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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

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第40話 魔王様へのプレゼンと、かぐや姫作戦




 上司からの呼び出しに、拒否権なんてあるわけがない。

 それは令和のブラック企業でも、永禄の戦国大名相手でも同じことだ。

 いや、後者の場合は「拒否=死」という物理的なオプションがついている分、よりタチが悪い。


「……で、どうするよ」


 俺は頭を抱えて、ちゃぶ台に突っ伏していた。

 場所はイモ村(と俺たちが呼んでいる拠点)にある我が家。

 呼び出されたのは明日の夕刻。


 現代に戻って茜さんや澄田さんに相談したくても、あいにく今は月齢のサイクルが合わない。

 次のゲートが開くまでは、俺たちだけでこの難局を乗り切る必要がある。


「どうするもこうも、正直に話すしかないっしょ」


 向かい側で、大森が気楽そうに煎餅をかじっている。その隣では、詩織ちゃんが心配そうにお茶を淹れてくれていた。


「簡単に言うなよ……。『実は未来から来ました』なんて言って、信じてもらえると思うか? 『たわけ! 妖術使いめ、斬り捨てい!』で終了だぞ」


「でも先輩、あの信長さんですよ? カンナ見ただけで『異国の知恵』って見抜くような人ですし、変に嘘ついてバレるほうがヤバくないですか?」


 大森の正論が痛い。

 確かに、あの方の眼力は人間レントゲンだ。

 中途半端な嘘は、全て見透かされる気がする。


「それに……」と大森は言葉を継ぐ。


「前に澄田ちゃんが言ってたじゃないですか。『歴史改変? そんなの今さらですよ』って」


 ああ、そういえばそんなこともあったな。

 以前、歴史への影響を心配する俺に対して、澄田さんは冷めた目でこう言い放ったのだ。


『平田さん。

 既に私たちは、この時代に砂糖をばら撒き、未来の農業技術を持ち込み、あまつさえ戦国大名とコネを作っています。

 例えるなら、無菌室に泥だらけの靴で踏み込んだ時点で汚染は確定しているんです。

 今さら靴紐の結び方を気にしてどうするんですか?』


 彼女曰く、バタフライ効果だなんだと騒いでも、起きてしまった波紋は消せない。

 むしろ、中途半端にコソコソするより、開き直って有利な立場を築くほうが生存確率は上がる、とのことだった。


 あの時は「相変わらずドライだなあ」と引いたが、今の状況ではその言葉が救いになる。


「……わかった。腹を括るよ」


 俺は顔を上げた。


「ただ、一つだけ懸念がある。信長さんが『わしも未来に行く』って言い出したらどうする?」


「あー……言いそう」


「絶対に言うだろ。新しい物好きの権化だぞ。でも、現代人が向こうに行くのはともかく、過去の人間を現代に連れて行けるかは検証してない。もし事故ったら、歴史改変どころか信長消滅だ」


