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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第6章 武将としての成り上がり

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第36話 火鉢とプレゼンと「で、あるか」



 視界が歪み、世界が反転する感覚と共に、俺は再び永禄の世へと足を踏み入れた。

 肌を刺すような冷気。令和の冬も寒いが、暖房器具のない戦国の冬は格別だ。


 ……ん?


 祠の中に、なにやら香ばしい匂いと暖かな空気が漂っている。

 薄暗い祠の奥に目を凝らすと、そこには赤い炭火を抱えた火鉢と、その横で丸くなっている男の姿があった。


「う~、さぶ……。あ、先輩! お疲れ様っす!」


 大森だ。

 こいつ、待ち合わせ場所に火鉢を持ち込んでやがる。しかも、祠は木造だぞ。


「おい大森! お前、ここで火を使うなよ! 一酸化炭素中毒になるか、最悪この祠が全焼して俺たち二度と帰れなくなるぞ!」


「あ、ヤベ。いやぁ、あまりに寒くてつい……。でも換気は気にしてたんですよ?」


「気にしてたじゃない! ほら、さっさと消すぞ!」


 俺は慌てて火鉢を抱え上げると、大森の尻を蹴飛ばすようにして外へ出た。

 外の雪だまりに炭を移し、完全に鎮火したことを確認して、俺はようやく安堵の息を吐く。

 危ないところだった。歴史を変える前に、自分たちの帰る場所を燃やすところだった。


「へへ、すんません。でも先輩、その荷物の量……うまくいったんすね?」


「ああ。茜さんと澄田さんのおかげで、最高の『凶器』が仕上がったよ」


 俺はリュックから突き出た数本の巻物を軽く叩いた。

 今回の転移実験で、満月の夜もゲートが開くことが実証された。これで月二回の往復が可能になる。

 食料や資材の搬入ペースも上がるし、なにより俺自身のメンタルケア(主に現代の風呂とネット)も捗るというものだ。


          *


 村に戻ると、早速「イモ村」の拠点(古民家リノベ済み)で最終確認を行った。

 囲炉裏を囲み、大森と詩織ちゃん、それに俺の三人で机を囲む。

 俺が広げたのは、茜さんが夜なべして清書してくれた「戦国パワポ」こと、尾張北部拠点移転計画書だ。


「うわぁ……これ、すごいですね。字が綺麗すぎて、本物の古文書みたい」


 詩織ちゃんが感嘆の声を上げる。

 和紙の質感、筆文字の流麗さ、そしてそこに描かれたあまりに正確すぎる等高線入りの地図。

 見た目は古風だが、中身はガチガチの現代コンサル資料である。


「俺たちが集めた木地師きじし山窩サンカからの情報も、この地図と合わせるとバッチリ合致しますね」


 大森が指さしたのは、二宮山(本宮山)周辺の書き込みだ。

 現地民である彼らの証言は、「水場が遠い」「冬場は風が吹き抜けて地獄」といった、生活実感のこもったネガティブ情報ばかり。

 これらは俺たちが作った「二宮山=不適格」という結論を補強する強力な材料になる。


「よし、これならいける。現代の地理データに、現地の生きた情報をトッピングだ。隙がない」


 俺は資料を丁寧に巻き直すと、気合を入れて立ち上がった。


「じゃあ、行ってくる。信長様の喉元に、このプレゼン資料をねじ込んでくるよ」


「先輩、先輩。今まだ夜中。確かに今日は満月ですので山道を歩けないことはありませんが、さすがにまずいでしょ」


「確かに、そうだな」


 俺たちは興奮していたので、イモ焼酎を飲んでその日はそのままお休み。

 翌朝、早い時間から動き出す。


「いってらっしゃいませ、嶺さん!」


「先輩、失敗したら切腹っすからね! 介錯は任せてください!」


「縁起でもないこと言うな!」


          *


 俺と大森は清州へと向かった。

 商人の格好に着替え、荷車に献上品(という名の賄賂)の砂糖と、例の資料を積んでいく。

 清州の城下町は相変わらずの活気だ。だが、今日の目的地は市場ではない。

 織田家の外交・内政の要、武井夕庵たけい ゆうあん様の屋敷だ。


「……で、不在と」


 屋敷の門前で、俺はガックリと肩を落とした。

 対応してくれた家人によれば、武井様は早朝から城へ出仕しているらしい。文官である彼は、基本的に城詰めが仕事なのだ。


「どうします先輩? 明日にします?」


「いや、家人の方が城へ使いを出してくれたみたいだ。ここで待たせてもらおう」


 軒先で待つこと数十分。

 息を切らせて戻ってきた使いの者が、思いもよらない言葉を口にした。


「武井様より伝言です。『すぐに城へ参れ』とのこと。案内いたします」


「えっ、城へ?」


 俺と大森は顔を見合わせた。

 一般の商人が、清州城の中枢へ招かれるなど異例中の異例だ。

 だが、断る選択肢はない。俺たちは案内人に導かれ、緊張で胃を痛くしながら清州城の門をくぐった。


 まあ、今の俺たちの成りは商人ではあるが、正月の大評定で俺たちは武井様の家臣として認められてはいたが、それでも又者というのか、信長さんから見たら家臣のそのまた家臣……そうか、城に来いと言われてが、信長さんの前に出るわけでもないのか。

 親分の武井様が忙しいから、こっちに来いということか。



 通されたのは、政務を行うための書院だった。

 そこには、山積みの書状に埋もれるようにして筆を走らせる武井様の姿があった。


「おお、平田殿。待っておったぞ」


 武井様は筆を置き、柔和だが目の奥の鋭い笑みを向けた。


「例の調査、終わったと聞いたが?」


「は、はい。二宮山と、周辺の地形について調べてまいりました。こちらがその報告書になります」


 俺が巻物を差し出すと、武井様はそれを手に取り、少しだけ中身を確認して目を丸くした。


「……ほう。これはまた、見事な絵図面だ。それにこの文字、読みやすく、理路整然としている」


「あ、ありがとうございます」


「よし、これならば殿も納得されよう。ついて参れ」


 武井様は立ち上がり、スタスタと奥へ歩き出した。

 俺と大森は慌てて後を追う。

 え? 「殿」?


