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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

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第41話 虎の威を借りる狐



 一難去ってまた一難とは、まさにこのことだ。


 魔王こと織田信長さんとの面会は、決死の『かぐや姫作戦』のおかげで、首と胴体が泣き別れになることもなく無事に終わった。

 だが、それは全ての終わりではなく、新たなブラック労働の始まりでしかなかったのだ。


「……で、なんで俺が都市計画の図面を引いてるんだ?」


 俺は永禄の空の下、書き損じの和紙をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。

 場所は小牧山。

 これから信長さんが新たな拠点を築こうとしている山だ。

 俺たちの今後について、当初はひっそりと山奥でスローライフ、あわよくば有力武将の庇護下で安全確保、なんて甘いことを考えていた。

 だが、相手はあの信長さんだ。


「ほう、異界の知恵があるのか。

 なら使え。

 死ぬ気で働け」となるのは自明の理だった。

 むしろ、面白がって殺されなかっただけマシだと思わなければならない。

 俺に課せられたミッションは、小牧山城下に俺たちの店、『平田屋(仮)』を構えること。


 そこまではいい。

 問題はその附帯条件だ。

 窓口役である武井夕庵様は、涼しい顔でこう仰ったのだ。


『平田殿。

 己の店を構えるのならば、その周囲の区画整理も任せる。

 殿は、異界の知恵による整然とした街並みを期待しておられるぞ』


 完全に上司の無茶ぶりである。


「自分のデスク周りを片付けるついでに、オフィスのレイアウト変更もしといて」くらいのノリで都市計画を投げられた。


 俺は元修理工であって、ディベロッパーではないのだが。


「先輩、愚痴ってる暇があったら杭打ってくださいよ、杭!」


 快活な声が飛んでくる。視線の先には、ねじり鉢巻をした大森が、村の男衆を指揮して整地作業に励んでいた。


「大森、お前なんでそんなに楽しそうなの?」


「いやあ、ゼロから街を作るなんて、シム〇ティみたいでワクワクしません? 

 ホームセンター時代は棚の配置換えくらいしか権限なかったですからね!」


「お前がポジティブで助かるよ……」


 俺はため息をつきつつ、現場監督の指揮権を大森に丸投げすることにした。

 かつてのブラック企業時代、俺に仕事を押し付けて先に帰った上司の顔が脳裏をよぎる。

 まさか自分がそれをやる側になるとは。

 いや、適材適所だ。俺がやるより、大森がやった方が絶対にいいものができる。


 そんなこんなで、永禄の世での多忙な日々を過ごし、俺はようやく巡ってきた新月の前日、令和への帰還を果たした。


 ***


「なるほど。信長公の『ご用達』になったわけですね」


 麓のコンビニのバックヤード。

 廃棄弁当をつつきながら、澄田さんが冷静に状況を整理する。


「ご用達っていうか、パシリだよパシリ」


「言葉の綾ですよ。

 でも、これで『後ろ盾』は最強クラスになりましたね。

 歴史改変のリスクと引き換えに、生存率は跳ね上がりました」


「そう言ってもらえると心強いけど……」


 俺の隣では、茜さんが「へえ、すごいじゃないレイ君!」と無邪気に背中をバンバン叩いてくる。


「信長さんに認められるなんて、男が上がったわねえ。

 今度、向こうで採れた野菜も献上してみる? 

