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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

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第52話 果物包丁の外科手術と、魔王の読心術



「それでは大殿、失礼いたします」


 俺は覚悟を決め、小脇に抱えた木箱から道具を取り出そうとした。だが、その手を大森がガシッと掴んで止めた。


「先輩、ちょっと待ってください。

 やじりを抜く前に、一つアドバイスがあります」


「なんだよ、こんな緊張する場面で。

 早くしないと俺の胃に穴が開くぞ」


 俺が小声で抗議すると、大森は極めて真面目な顔で耳打ちしてきた。


「いいですか、戦国時代の鏃には、釣り針で言うところの『返し』がついていることが多いんです。

 肉に食い込んだまま無理に引き抜こうとすると、中の肉や血管をごっそり削ぎ落として大出血を起こします。

 大抵の場合、その場で引き抜くと大変なことになりますから、十分に気をつけてください」


「気をつけろって言っても……じゃあどうするんだ? 

 メスか何かで周りの肉を開いてから抜くのか?」


「その通りです」


 大森は深く頷くと、木箱の底から布に包まれた一本の刃物を取り出した。

 松明の明かりに照らされたそれは、どう見ても現代の家庭にある、見慣れたステンレス製の『果物包丁』だった。


「……おい、大森。

 これって……」


「はい。茜さんが『こっちで柿を食べる時に皮が剥きにくいから』と言って、持ち込んできた愛用の果物包丁です。

 ただ、あまりにも切れ味が良いので、最近では戦傷の処置に重宝していまして」


「俺はもう、これで剥かれた柿は絶対に食いたくないぞ……」


 俺が顔を引き攣らせると、大森は「大丈夫ですよ」と爽やかに笑った。


「もうこれは料理には使っていません。

 今ではうちの診療所で、無くてはならない医療器具メスになっていますから。

 さあ、アルコールで消毒を」


「お前、元ホームセンター店員のくせに、たまにサイコパスみたいなこと言うよな……」


 内心でぼやきつつ、俺はアルコールを染み込ませた布で果物包丁の刃を念入りに拭いた。


「大殿、少し刃物を入れます。

 痛みますが、ご辛抱を」


「構わん。

 やれ」


 信長さんは顔色一つ変えずに腕を差し出した。

 俺は深呼吸をし、傷口の周りをよく観察した。鏃の刺さっている角度を確かめ、その方向に沿って果物包丁の先端をそっと押し当てる。


「……っ」


 スーッと皮を切り裂き、少しだけ傷口を広げる。信長さんの腕の筋肉がピクッと痙攣したが、本人は一言も痛みを口にしない。バケモノかこの人は。


 切れ目を入れたことで、肉に埋もれていた鏃の『返し』部分が見えた。俺はそこをやっとこでしっかりと挟み込み、前後に少しずつ動かしながら、周囲の組織を傷つけないよう慎重に引き抜いた。

 ズルリ、という嫌な感触とともに、赤黒く染まった鉄の鏃が抜け出た。


「抜けました! 

 幸い、太い血管は傷ついていません!」


 俺の言葉に、周囲で固唾を飲んで見守っていた武井夕庵様をはじめとする家臣たちから、「おお……!」と安堵のどよめきが漏れた。


 だが、まだ終わっていない。

 化膿を防ぐための消毒が必須だ。


「大森、消毒液を」


 俺が手を出すと、大森は竹筒に入った茶色っぽい液体を手渡してきた。


「大森、これって……いつものアルコールじゃないのか?」


 俺が小声で尋ねると、大森は得意げにウインクをした。


「令和の薬局で買ってきた消毒用エタノールに、色が付く程度の『ドクダミ茶』を加えた特別製です。普段は重傷者にしか使わないんですが、流石に信長さんが相手なので、ハッタリも兼ねて特効薬っぽくブレンドしてきました」


