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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

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第48話 脳筋家臣とステープラーの外科手術



 魔王・織田信長との会談は、俺の精神力を根こそぎ削り取っていった。

 なんとか失言で首を刎ねられることもなく、武井夕庵様に見送られて小牧山城の裏口から放り出された時には、俺の足取りは産まれたばかりの子鹿のようにプルプルと震えていた。


「……終わった。

 生きてる、俺」


「お疲れ様、嶺くん。

 意外としっかり喋れてたじゃない」


「そうですね。

 平伏のスピードは、これまでの人生で最速でしたよ」


 茜さんと澄田さんはケロリとしたものだ。女性は肝が据わっているというか、順応性が高いというか……。

 俺たちはふらつく足で、城下町に構えた「平田屋敷」へと戻った。


 だが、安息の地であるはずの屋敷に一歩足を踏み入れた瞬間、俺はさらに目を疑うことになった。


「おい! 

 気合を入れろ! 

 貴様らの槍捌き、まるでカカシが踊っているようではないか!」


「「「はっ!!」」」


 庭先から響く怒号と、野太い返事。

 見れば、二十人ほどの男たちが上半身裸で槍を振り回し、汗を飛び散らせている。

 その中心で仁王立ちしているのは、先日雇ったばかりの武将、前野長康まえのながやす――通称、将右衛門しょうえもんさんだ。


「あ、主殿! 

 お戻りで!」


 俺の姿を見つけた前野さんが、満面の笑みで駆け寄ってくる。

 その手には、素振り用と思われる丸太のような木棒が握られていた。


「ま、前野さん……これは一体……?」


「はっ! 

 見ての通りの教練にございます! 

 平田家も信長様の覚えめでたき家臣?商家?どちらなのでしょうか。

 どちらにしてもなったからには、警備の兵も相応に鍛えねばと!」


「いや、雇った覚えがないんですけど……」


「はっはっは! 

 ご謙遜を! それがしが主殿の威光に恥じぬよう、近隣から腕利きの若者を集めておきましたゆえ! 

 足軽大将になりそうな者は降りませんが、立派な足軽に育ててみせますぞ!」


 バシバシと俺の背中を叩く前野さん。

 痛い。骨がきしむ。

 どうやら彼は、俺が「商売」のためにここに来ているというより、「一勢力」として武力を蓄えるべきだと勘違い……いや、この時代の武士としてはそれが正解なのだろう。


 完全に「脳筋」である。

 政務や細かい計算は苦手そうだが、戦となれば頼りになりそうだ。

 給料の計算とかどうなってるんだろうと不安になるが、今はそれを突っ込む気力さえ残っていなかった。


 俺は前野さんに「ほどほどにお願いします」とだけ伝え、逃げるように屋敷の縁側へと向かった。


 ドサリと腰を下ろすと、半分魂が抜けかけた状態で庭を眺める。

 庭では、相変わらずマッチョな集団が「うおぉぉぉ!」と叫びながら走り回っている。


 ……ここはどこの体育会系合宿所だ。

 ぼーっとしていると、湯呑みを持った手が視界の端から伸びてきた。


白湯さゆしかなかったのよ」


 茜さんだ。

 少し申し訳なさそうな顔で、隣にストンと座る。

 受け取った湯呑みの温かさが、冷え切った指先に染み渡る。


「ありがとうございます……生き返ります」


「お疲れ様でした。それにしても、歴史に名を残すだけはあるわね、信さんは」


 ズズズ、と白湯をすすりながら、茜さんがとんでもないことを呟いた。

 俺は思わず吹き出しそうになる。


「あ、茜さん、『信さん』って……まだ言ってるんですか。

 もし本人の前で言ったら、俺たち全員、物理的に首が飛びますよ」


「あら、いいじゃない。

 親しみやすくて」


 すると、今までどこにいたのか、澄田さんも音もなく現れて、俺の反対側に座り込んだ。

 彼女もまた、庭先で「突撃ぃぃ!」と叫んでいる前野さんと足軽たちを冷ややかに眺めている。


「そうですね、茜さん。

 オーラからして違いましたね。

 常人とは見ている世界が違うと言うか」


「それもそうだけど、とにかく発想が柔軟よね。

 私たちが『未来から来た』とか『もののけの類』だと言われてもおかしくないのに、面白がって受け入れてたでしょ? 