 品種改良した大根とか」


「茜さん、それはやめて。

 また『これは何の術だ』って問い詰められるから」


 茜さんは今、村の農業指導に熱を入れている。

 彼女の持ち込んだ現代農法の知識と、大森たちのマンパワーが噛み合い、廃村だった場所は驚くほどの生産拠り所へと変貌しつつあるのだ。


 二人を連れて行ったり来たりしているうちに、俺の生活バランスは完全に崩壊していた。

 スローライフをするはずが、現代と戦国を行き来する二拠点生活。しかも、最近は永禄時代での滞在時間が圧倒的に長い。

 完全に「永禄の人」になりつつある。


「で、平田さん。

 次の課題は『商品開発』でしたっけ?」


 澄田さんが眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げた。


「ああ。店を出すにあたって、木材や炭だけじゃなくて『華のあるもの』を置けって言われてる。

 具体的には、砂糖や酒だ」


「砂糖に酒……。

 戦国時代における二大キラーコンテンツですね。

 でも、下手に扱うと既存の商人ギルド……『座』の連中に目をつけられませんか?」


「それなんだよ」


 俺が頭を抱えているのはそこだ。

 熱田や津島には、古くから酒や特産品を扱う有力な商人がいる。

 ぽっと出の俺たちが、信長さんの威光を笠に着て商売を荒らせば、間違いなく恨みを買う。戦国時代の商売敵なんて、物理的に刺客を送ってきそうで怖い。


「なら、真正面からぶつからない『変化球』でいくしかありませんね」


 澄田さんはニヤリと笑った。


「平田さん、次の新月まで待ってください。

 私が既存の利権に抵触せず、かつ信長公を唸らせるラインナップを考えておきます」


「頼もしすぎる……! 

 一生ついていきます参謀殿!」


「調子のいいこと言ってないで、茜さんを連れて戻ってください。

 畑仕事が溜まってるんでしょう?」


 こうして俺は、澄田さんの指示通り、茜さんだけを連れて永禄へ戻り、次の満月のサイクルで再び現代へ戻って作戦会議……という、もはやどっちが本業か分からないスケジュールをこなすことになった。


 ***


 そして、永禄の世。

 イモ村の作業小屋には、甘く香ばしい匂いが充満していた。


「うん、悪くないんじゃないですか?」


 焼き上がった物体を手に、母栖詩織さんが微笑む。

 彼女の手にあるのは、現代知識で作った『クッキー』……の、ようなものだ。

 材料は小麦粉ではない。

 この時代、小麦は貴重品だ。代わりに、村で大量に採れる雑穀のひえあわを粉にして、そこに虎の子の砂糖と、つなぎの卵、そして少量の油を混ぜて焼いたものだ。


 名付けて『雑穀クッキー・改』。


「食べてみてくれ、大森」


「いただきまーす。……おっ! 

 うめえ! 

 これ、マジでうまいっすよ先輩!」


 大森がサクサクと音を立てて完食する。

 俺も一つ口に放り込んでみた。


「……うん、まあ、食えなくはないな」


 正直な感想としては「素朴」の一言に尽きる。

 現代のバターたっぷりのクッキーに比べれば、ボソボソしているし、風味も野暮ったい。

 だが、この時代において「甘くてサクサクしている」というだけで、それは革命的な御馳走なのだ。


「嶺さん、これくらいのほうがかえっていいんですよ」


 詩織さんが、俺の微妙な表情を読み取って助言をくれた。


「あまりに現代風の洗練されたお菓子だと、逆に『毒が入っているのでは』とか『異国過ぎて怖い』って思われちゃうかもしれません。

 これなら、材料は見知った雑穀ですし、何より『どこか懐かしいのに、飛び切り甘い』っていうのが贅沢なんです」


「なるほど……。

 さすが詩織ちゃん、視点が鋭い」


「それに、これなら既存の和菓子屋さんとも競合しません。

 お饅頭ともお餅とも違う、新しい『南蛮菓子』として売り出せます」


 素晴らしい。完璧なマーケティングだ。

 さらに、これに合わせる酒も用意した。

 米を使う清酒は、原料の確保が難しい上に、既存の酒造業者との摩擦が怖い。

 そこで俺たちが選んだのは、村で腐るほど採れるサツマイモ(この時代にはまだないはずだが、なぜか自生していた)を使った『芋焼酎』だ。


 これなら「酒」というよりは「薬用酒」や「南蛮酒」という扱いで、既存の利権の隙間を縫えるはずだ。


 準備は整った。

 いざ、小牧山へ出陣である。


 ***


 まだ建設途中の小牧山の屋敷。

 その一室で、俺は再び信長さんと対峙していた。

 隣には武井様が、まるで抜き打ちテストの試験官のような顔で控えている。


「……ほう。これが、異界の菓子か」


 信長さんが、盆に乗せられた『雑穀クッキー』をつまみ上げた。

 見た目は茶色い円盤だ。今の信長さんには、泥団子に見えているかもしれない。

 俺は心臓の鼓動を抑えながら説明する。


「はっ。

 当座の材料で作った粗末なものですが……我らの村で採れた穀物と、南蛮の製法を組み合わせた『くっきい』なる菓子にございます」


「くっきい、か」


 信長さんは怪訝な顔をしたが、躊躇なくそれを口に放り込んだ。

 カリッ、という音が室内に響く。

 咀嚼する音だけが聞こえる、永遠にも似た数秒間。

 やがて、信長さんの目がカッと見開かれた。


「――甘いな」


「は、はい」


「だが、くどくない。

 噛めば穀物の香りがし、それでいて砂糖の甘味が広がる。

 ……茶に合うな、これは」


「おお! 