「お前……本当に商魂たくましいな……」


 俺は少し傷口を広げながら、その『特製ドクダミアルコール』を惜しげもなく傷の中に流し込んだ。


「ぐぅっ……!」


 流石の信長さんも、純度の高いエタノールが傷口の奥深くまで沁みたのか、低く呻き声を上げた。

 こればかりは気合でどうにかなる痛みではない。


 中をしっかりと洗い流した後、俺は丁寧に傷口を寄せ合わせた。

 普通ならここで「事務用ホッチキス(自称:南蛮渡来の鉄の虫)」の出番なのだが、今回は出血も多くなく、傷の開きも小さい。

 何より、天下人の腕に事務用品を打ち込むのは流石に気が引けた。


 俺は持参したドクダミ軟膏をたっぷりと塗り込み、その上に油紙を当てて傷を覆うと、ダイソーで買ってきた100均の伸縮包帯でしっかりと腕を縛り上げた。


「これで処置は完了です。

 数日は熱が出るかもしれませんが、化膿さえしなければ大事には至りません」


 俺が頭を下げると、信長さんは縛り上げられた左腕をゆっくりと動かし、満足げに頷いた。


「大儀であった。

 流石は平田の術よ。

 痛みが引いていくのがわかる」


 いや、それはアルコールが揮発してスースーしてるだけだと思うが、まあ良しとしよう。


 治療が一段落し、俺と大森が道具を片付け始めていると、信長さんが床几に深く腰を沈め、難しそうな顔で独り言を漏らし始めた。


「……新加納での伏兵。

 あれは完全に読まれていた。

 斎藤の小倅こせがれめ、まさかあれほどの兵を隠し持っておったとはな……」


 ギリッ、と奥歯を噛み締める音が聞こえた。

 信長さんは今回の新加納の敗戦について、自らの采配をひどく悔やんでいるようだった。


 俺は片付けの手を止めそうになり、慌てて動かし続けた。


(ヤバいヤバいヤバい。

 こういう『権力者が弱みを見せている瞬間』に居合わせるのって、絶対ダメなやつだ! 

 時代劇なら「聞かれたからには生かしてはおけぬ」って口封じされるフラグじゃないか!)


 近寄るな危険、触らぬ神に祟りなし。今すぐここから逃げ出したい。

 だが、目の前にはまだ治療道具が散らばっているし、勝手に立ち去ればそれこそ不敬罪で斬首だ。


 俺は息を殺し、ひたすら「聞いてませんよ、私はただの医療器具の片付けロボットですよ」というオーラを出し続けた。


 しかし、俺の脳内では勝手に現代の知識と素人なりのツッコミが渦巻いていた。


(そもそも、いくら勢いに乗ってるとはいえ、美濃の入り口である新加納までいきなり深く攻め込むなんて、どう考えても無理筋だろうに。

 兵站も伸び切るし、相手のホームグラウンドなんだから伏兵なんていて当たり前じゃないか。

 澄田さんも『信長の初期の戦術的ミス』って言ってたしなぁ……)


「平田、申せ!」


「ヒャイッ!?」


 突然、信長さんの鋭い声が中庭に響き渡り、俺は素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。


「は、はい! 

 傷口は塞がっておりますゆえ、無理な動きは避けていただき――」


「そんなことではない!」


 信長さんは鋭い眼光で俺を射抜いた。


「今、平田が思うところを申してみよ」


「…………え?」


 俺は絶句した。

 なんだその無茶振りは。

 いや、もしかして、俺がさっき心の中で『いきなり攻め込むなんて無理筋だ』とダメ出ししていたのを察したのか?


 だとしたら、この人の読心術は怖すぎる。

 鋭いなんてもんじゃない。

 人の顔色やちょっとした息遣いから、思考の裏の裏まで読み取っている。

 だからこそ、この殺伐とした戦国時代を今まで生き残ってこられたのだろう。


 だが、問題は今の俺だ。

 天下の織田信長に、それも敗戦直後でピリピリしている魔王に向かって、何を申せばいいのか。


 『いやー、あれは社長の経営判断ミスっすね』なんて言えば、間違いなく俺の首が飛ぶ。

 かといって、『不運でしたね』と誤魔化せば、それはそれで『貴様、その程度の男か』と見限られかねない。


 大森が横で「先輩、生きてくださいね」という祈るような目を向けてきている。

 言葉を選ばないと、マジで死ぬ。

 俺は引きつった顔のまま、必死にフル回転で言い訳……いや、生き残るための「軍師っぽいセリフ」をひねり出し始めた。


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