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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

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第50話 野戦病院のトリアージと、絶対君主からの呼び出し




「……もうこれ、『平田屋』じゃなくて『平田総合診療所(外科・心療内科あり)』に改名してもいいよな」


 俺は額から滴り落ちる汗を腕で拭いながら、現実逃避気味にそう呟いた。

 そうでも考えないと、目の前の光景に理性が焼き切れそうだったからだ。


 事の発端は、先ほど飛び込んできた武井夕庵様の伝令だ。

 伝令と言っても、いつもの事務的な連絡係ではない。

 おそらく武井様の親戚筋か直属の配下だろう。

 鎧の隙間からは土埃と血の臭いが立ち込め、何より目が完全に「ってきた」直後のそれだった。


 彼に「負け戦だ」と腕を掴まれた時、あまりの握力の強さと殺気に、俺は正直、少し……いや、かなりちびりそうになった。

 二十五歳、元社会人。戦国武将のプレッシャーには未だに慣れない。


 そして、その伝令が去った後――まるで彼が先導してきたかのように、地獄の蓋が開いた。

 どっと押し寄せてきたのは、敗走してきた兵たちだ。


 店の中は一瞬にして、呻き声と怒号が飛び交う戦場と化した。


「母栖さ〜ん! 

 ドクダミ軟膏、もっとたくさん用意して! 

 在庫全部出して!」


「わかってる! 

 彩ちゃん、裏の倉庫から壺ごと持ってきて!」


「先輩、こっち頼んでもいいですか! 

 肩口をやられてます!」


「ああ、今行く! 

 それが済み次第、そっちの止血だ!」


「大森様、地図です! 

 敗走ルートの予測図、持ってまいりました!」


「おう、ありがとう! ……ってことは、この後もっと来るぞ!」


 大森や母栖さんが、以前雇い入れた地元の若者たち――俺たちが衛生兵として促成栽培したスタッフたちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 俺もまた、右手にステープラー、左手に消毒用アルコールという二刀流で、次々と運ばれてくる「肉体」と格闘していた。


「はい、ちょっと沁みますよー! 

 歯を食いしばって! 

 南蛮渡来の激痛の後に極楽が来ますからねー!」


「ぎゃあああああ!!」


「はい、固定完了! 

 次!」


 まさに目の回るような惨状だが、作業を進めるうちに、俺はある一つの事実に気がついた。


(……不幸中の幸い、と言っていいのか?)


 今、ここに辿り着いている連中は、全員が「自力で歩ける」者たちだ。

 傷は浅くないが、骨が飛び出したり、内臓が見えていたりするような致命傷の者はいない。消毒してステープラーで塞ぎ、化膿さえ防げば助かるレベルだ。


 それもそのはずだ。

 負け戦の混乱の中、真っ先にここまで逃げてこられたのだから。

 彼らは元気だ。逃げ足の速さは、生存本能の強さそのものだ。

 だが、俺の手が動く一方で、脳裏には最悪の予想図が浮かび上がっていた。

 トリアージ(選別)の概念で言えば、今は「緑(軽症)」から「黄(中等症)」の段階だ。


 当然、この後やってくるのは――。

(やっとの思いで逃げてきた重傷者……そして、自力では動けない者たち……か)

 自力で動けない人間が運ばれてくるということは、それを運ぶ部下がいるということだ。


 つまり、それなりの身分がある武将クラスである可能性が高い。

 足軽の太ももを事務用品でパチンとやるのとは訳が違う。もし処置をミスれば、俺の首ごと物理的に飛びかねない「VIP患者」たちが控えているのだ。


 胃が痛い。

 キリキリと痛む。

 現代の胃薬を持ってくればよかった。

 俺が暗い未来予想図に顔をしかめていると、店の入り口から、喧騒を切り裂くような太い声が響いた。


「平田殿は何処いずこか!!」


 またしても、空気が凍りついた。

 今度の声は、怪我人の悲鳴ではない。

 明確な「権力」を帯びた声だ。

 俺は処置していた足軽の包帯を結び終え、立ち上がった。


「平田は私だが……」


 入り口に立っていたのは、立派な甲冑を纏った武者だった。

 彼もまた、激戦を潜り抜けてきたのだろう、兜の吹き返しが欠けている。

 彼は俺を見つけるなり、有無を言わせぬ口調で告げた。


「上意である! 

 殿が至急、お呼びとのこと! 

 直ちに城までお越しいただきたい!」


 ――上意。


 その二文字に、店内の空気がピリついた。

「来てほしい」という依頼ではない。「来い」という絶対命令だ。

 しかも、この敗戦の混乱の最中にだ。


 これは、信長さん本人、あるいは極めて近い人物に何かがあった証拠だ。

 それも、俺の「奇妙な道具」に縋らなければならないほどの何かが。

 余裕のなさが、その強引な呼び出し方から透けて見える。


「先輩……」


 大森が不安げに俺を見る。

 俺は覚悟を決めて、手元の道具を腰袋に突っ込んだ。


「ああ。

 俺だけで行ってくる。

 大森、ここは任せたぞ」


「この状況で任されたくはないですが……仕方がないですね。

 わかりました、こっちはなんとか回します」


 大森の顔つきが変わる。

 頼もしい限りだ。元ホームセンター店員の対応力は伊達じゃない。


「平田さん、治療道具はどうしますか?」


 すかさず詩織さんが尋ねてくる。


「今はいらないが、すぐにあっち……城で必要になると思う。

 俺の予想では、この後、ここと城との二拠点で治療することになりそうだ。

 だから、一通り運べるように『往診セット』を準備してくれ。

 追加の針と、消毒液、あと痛み止めのロキソ……いや、鎮痛丸もだ」


「でしょうね。

 すぐに準備させます。……茂助! 

 彩ちゃん!」


「はいっ!」


 詩織さんの呼びかけに、店の奥から二人の子供が飛び出してきた。

 大森たちが保護し、今は店の手伝いをしている兄妹だ。

 小さな手でテキパキと荷物をまとめ始める彼らの姿に、俺は少しだけ勇気をもらった。


 この子たちのためにも、ここで終わるわけにはいかない。


「では、頼みます」


 俺は仲間たちに短く告げると、迎えの武者に向き直った。


「案内を。急ぎましょう」


 武者は無言で頷き、踵を返した。

 俺はその背中を追い、夕闇の迫る小牧山の坂道を駆け上がっていく。

 背後からはまだ、怪我人たちの悲鳴と、大森たちの指示する声が聞こえていた。


 これから向かう先には、間違いなく、これまでで一番重い「仕事」が待っている。俺は震える手を強く握りしめ、冷たい夜風の中に身を投じた。


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