「それは阻止しないといけませんね」


 そこで俺たちは、一つの作戦を立てた。

 名付けて、『かぐや姫プロトコル』。

 日本最古のSFとも言われる物語を、言い訳の盾にするのだ。


 翌日。

 俺は、大森と詩織ちゃんを連れて清州城へと向かった。


 本当なら俺一人で行くべきかもしれないが、今回ばかりは証人も兼ねて、彼らにも同席してもらうことにした。

 小牧山の現場は建設中だが、公的な謁見はまだ機能が生きている清州で行われるらしい。


 城門をくぐると、待っていたのは武井夕庵様だ。


「平田殿、待ちかねたぞ。……ふむ、その者たちが例の?」


「はい。私の同郷の者たちです」


「そうか。殿がお待ちだ。粗相のないようにな」


 武井様の案内で、城の奥深くへと進む。

 廊下を歩くたびに、床板が軋む音が心臓に悪い。

 まるで役員室に呼び出された平社員の気分だ。

 いや、実際にそうなんだけど。


 通されたのは、以前も入ったことのある信長さんの私室だった。

 上段の間には、誰もいない。

 と思ったら、いきなり襖が開き、信長さんがドカッと胡座あぐらをかいて座った。


「面を上げよ」


 短い言葉。

 それだけで室内の気圧が下がった気がした。

 俺、大森、詩織ちゃんの三人は、床に額がめり込む勢いで平伏する。

 武井様は俺たちの横、少し下がった位置に控えた。

 信長さんは鋭い視線で俺たちを一瞥すると、小姓たちに「下がれ」と命じた。

 部屋には俺たちと、信長さん、そして武井様だけが残された。


「説明せよ」


 開口一番、それだけだった。

 主語も述語もない。

 だが、何を求められているかは痛いほど分かる。

 昨日のカンナ。

 これまでの商材。俺たちの出自。

 それら全ての「タネ明かし」をしろということだ。


 俺は一度深く息を吸い込み、震える手を押さえつけた。

 隣の大森もガチガチに緊張しているが、ここで俺が口籠もるわけにはいかない。


「……恐れながら、申し上げます。これよりお話しすることは、にわかには信じ難いことかと存じますが……」


「前置きはよい。申せ」


「は、はい!」


 俺は覚悟を決めた。

 まず、俺たちがこの時代の人間ではないこと。

 はるか遠い未来、あるいは異界とも呼ぶべき場所から来たことを告げた。


「……お伽話の、かぐや姫や浦島太郎をご存知でしょうか」


「月へ帰った姫と、竜宮城へ行った男か」


「左様でございます。

 我らは、その逆。

 ある事情により、お地蔵様の導きで、あちらの世界からこの尾張の地へと迷い込んだ者にございます」


 タイムマシンだの時空転移だの言っても通じない。

 だから、当時の人々にも馴染みのある「神隠し」や「異界訪問譚」の文脈で説明することにした。

 信長さんは眉一つ動かさず、じっと俺を見ている。否定も肯定もしない。その沈黙が怖い。


「我らが行き来できるのは、月の満ち欠けに関わりがあります。

 新月と満月の、限られたときのみ、お地蔵様の加護によって道が開かれます」


「……ほう。月、か」


 信長さんが興味深そうに呟いた。


「して、その異界はどのような所じゃ?」


「はい。……いくさはなく、平穏そのものにございます。

 ここよりもはるかに時は進み、南蛮の国々よりもさらに先の知恵と技が溢れております。

 昨日のカンナも、その一つに過ぎませぬ」


 そこから俺は、現代の日本の様子を、できるだけこの時代の言葉に変換して説明した。

 夜でも昼のように明るい街。

 馬よりも速く走る鉄の箱。

 そして、誰もが読み書きができ、飢えることのない豊かな国。


 話を聞いている間、信長さんの目は一度も瞬きをしなかったのではないかと思うほど、爛々(らんらん)と輝いていた。

 それは恐怖ではなく、純粋な知識欲と好奇心の光だった。

 武井様などは、口を半開きにして呆然としている。


「……なるほど。

 平田、貴様が戦働きを嫌がり、ひたすらに銭と物資を求める理由が腑に落ちたわ」


 信長さんは膝を打った。


「貴様の国では、槍の強さではなく、銭と知恵こそが力なのだな?」


「は、はい。

 おっしゃる通りです。

 向こうの世界では、戦働きは全く役に立ちません。

 むしろ忌避されます」


「ククク……。

 面白き世もあったものよ」


 信長さんは楽しげに笑ったが、次の瞬間、予想していた問いが飛んできた。


