表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/67

第44話 魔王との謁見と、乙女心の地雷原



 

 翌朝。


 決戦の朝は、意外なところから火の手が上がった。

 舞台は「イモ村」の長屋。

 詩織さんが手配してくれた、この時代の着物への着替えタイムでのことだ。


「うーん……これって、なんだかな〜。

 地味すぎない? 

 成人式の時に作った私の振袖のほうが良かったかしら」


 鏡(といっても磨いた銅板だが)の前で、茜さんが不満げに袖を摘んでいる。

 確かに、詩織さんが用意したのは藍染めの堅実な小袖だ。

 現代の煌びやかな着物に比べれば、色も柄も控えめである。

 だが、俺はその言葉を聞いた瞬間、反射的にツッコミを入れてしまった。


「いや茜さん、振袖って……あれは未婚の若い女性が着るもんで、年齢的に……」


 ――ピキッ。


 空間に亀裂が入る音がした気がした。

 恐る恐る顔を上げると、そこには般若のお面よりも冷たい無表情で見下ろす茜さんがいた。


「……年齢的に、なに?」


「あ、いや! 

 その! 

 当時の常識としてですね! 

 深い意味は!」


 俺がしどろもどろになっていると、周囲で着替えを手伝ってくれていた村の女性たちからも、なんとも言えない生温かい、そして非難がましい視線が突き刺さる。


『平田様、それは言うたらあかんやつです』という心の声が聞こえてきそうだ。


「先輩、女性に『年齢』についての発言は、たとえ戦国時代でも万死に値しますよ……」


 横で着替えていた大森が、小声で忠告してきた。

 が、その直後。


「海図くんも、余計なこと言わない!」


 バシン! 

 と快音が響く。

 詩織さんが愛の鉄拳制裁を大森の背中に見舞っていた。

 理不尽だ。

 だが、この場の空気を支配しているのは間違いなく女性陣である。


 信長さんに会う前に、俺の寿命が縮んでいく音がする。

 そんな修羅場を、澄田さんが冷ややかな目で収拾にかかった。


「茜さん。

 流石に令和の着物はまずいですよ。

 あの派手な柄、それに化学染料のパキッとした発色は、この時代には存在しませんから」


 澄田さんは、着慣れない着物の帯を気にしながら、淡々と解説を始めた。


「それに生地です。

 現代のポリエステルや、あるいは正絹だとしても機械織りの均一すぎる生地は、大大名家が家宝にするレベルの代物に見えかねません。

 そんなものを着て町を歩けば、『どこの姫君か』と誘拐されるか、『南蛮渡来の怪しい布を持つ妖術使い』として捕まるか、どちらかです」


「う……そ、そうなの?」


「はい。

 その点、詩織さんが用意してくれたこの着物は完璧です。

 手織りの風合いがありつつ、村一番の上等な品。商人や職人の娘として、失礼にならず、かつ目立ちすぎないギリギリのラインです。

 まさにグッジョブです」


 澄田さんが親指を立てると、詩織さんが「えへへ」と照れくさそうに笑った。

 さすが詩織さん。

 伊達にこの時代で主婦業をこなしていない。

 こちらの経済感覚とTPOを完全に把握している。


 茜さんもようやく納得したようで、「まあ、郷に入っては郷に従えよね」と渋々ながらも着付けを終えた。


 ***


 準備が整った俺たちは、朝霧の残る山道を下り、小牧山の城下町へと向かった。

 麓にある俺たちの拠点、元・平田屋敷には、前に雇った部下の堀尾さんがすでに待機していた。


「平田殿、お待ちしておりました。

 ……ほう、こちらが例の」


 堀尾さんは、着物姿の茜さんと澄田さんを見て、一瞬目を丸くした。

 やはり身長の高さに驚いたようだが、すぐに武士らしく居住まいを正して会釈してくれた。


「では、参りましょうか」


 堀尾さんの先導で、大森たちも連れて近くの店――つまり建設中の「平田屋」店舗へと向かう。

 まだ朝も早いというのに、店の前にはすでに人が集まっていた。


「うわ、もうこんなに来てるのか」


 俺は思わず呻いた。

 客ではない。怪我人だ。

 頭に包帯を巻いた足軽や、腕を吊った人夫たちが、開店待ちの行列のように並んでいる。


「ドクダミ軟膏をくれ! 

 傷が疼いてたまらんのだ!」


「俺の脚を診てくれ! 