 あれって、そう簡単にはできないわよ」


 茜さんは湯呑みを両手で包み込みながら、遠い目をした。


「うちの農協の上司なんて、頭の固い化石みたいな人たちばっかりでさ。

 前例がない、リスクがある、会議で検討する……そればっかり。

 もし信さんが上司になったら、本当に良い上司になるでしょうね」


 そこまで言って、茜さんはニッコリと、しかし目の奥は笑っていない笑顔を俺に向けた。


「少なくとも、うちの職場のボケナスどもよりは、無限大倍マシでしょうね」


 ――ヒュッ。

 俺と澄田さんの喉が同時に鳴った。


 戻ってきた。

 俺たちの知る、ちょっと闇を抱えたお姉さん・茜さんが戻ってきた。

 ツッコミどころ満載のセリフだが、その迫力に圧倒されて言葉が出ない。


「伝承では魔王だのなんだの、酷い言われようですけど……今日見た限りでは、決断力があってメリハリの利く、頭の良い方なんでしょうね」


 澄田さんが冷静に分析する。

 俺もようやく気力を取り戻し、会話に参加した。


「ああ。頭の回転が周りと比べて一つどころか、いくつも飛び抜けていたから、周囲から理解されなかったんだろうな」


 俺は庭で「気合だー!」と叫びながら素振りを繰り返す前野さんを指さした。


「俺たちなら言いたいことはわかるけど、この時代の人たちはどうだろう。

 目の前にいる前野さんも、見ての通り少し……いや、かなり脳筋だし。

 彼がこの時代のスタンダードだとしたら、信長さんは相当苦労してると思うよ」


 天才すぎるがゆえの孤独、というやつだ。

 抽象的な指示を出しても、部下が「は? 何言ってんのこの人」となってしまう悲劇。

 澄田さんが深々と頷く。


「それはわかります……。

 それよりも茜さん」


「ん? 

 なぁに?」


「茜さんの職場って、どうなってるんですか? 

 一万倍ならまだわかりますが、無限大倍って……私、就職するのが怖くなりましたよ」


「あら、大丈夫よ幸代ちゃん。

 社会に出れば、心を無にして笑顔を作るスキルだけは磨かれるから」


「それが一番怖いんですよ!」


「おしゃべりはそこまで! 

 平田さん、茜さん、幸代ちゃん、来て!」


 そんな殺伐としたガールズトークを遮るように、屋敷の入り口から母栖もす詩織さんが顔を出した。

 いつもの穏やかな笑顔はない。切羽詰まった表情だ。


「詩織さん? 

 どうしました?」


「お店のほうが大変なの! 

 怪我人が溢れかえっちゃって、大森くん一人じゃ手が足りないのよ!」


 俺たちは慌てて屋敷を出て、建設中の店舗兼診療所へと走った。

 店の中は、まさに野戦病院の様相を呈していた。

 土間の上には、血に濡れた布を巻いた男たちが所狭しと横たわっている。呻き声、血の臭い、汗の臭い。

 国境付近での小競り合い――武井様が「いつものこと」と言っていたアレの結果がこれだ。


「ひ、ひえぇ……」


 茜さんが口元を押さえる。

 澄田さんも青ざめて立ちすくんだ。

 現代日本で生きていれば、こんな光景を見ることはまずない。

 だが、俺と大森は違った。

 前回のいくさで、すでに地獄のような光景を目の当たりにしている俺には耐性がついていた。


「先輩! 

 こっちです! 

 この人、太ももをざっくりやられてます!」


 奥で大森が叫ぶ。俺は覚悟を決め、店の奥から道具箱を引っ張り出した。


「茜さんと澄田さんは、タオル……いや、手拭いの煮沸をお願いします! 

 あと水! 

 とにかく清潔な水と布が必要です!」


「わ、わかったわ!」


「了解です!」


 二人が裏の井戸へ走るのを見届け、俺は大森のもとへ駆け寄る。

 患者は若い足軽だ。太ももに刀傷があり、パックリと肉が割れている。


「ぐぅ……い、痛ぇ……助けてくれぇ……」


「大丈夫だ、しっかりしろ! すぐに塞ぐぞ!」


 俺は手元の袋から、プラスチック容器から一升瓶に詰め替えておいた「消毒用アルコール」を取り出した。

 本来は現代のドラッグストアで買ったものだが、容器が目立つので詰め替えてある。

 詰め替えたはいいけど、よくよく考えると、この一升瓶もこの時代ではおかしいんだよな。

 まあ、あのドラックストアオリジナルのロゴ入りぷた容器よりはマシだろうが。


「いいか、ちょっと沁みるぞ! 

