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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

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第49話 敗報は新月の如く



 永禄六年。

 美濃攻略の拠点として、信長公が心血を注いだ小牧山城。


 数日前、信長さんとの歴史的会談(という名の、現代知識の搾取)を終えた後の城下町は、およそ正常な精神状態ではいられないような、奇妙な熱気に包まれていた。    

 本来なら、俺たちも「小牧山城完成おめでとう、引っ越し奉行」として駆り出されるはずだった。

 しかし、あいにく(あるいは運命か)俺の経営する店舗兼診療所は、前回の小競り合いで運ばれてきた怪我人たちの「経過観察病棟」と化し、動くに動けない状況だったのだ。


「……よし、傷口の癒着は順調。赤みもないな。

 ステープル、抜くぞ。

 動くな、これでも110円の貴重な道具なんだ」


「へ、へい……。

 どうか、痛くしないでくだせぇ、お師匠様……!」


「師匠はやめろ。

 俺はただの事務用品の使い手――、いわば修理工だ」


 パチン、パチン。


 事務用のステープル抜き(除針器)が、無機質な音を立てて足軽の太ももから針を抜いていく。

 現代のダイ〇ーで購入した、なんてことのないプラスチックと鉄の塊。

 それが、この時代では「一瞬で肉を縫い合わせる神の外科手術具」に見えるらしい。


 この足軽、最初は「鉄の虫が食いついた!」と大騒ぎしていたくせに、今ではこのステープラーの針を「御守りとして持ち帰りたい」などと抜かし始めている。


「なんだろうな、この状況。

 俺、戦国時代に来てまで、事務用品のアフターサービスに追われるとは思わなかったよ」


 俺がピンセットをトレイに置き、腰を伸ばしてぼやくと、隣で手際よく包帯を巻いていた大森が、煤けた顔でニカッと笑った。


「先輩、でも今回もどうにかなりましたね。

 あの時、茜さんたちが無理をしてステープルを運んできてくれなかったら、今頃この人たちの半分は化膿して死んでましたよ。

 彼女たちの配慮には脱帽っすね」


「確かに、大森の言う通りだな。

 今度現代に戻ったら、何か特別なお礼でもしないといけないかな」


「平田さん」


 不意に、薬草を煎じていた詩織さんが鋭い声を上げた。


「お礼をここで済まそうなんて考えないでくださいよ。

 ここで手に入るものなんて、高が知れてます。

 お礼は、彼女たちが住む令和の空の下で、彼女たちが喜ぶものを贈るべきです」


「そうは言うけどさ、詩織さん。費用対効果も考えなきゃ。

 こっちだと永楽銭の山でこの時代の贅沢品は買えるけど、それを向こうの価値に換算して……。

 例えば、この獲れたての大根の漬物とか……」


「論外です!!」


 詩織さんの、鼓膜に響くようなツッコミが飛んできた。

 しかし、実際に永禄尾張で稼いでいるけど令和に稼いだお金って持ってけていないんだよな。


 完全に持ち出し状態だ。

 かろうじて秋の松茸でいくらかは戻ってきているけどね……。


「平田さん、乙女心を一ミリもわかってませんね。

 茜さんも澄田ちゃんも、命懸けでタイムスリップして物資を運んでくれてるんですよ?

  デパ地下の最高級スイーツか、百貨店の限定コスメ、あるいは予約の取れないレストランのフルコースくらい用意しなきゃ、バチが当たります!」


「……戦国時代で命を削って稼いだ金が、全部デパ地下とブランド品に消えるのか。

 俺の人生、どっちの時代でも中間管理職の財布事情だな……」


 そんな、平和の残り香のような軽口を叩き合っていた、その時だった。


 ガシャアァン!!


 入り口の板戸が、壊れんばかりの勢いで蹴り開けられた。

 飛び込んできたのは、織田家の重臣・武井夕庵様の使いの者だった。  

 その顔は死人のように土気色で、肩で激しく息を切らしている。

 全身が泥と、そして、乾きかけの返り血で汚れていた。


「平田殿!!

 平田殿はいらっしゃるか!!」


「ここにいます!