 お気に召しましたか!」


 思わず前のめりになり、武井様に「控えよ」と目で制される。

 信長さんはニヤリと笑った。


「うむ。

 京の公家が好むような軟弱な菓子ではない。

 戦陣の合間に食らうには、これくらいの歯ごたえが良い。

 ……武井、これを城の茶会に出す」


「はっ、承知いたしました。

 ……平田殿、見事である」


 武井様も、ほっとしたように肩の力を抜いた。

 さらに、芋焼酎の試飲も行われた。

 こちらは度数が高いため、小さな盃で一口だけ。


「……カッ! 

 これは効くな!」


 信長さんは顔をしかめたが、すぐに楽しそうに笑った。


「腹の中が燃えるようだ。

 既存の酒のような甘ったるさがない。

 ……気に入った。これも扱え」


 勝った。

 俺は心の中でガッツポーズをした。

 店を構える前から、主力商品が『信長公ご用達』の栄誉を得たのだ。


「して、平田。

 これらを扱う店、いつ開く?」


「は、はい。

 大森……我が配下の者が普請を進めておりまして、じきに」


「急げよ。

 ……それと、分かっておろうな?」


 信長さんの目が、また鋭く光る。


「貴様の商い、わしが認めたものだ。

 だが、古き座の者どもが黙っているとは限らんぞ」


 そう、そこだ。

 俺は平伏したまま、用意していた切り札(という名の泣きつき)を切った。


「恐れながら、その儀についてお願いがございます」


「申せ」


「我らは新参者、右も左も分からぬ若輩ゆえ、古き商人の皆様にご挨拶回りをしたく思います。

 その際……殿の『御朱印』を、看板として掲げる許可をいただけないでしょうか」


 要するに、「俺たちのバックには信長さんがついてるから手を出すなよ」という看板を堂々と掲げたい、という下心丸出しの提案だ。


 普通なら「自分の力で何とかしろ」と一蹴されるかもしれない。

 だが、澄田さんの読みは違った。

『信長公は、既得権益にあぐらをかく古い勢力が嫌いです。

 平田さんが矢面に立って彼らを刺激し、さらに信長公の威光を利用するなら、むしろ面白がって乗ってくるはずです』


 果たして、信長さんは……笑った。


「ククク……。

 虎の威を借る狐を、自ら演じるか。

 よい度胸だ」


 信長さんは懐から扇子を取り出し、パンと音を立てて閉じた。


「良かろう。

 わしの名を使い、古狸どもを震え上がらせてみせよ。

 ……ただし、半端な商いをすれば、その看板ごと貴様を焼くぞ」


「あ、ありがとうございます……!(震え声)」


 こうして、俺は「魔王公認」という最強の防具と、「失敗したら焼き討ち」という最凶の呪いの装備を同時に手に入れた。

 部屋を出ると、武井様が呆れたように俺を見た。


「平田殿、お主……本当にヘタレなのか、強心臓なのか分からぬ男よ」


「必死なだけですよ、武井様……」


 俺はげっそりと痩せた(気がする)頬をさすった。

 さて、これで商品は決まった。後ろ盾も得た。

 あとは、実際に店を開き、戦国尾張の商戦に殴り込みをかけるだけだ。

 小牧山の空を見上げると、現代と同じ月が輝いていた。


 とりあえず、次回の現代帰還時には、澄田さんと茜さんに高級焼肉でも奢って、さらなる知恵を借りなければ。

 俺の胃袋とメンタルが崩壊する前に、この乱世を「商い」で平定してやる。

 そう心に誓い、俺はふらつく足で大森たちの待つ現場へと戻るのだった。


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