 昨日の普請で石を落として……」


 俺たちの商売は順調……なのだろうか。

 本来は砂糖や現代雑貨を売るはずが、今や完全に「野戦病院兼調剤薬局」と化している。


 大森と詩織さんは、到着するなり「さあ、並んで並んで! 順番に診るから!」と手際よくトリアージを始めた。

 たくましすぎる。


 俺たちがその様子を呆然と見ていると、店の裏口に人影が現れた。

 武井夕庵様の使いの者だ。


「平田殿、こちらへ。

 目立たぬように」


 使いの男に促され、俺と茜さん、澄田さんの三人は、雑踏を避けて裏路地へと入った。

 そのまま建設中の小牧山城の敷地内へ。


 大手門から堂々と入るのではなく、資材搬入用と思われる勝手口のような場所を通される。

 まるで忍者の侵入ルートだ。


「……なんか、悪いことしてる気分ね」


 茜さんが小声で囁く。


「公式記録に残らない、極秘面会ですからね。

 コソコソするのが正解なんです」


 澄田さんが緊張した面持ちで答える。

 迷路のような普請中の廊下を進むと、一際警備の厳重な区画に出た。

 そこに立っていたのは、武井夕庵様その人だった。


「来たか、平田。

 ……ほう、その者たちが」


 武井様は鋭い視線で二人を一瞥したが、すぐに「ついて参れ」と踵を返した。

 案内されたのは、まだ畳の匂いも新しい大広間だった。

 襖絵もまだ入っていない、木の香りが漂う広大な空間。


 その最奥に、一人の男が座っていた。


 織田信長。

 尾張の主。


 彼は上座に胡座をかき、俺たちが入ってきた瞬間から、射抜くような眼光でこちらを観察していた。


 俺は脊髄反射でその場に平伏した。

 膝が床にめり込む勢いだ。


「ははーっ!」


 俺のあまりの速度に驚いたのか、茜さんと澄田さんが慌ててドタバタと膝をつこうとする。

 しかし、慣れない着物と帯の締め付けで、動きがぎこちない。茜さんに至っては、裾を踏んで「あっ」とバランスを崩しかけた。


 それを見た信長さんが、鼻を鳴らした。


「無礼講だ。

 面倒なことは好かん。

 近くへ寄れ」


 短く、低い声。

 相変わらず、言葉の省略が多い。


「挨拶は不要、形式も不要、さっさと顔を見せろ」という意味だと脳内変換し、俺は「はっ」と顔を上げた。


 今回の面会は、公的なものではない。

 俺は今日、武井様と打ち合わせをしていることになっており、茜さんたちの存在は

「記録なし」。

 つまり、信長公記にも載らないし、歴史上「いなかったこと」になる会見だ。

 だからこそ、側近の武井様以外、小姓の姿すらない。


「平田。後ろの女たちか」


 信長さんの視線が、俺を飛び越えて二人に向かう。

 品定めをするような、値踏みをするような、それでいて純粋な好奇心に満ちた目だ。


「はい。

 この二人は……私の故郷で、私に良くしてくれる……その、たいへん『大切な』者たちにございます」


 俺は言葉を選んだ。

 ただの知人と言えば、「ほう、珍しい女だ。城に上げよ(側室にしろ)」と言われかねない。

 かといって妻と嘘をつけば、後でバレた時に首が飛ぶ。

 だから精一杯の防波堤として、「俺にとって不可欠で、極めて重要な人物である(だから手を出さないでください)」というニュアンスを込めて強調した。


 すると、背後で気配が動いた。

 チラリと振り返ると、茜さんと澄田さんが、なぜか顔を赤らめてモジモジしている。


 ……え? 

 なんで?


 あ、もしかして「大切な」って言葉、愛の告白みたいに聞こえた?

 違うから! 

 今は保身のための政治的発言だから!

 しかし、その反応を見た信長さんは、ニヤリと口角を上げた。


「ほう。

 平田がそこまで言うか。

 ……面を上げよ」


 二人がおずおずと顔を上げる。

 信長さんは二人をまじまじと見つめ、直接問いかけた。


「異界の民よ。

 そなたらは何ができる? 

 平田のように、怪しげな筒や甘い砂を作るか?」


 茜さんが口を開こうとした瞬間、俺は心臓が止まりそうになった。「信さん」とか言い出さないか。

 だが、彼女は意外にも淑やかに微笑んだ。


「お初にお目にかかります。

 私たちは……そうですね、平田さんを励まし、時に尻を叩き、知恵を授ける役目でございます」


「尻を叩く、か。

 くく、なるほど。

 この男にはそれが必要であろうな」


 信長さんが愉快そうに笑った。

 澄田さんも続く。


「私は主に、過去の……いえ、多くの記録や知識を用いて、平田さんの商いの算段を手助けしております」


「軍師というわけか。

 女軍師、面白い」


 どうやら、気に入ってもらえたらしい。

 二人の度胸と、物珍しさが吉と出たようだ。

 信長さんは興味津々で、二人に故郷(現代)の暮らしぶりや、女性の地位などについて矢継ぎ早に質問を始めた。


 俺の胃痛がようやく治まりかけた、その時だった。

 タタタッ、と廊下を走る足音がして、一人の小姓が滑り込んできた。


 信長さんの耳元で、何かを囁く。

 その瞬間、信長さんの纏う空気が変わった。

 好奇心旺盛な青年の顔から、冷徹な戦国大名の顔へ。


「……そうか」


 信長さんは立ち上がった。


「すまぬな。

 急用ができた。今日の話はここまでだ」


 信じられないことに、天下の信長さんが詫びの言葉を口にした。

 それだけ、俺たち(というより二人)への興味が強かったのか、あるいは機嫌が良かったのか。


 彼は風のように大広間を出て行った。

 残された俺たちが呆気にとられていると、すぐに武井様のもとへも伝令が走ってきた。


「ご注進! 

 美濃の斎藤勢が木曽川を越え、国境付近で小競り合いが発生! 

 双方に怪我人多数とのこと!」


「またか……」


 武井様が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 俺は耳を疑った。

 怪我人多数? 

 それ、大事件じゃないんですか?


「武井様、あ、あの……大事おおごとには……?」


「ああ、心配するな平田。

 いつもの挑発行動だ。

 大事には至っておらん」


 武井様は平然と言い放った。

 数十人単位で人が斬り合って血を流しているのに、「大事ではない」という感覚。

 そうか、さっき店に溢れていた怪我人たちも、この「日常的な小競り合い」の被害者だったのか。


 俺は背筋が寒くなった。

 どんなに商売が上手くいっても、どんなに信長さんと親しく話せても、ここは戦国時代なのだ。


 人の命が、現代よりずっと軽く、そして日常的に散っていく世界。


「……帰りましょう、みんな」


 茜さんの声が、少し震えていた。

 さっきまでの「戦国観光気分」は消え失せ、彼女の顔にも緊張の色が浮かんでいる。


 俺たちは武井様に一礼し、逃げるように城を後にした。

 遠くで、法螺貝の音が低く響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