  落ち着いて、何があったんですか?」


 使いの者は、俺の腕を掴むと、絞り出すような声で言った。


「武井様よりの……伝言……ッ!

『負け戦である。じきに、これまでにない数の怪我人が運ばれてくる。地獄に備えよ』と!」


「……は?」


 俺の手から、消毒液の入った一升瓶が滑り落ちそうになった。  

 負け戦?

 あの織田信長が?  

 桶狭間で今川義元の首を取り、破竹の勢いで美濃を呑み込もうとしている、あの「時代の寵児」が負けたというのか?


 俺が呆然と立ち尽くす中、現場慣れしている大森が瞬時に動いた。


「将右衛門さん!

 堀尾さん!

 表へ出て状況を確認してきてください!

 負傷者の規模と、追っ手の有無を!」


「承知仕った!」


 庭で相変わらず「ぬおぉぉ!」と木刀を振っていた前野長康さんと、実務管理を任せている堀尾茂吉さんが、弾かれたように走り出す。


 数十分後、戻ってきた二人の報告は、俺の甘い楽観的な予想を粉々に打ち砕くものだった。


「報告いたします!

 我が方、新加納しんかのうにて斉藤勢と激突!

 敵将・斉藤飛騨守の伏兵に遭い、無残に敗走中にございます!」


「さらに側面後方より、鵜沼方面からの援軍とも戦闘になったとの情報もあり……前線は、前線はもはや壊滅状態!

 散り散りになった兵たちが、この小牧山へ雪崩れ込んで参りますぞ!」


「新加納……だと……?」


 俺の脳裏に、前回現代に戻った際、澄田さんが見せた真剣な表情がフラッシュバックした。


『平田さん、歴史の流れから逆算すると、そろそろ「新加納の戦い」が起こるはずです。

 これ、余分に持っていってください。予備のステープラーの針一万本と、強力な経口鎮痛剤、そして止血剤です。

 ……たぶん、足りなくなるから』


 あの子、歴史の知識で俺たちの未来を予言してやがったのか……!  

 新加納の戦い。

 信長公記にも記されている、織田軍の、それも信長自身の戦術的ミスによる手痛い敗北。


 前回運ばれてきたのは、単なる「国境の小競り合い」による負傷者だった。  

 だが今回は違う。本気の「合戦」であり、しかも組織が崩壊した「敗戦」の負傷兵だ。

 その数は、前回の比ではない。

 数十、いや数百単位で押し寄せてくる。


「……大森、詩織さん。

 ……来るぞ」


「わかってます、先輩。ステープラーの予備、全在庫を解禁します!」


「お湯、村中の釜を借りて沸かしてきます!

 村の女衆も全員呼び集めて、包帯用の布を裂かせます!」


 詩織さんの目が、平時のそれとは違う「戦う看護師」の輝きを帯びた。

 遠く、小牧山の北の地平から、地鳴りのようなざわめきが聞こえてきた。  

 それは、勝利の勝ち鬨ではない。  

 傷つき、泥にまみれ、武士の矜持などクソ食らえと言わんばかりに、命からがら逃げ帰ってくる男たちの、獣じみた悲鳴と足音だった。


「助けてくれぇ……、腕が、腕がもげる!」


「平田屋だ!

 平田屋へ行けば、鉄の虫が傷を繋ぎ止めてくれるぞ!

 死にたくねぇ、死にたくねぇよぉ!」


 店先に、次々と血まみれの兵たちが放り出されるように担ぎ込まれてくる。  

 夕闇が迫る中、彼らの流す血の臭いが、梅雨時の湿った風に乗って鼻を突く。  


 前回の比ではない。  

 地獄の釜がひっくり返ったような光景が、再び、いや前回を遥かに凌駕する規模で、俺たちの目の前に広がろうとしていた。


「……よし、やるしかないか。令和の事務用品の底力――マック〇株式会社の誇り、見せてやるよ!」


 俺は震える手で、新品の10号針を装填したステープラーを、まるで戦国大名が名刀を抜くかのような覚悟で握りしめた。  


 新月の夜が来る。  

 この暗闇の中で、俺たちは一人でも多くの命を、ホッチキスの針でこの世に繋ぎ止めなければならない。


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