅れな気もしますが、善処します……」と、澄田さんが怨念のこもった声で頷いた。
「それよりもさ!」
茜さんが、パンと手を叩いて話題を変えた。
「さっきから言ってる『竹中さん』のことだけど。もしうちが竹中さんを採用しちゃったら、どうなっちゃうの?
やっぱり、あの大物俳優さんみたいな、渋い演技が見られたりするわけ?」
俺は深く、深いため息をついた。
「茜さん……まだそのネタ引きずってたの?
竹〇直人さんの出番はないから。
来るのは竹中半兵衛っていう、ガチの天才軍師だから」
「えー、残念。
あの『秀吉!』って叫ぶシーン、生で見たかったのに」
「それは大河ドラマの話でしょ!
とにかく、大物俳優は来ない。
来るのは、澄田さんが鼻血を出しそうなレベルの歴史上の有名人だ」
そんなドタバタな夜が明け、翌朝。
村の空気は、いつものように規則正しい「平田病院(治療所)」の開院準備で動き出した。
俺は、さっそく指示を出すことにした。まずは、上司である武井夕庵様から依頼されていた、美濃の情勢調査だ。
「前野さん、堀尾さん。
ちょっと二人に頼みがあるんだ」
呼び出されたのは、脳筋(失礼)だが頼れる前野将右衛門と、未来の知将(現在は優秀な店長)である堀尾茂吉の二人だ。
「はっ、何なりと申し付けくだされ、平田様!」
前野が威勢よく頭を下げる。一方の堀尾は、几帳面にメモの準備を整えていた。
「稲葉山城の周辺を探ってきてほしい。
特に、例のクーデターの後の混乱ぶりをね。
それと……ついでに、墨俣にある打ち捨てられた砦の状態も見てきてくれるかな。
あくまで目立たないように、調査だけでいい」
「墨俣の砦……。
あのような場所、今さら何に使うので?」
不思議そうに首を傾げる堀尾に、俺は「いや、ちょっとDIYの素材にいいかなと思って」と適当な言い訳を繕った。
未来の三中老に嘘をつくのは心苦しいが、今は仕方ない。
そしてもう一組。
「大森、澄田さん。
二人は『推し活』……じゃなくて、竹中半兵衛の行方を探してくれ。
澄田さんの情報だと、彼は今、菩提山城か、その近くの栗原山周辺に蟄居しているはずだ」
「了解っす!
伝説の軍師に、現代のホームセンターの便利グッズを叩き込んできます!」
「私はクラウゼヴィッツを武器に、半兵衛様を理論攻めにしてみせます!」
……正直、この二人が一番不安だが、知識量だけは確かだ。
指示を出し終える頃には、無情にも「制限時間」が近づいていた。
今回の滞在は、新月の前後三日間。茜さんと澄田さんの二人は、令和に帰らなければならない。
「あーあ、もう帰る時間かぁ。
今回は荷運びと愚痴聞きだけで終わっちゃった気がする」
茜さんが、空になったバックパックを背負いながら、名残惜しそうに村を見回した。
「いいところなしでしたね、私たち。でも嶺さん、次回の準備は任せてください」
澄田さんの目が、眼鏡の奥で怪しく光る。
「次は大学の春休みです。
まとまった休みが取れますから、今回持ち込めなかった『とっておきの献上品』を厳選してきます」
「……ほどほどにしてくれよ」
「私も、農繁期に入る前に有給全部ぶち込むからね!」
茜さんが、力強くガッツポーズをした。
二人は祠へと向かい、光の中に消えていった。
静まり返った村の屋敷で、俺は一人、囲炉裏の火を見つめる。
さて、次回は春休みか。
女子大生の全開の推し活と、元農協職員の本気の農業支援。
それに加えて、戦国史上名高い「軍師スカウト」と「一夜城リフォーム」。
「……これ、俺の胃がもつかな」
俺は、令和から持ち込んだ胃薬の在庫を確認しながら、少しだけ賑やかになるであろう一ヶ月後の春を想像して、小さく笑った。