「ならば、わしもその世界を見てみたいものよな」


 来た。

 俺は心臓が止まるかと思ったが、ここで『かぐや姫プロトコル』を発動させる。


「そ、それが……叶わぬことなのです」


「何故じゃ?」


「かぐや姫の物語と同じにございます。

 姫が月へ帰る際、育ての親であるおきなおうなを連れて行くことはできませんでした。

 ……あの道は、向こうの世界から来た者、あるいはその血脈にある者しか通れぬようなのです」


 もちろん大嘘だ。

 試していないだけだ。

 だが、ここで「行けるかもしれません」なんて言えば、明日には信長さんがリュックを背負ってイモ村に現れかねない。


「ふむ……。神仏のことわりか」


 信長さんは少し残念そうな顔をしたが、意外にもすんなりと引き下がった。

 やはり、この時代の人にとって「神仏のルール」や「物語の禁忌」というのは、絶対的な説得力を持つらしい。

 助かった。かぐや姫、ありがとう。


「して、そこに控える二人は?」


 信長さんの視線が、大森と詩織ちゃんに向いた。


「はっ。

 彼らは……向こうの世界での私の縁者にございますが、この尾張の地を気に入り、共に骨を埋める覚悟で参りました」


「ほう!」


 信長さんが身を乗り出した。


「あのような極楽のような世を捨てて、この修羅の世に来たと申すか?」


 大森が、緊張しつつも背筋を伸ばして答えた。


「はい。

 ……平穏ではありますが、あちらの世界もまた、別の意味で生き辛き場所にございます。

 それがしは、己の腕一つで道を切り拓ける、この乱世の空気が肌に合っておりますれば」


 大森の言葉は、半分は本音だろう。

 元ホームセンター店員のスキルが英雄級に扱われるこの世界は、彼にとって居心地がいいはずだ。


「面白い! 気に入った!」


 信長さんは大声で笑った。


「平和ボケした軟弱者かと思えば、肝の座ったうつけ者もおるということか。

 ……良かろう」


 信長さんは立ち上がり、俺たちを見下ろした。


「平田。

 貴様の素性、そしてその『魔法』の如き道具の数々、不問に処す」


「あ、ありがとうございます……!」


「その代わり、分かっておろうな?」


 信長さんの目が、ギラリと光った。


「その異界の知恵と道具、存分にわが覇業のために使え。

 ……銭が必要ならば稼がせてやる。

 茶器が必要ならばくれてやる。

 だが、わしを飽きさせるなよ?」


 それは、実質的な「公認」だった。

 ただし、とてつもなく重いプレッシャー付きの。

 俺は安堵と恐怖がない交ぜになった感情で、何度も頭を下げた。


「は、はい! 微力を尽くします! 

 あ、その際、向こうの品物を手に入れるには、こちらの金銀が必要になりまして……」


「構わん。

 貴様がもたらす益に比べれば、金銀など安いものよ」


 こうして、俺たちの「タイムスリップ隠蔽工作」は、「魔王公認の異界貿易」へとクラスチェンジしたのだった。


 部屋を退出した後、廊下で武井様が深い溜息をついた。


「平田殿……。

 お主、とんでもない爆弾を抱えておったのだな」


「す、すみません、武井様」


「いや、良い。

 ……おかげで、殿の機嫌はすこぶる良いようだ。

 これからは、堂々と商いができるな」


 武井様は苦笑しながらも、俺の肩をポンと叩いてくれた。

 城を出ると、夕日が空を赤く染めていた。

 俺はどっと疲れが出て、その場に座り込みそうになった。


「い、生きた心地がしなかった……」


「先輩、ナイス演技でしたよ! 

 かぐや姫の話が出た時、信長さん完全に納得してましたね」


「ああ……。

 とりあえず、これで令和に帰る道は確保されたし、大森たちの安全も保証された」


 こうして、俺たちは最大の危機を乗り越えた。

 だが、これは同時に「信長さんの期待」という、新たな地獄の釜の蓋が開いたことを意味していた。


 これからは、新月のたびに信長さんへのお土産(という名の貢物)選びに頭を悩ませることになるのだろう。


 とりあえず、次回の帰還時には、澄田さんに「戦国時代でもウケる現代グッズ100選」をリストアップしてもらうことにしよう。


 俺は重い足取りで、しかし確かな安堵と共に、イモ村への帰路についたのだった。


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