 歯を食いしばれ!」


「う、うむ……!」


 ドボドボドボ!


「ぎゃあああああああ!!」


 傷口にアルコールを直にぶっかける。男がのけぞり、白目を剥きかけるが大森が肩を押さえつける。

 衛生観念のないこの時代、化膿止めは生死を分ける最重要プロセスだ。


「よし、消毒完了! 

 大森、傷口を寄せてくれ!」


「はい!」


 大森が両手で傷口の皮膚をグイッと寄せる。

 俺が取り出したのは、現代の事務用品――『大型ステープラー(ホッチキス)』だ。

 分厚い書類を綴じるための強力なバネが仕込まれた、金属製の無骨な道具。


 これを見た周りの患者たちが、恐怖に目を見開く。


「な、なんだその鉄の塊は!?」


「まさか拷問具か!?」


「違う! これは……えーと、『鉄の糸を打ち込む南蛮渡来の医療器具』だ!」


 適当な嘘をつきながら、俺は傷口にステープラーの先端を押し当てた。

 縫っている時間はない。それに、俺たちは外科医じゃないから縫合なんて高度な技術はない。

 だから、物理的に留める。


 ガチャン!!


 小気味よい金属音が響き、太い針が皮膚に食い込んで傷口を固定した。


「ひぐっ!?」


 ガチャン! ガチャン! ガチャン!


 俺は躊躇なくレバーを押し込み、傷口に沿って等間隔に針を打ち込んでいく。

 現代の医療用ステープラーとは違う、事務用の荒業だ。

 だが、傷口は確実に見事に塞がった。


「よし、止血完了! 

 次!」


 俺と大森は、流れ作業のように次々と運び込まれる怪我人を処置していった。

 アルコールで悲鳴を上げさせ、ステープラーの音でビビらせ、最後にはドクダミ軟膏を塗りたくって包帯を巻く。


 茜さんと澄田さんも、最初は腰が引けていたが、次第に慣れてきたのか、


「はい、布! 

 次の方!」


「あー、暴れないでください! 

 今、鉄のムシが噛みつきますからねー!」

 と、的確なサポートをしてくれるようになった。


 澄田さんに至っては「鉄のムシ」という新たな妖怪伝説を作り出しているが、効果覿面でおっさんたちが大人しくなるので良しとする。

 昼過ぎには、新たな患者の搬入は途絶えた。

 店の中は、治療を終えてぐったりする男たちと、彼らを介抱する村の女衆で埋め尽くされている。


 俺は血と泥で汚れた手を洗い、大きく息を吐いた。


「……なんとかなったか」


「ですね。在庫の針、あと二箱しか残ってませんよ」


 大森が空になったステープラーの箱を振る。

 俺たちは顔を見合わせ、へたり込むように土間に座り込んだ。

 詩織さんが冷たい水を持ってきてくれる。


「みんな、本当にお疲れ様。

 ……平田くんたちがいてくれて助かったわ。

 私ひとりじゃ、きっとパニックになってた」


「いや、詩織さんがトリアージ……重傷者の選別をしてくれてたおかげですよ。

 さすがです」


「伊達にこの村で母親代わりやってないわよ」


 詩織さんは優しく笑った。本当に、この人は強い。

 その後、俺たちは容態の安定した患者たちを、俺たちが鍛えた「衛生兵候補」の村人たちに任せることにした。


 彼らにはアルコールの扱い方と包帯の巻き方を叩き込んである。簡単な処置なら任せられるはずだ。

 

 屋敷への帰り道、夕日が小牧山を赤く染めていた。

 俺の隣を歩く茜さんが、ふと呟く。


「ねえ、嶺くん」


「はい?」


「信さんが言ってた『天下布武』って、こういうことじゃないわよね?」


「……まあ、武力で天下を覆うって意味ですから、俺たちがやった『ステープラーで傷口を覆う』のとは、だいぶ違いますね」


「ふふ、そうね。でも、私たちがやったことのほうが、今のところ人助けにはなってる気がするわ」


 茜さんの横顔は、朝よりも少しだけ逞しく見えた。

 戦国時代に放り込まれ、魔王に謁見し、野戦病院で血を見る。

 濃すぎる一日だった。


 屋敷に戻ると、前野さんがまた「お帰りなさいませ! 夕方の稽古を始めようかと!」と元気いっぱいに迎えてくれたが、俺たち全員で「「「黙って休ませろ!」」」とハモって、この長い一日を強制終了させたのだった。



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