 廊下を進むにつれ、警備の兵が増え、空気の密度が変わっていくのが分かる。

 そして辿り着いたのは、城の最奥にある謁見の間だった。


「お入りください」


 武井様の声と共に、襖が開かれる。

 そこにいたのは、上段の間で胡坐あぐらをかき、不機嫌そうに扇子を弄ぶ男。

 第六天魔王(予定)、織田信長その人だった。


(うわぁ……本物だ。オーラが違う……)


 俺は条件反射で平伏した。隣の大森も、カエルのように床にへばりついている。

 信長という人物は、合理的で効率厨だ。

 形式ばった挨拶よりも、成果物を好む。

 それを知っている武井様が、余計な口上を抜きにして切り出した。


「殿。かねてより命じておった拠点の件、平田殿が詳細な調査を行って参りました」


「……ほう?」


 信長様の視線が、俺たちに突き刺さる。

 まるで値踏みするような、冷たく、熱い視線。


「申してみよ」


 短い言葉。だが、絶対の命令だ。

 俺は震える手で巻物を広げ、プレゼンを開始した。


「は、はい! まずはこちらを……二宮山の地勢でございます。ご覧の通り、山頂は狭く、水利も悪く、大軍を駐屯させるには兵站に多大な負担がかかります。要害ではありますが、攻める拠点としては不向きかと……」


 俺は「戦国パワポ」の図解を指し示しながら、必死に説明した。

 茜さんの筆文字が、視覚的に「ダメな理由」を訴えかける。

 そして、次に「対抗馬」としての小牧山の資料を広げる。


「対して、こちらの小牧山は平野に独立しており、四方の視界が開けております。近くには川があり、水運も利用可能。街道の結節点でもあり、ここに城を築けば、尾張北部の支配はもちろん、美濃への圧力としても絶大な効果を発揮します」


 最後に、「捨て案」である佐野遺跡周辺の丘陵地のデータも軽く触れ、比較検討の公正さをアピールする。

 三つの選択肢を並べ、論理的に一つへ誘導する。

 現代のビジネススキルと、未来の知識の結晶だ。


 説明を終えると、部屋に沈黙が落ちた。

 信長様は、俺が広げた資料を食い入るように見つめている。

 その沈黙が、永遠のように感じられた。

 大森なんて、酸欠になりそうなほど息を止めている。

 やがて、信長様が顔を上げた。

 その表情に、わずかな笑みが浮かんでいるように見えたのは、俺の願望だっただろうか。


 完璧な筈の資料と、俺の説明は失敗はしていないが……武井様はわかる、信長さんを前に何も言えないのは……でも、その信長さんは俺たちの成果について何とか言ってほしい。 

 ペンディングするのでもするならするで、何か言ってくれないと俺たちは帰れない。


 しばらくの時間、この場に沈黙が続き、その後一言。


「で、あるか」


 ――ッ!

 俺の全身に電流が走った。

 で、あるか。

 生「で、あるか」だ!

 歴史ドラマや小説で幾度となく聞いた、あの名台詞。

 信長様が納得した時、あるいは決断した時に発するとされる口癖。

 それを、俺の仕事に対して言ってくれたのだ。


「見事な調べであった。武井、褒美を取らせよ」


「はっ」


 信長様はそれだけ言うと、興味を失ったかのように次の書状へと視線を移した。

 これ以上の長居は無用。というか、邪魔だということだ。

 俺たちは武井様に促され、這うようにして部屋を退出した。


          *


 城を出て、夕暮れの道を歩き始めてようやく、俺たちの魂は肉体に戻ってきた。


「せ、先輩……。俺、ちびるかと思いましたよ……」


「俺もだ……。膝が笑って止まらない」


「でも、結局何も判断を聞いていないけど、この時代秘密が漏れるのを恐れているのかな」


「どうですかね。でもあの情報を前にして二の山への拠点移動は無いでしょう」


「だよな」


 大森がへたり込みそうなのを支えながら、俺は空を見上げた。

 疲労感は凄まじい。

 だが、それ以上の達成感があった。

 元社畜の修理工が作った資料が、戦国の覇王を動かしたのだ。


「でも先輩、聞きました?」


「ああ、聞いた」


 俺はニヤリと笑った。


「『で、あるか』……最高のご褒美だったな」


 信長様からの評価よりも、黄金や刀よりも。

 あの一言が聞けただけで、俺はこの時代に来た甲斐があったと心から思えた。

 俺たちは軽くなった足取りで、満月が昇り始めた夜道を村へと急いだ。

 さあ、帰ったら盛大に打ち上げだ。


 もちろん、火の始末には細心の注意を払って。


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