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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第五章 戦国の武将(仮)として??

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第31話 ヘタレと女神と一つ屋根の下のミステリー




 清州城下を後にし、村への道を歩きながら、俺は心の底から安堵のため息をついた。

 そもそも、俺はただ令和と永禄時代を行き来して、ささやかな商売がしたかっただけなのだ。

 それがどうしてこうなった。


(……全部大森のせいだ)


 そうだ、あいつのせいだ。


「先輩! 俺、戦国時代で無双したいッス!」などと、ラノベの読み過ぎとしか思えない厨二病を発症させた挙句、彼女の詩織さんまで巻き込んで永禄時代へ完全移住。

 その安全確保のために織田信長の後ろ盾を求めた結果、なぜか俺までが信長勢の一員としてカウントされる羽目になったのだ。


 武将と言えば聞こえはいいが、俺の役目はもっぱら衛生兵。

 それも、血を見るのが苦手という致命的な欠点を抱えているため、大森からは「正直なところ……現場では先輩、戦力外なんで」と、ありがたくないお墨付きまで頂戴している始末。


 もはや武将ですらない。

 まあ、戦力外だからこそ、こうして気兼ねなく長期休暇が取れるわけだが。

 少しばかり複雑な心境で、俺はやり残したことの確認をしながら、村への道を急ぐのだった。


 そして、運命の新月の夜がやってきた。

 いつものように祠をくぐり、俺は茜さんと澄田さんを永禄時代の我が村、「イモ村」へと案内した。


「わー! 澄田ちゃん、一ヶ月もこっちにいるの!? やったー!」


 澄田さんの滞在計画を聞いた茜さんが、満面の笑みで彼女の肩をバシバシと叩いている。

 対する澄田さんは、心なしか顔色が悪い。


「そういう大切なことは、もっと早く言ってください、平田さん。私の心の準備というものをまるで考慮していない」


 じろり、と冷たい視線が俺に突き刺さる。

 いや、俺に言われても。

 大学の都合をつけたのは澄田さん自身のはずだが。


 どうやら彼女は、令和に帰るその日まで、一ヶ月残るか、それとも俺たちと一緒に帰るかで、壮絶な内的葛藤を繰り広げていたらしい。


「澄田さん、今年は正月に家に帰らなくても大丈夫なのか? ご家族とか……」


 俺が素朴な疑問を口にすると、二人の動きがピタリと止まった。

 そして、澄田さんから「いつものことですから」と、一言だけ返ってくる。


 茜さんも、どこか寂しげな笑みを浮かべている。

 正直、二人の家庭環境が猛烈に心配になったが、これ以上は踏み込んではいけない領域なのだろう。

 俺は慌てて話題を変えることにした。


「そ、そういえば茜さんも、正月はうちにいるって言ってたよな」


「うん! だって、嶺くんと一緒だもんね!」


 にこりと微笑む茜さん。

 その笑顔の裏に何か別の感情が隠れているような気がしたが、俺は気づかないふりをした。

 結局、澄田さんは「この時代の冬の生活様式を肌で感じる、またとないフィールドワークの機会ですから」と学術的な理由を述べ、村に残ることを正式に決断した。


 俺たちが祠へ向かう最後の最後まで、彼女がブツブツと何かを呟いていたのは、きっと気のせいだろう。


「それじゃあ、また来月な!」


「ええ。せいぜい、そちらのお姉様に骨の髄までしゃぶられないよう、お気をつけください」


 澄田さんらしい毒のあるエールに見送られ、俺と茜さんは祠の光の中へと足を踏み入れた。

 次の瞬間、俺たちは見慣れた我が家の仏間に立っていた。令和の空気は、やはり落ち着く。


「ふう、戻ってきたな……」


 俺が安堵の息をついた、その時だった。


「ねえ、嶺くん」


 とたんに茜さんの声のトーンが変わり、甘く、そして艶っぽくなる。

 振り返ると、すぐ目の前に茜さんの顔があった。

 上目遣いで俺を見つめるその瞳は、明らかに何かを期待している。


「……な、なんだよ、茜さん」


「二人っきりだね」


「う、うん。まあ、そうだな」


「……してくれないの?」


「へ? な、何を……」


 しどろもどろになる俺に、茜さんは痺れを切らしたように、むーっと頬を膨らませた。


「きーす! 決まってるでしょ!」


 心臓が跳ね上がった。


 キス。

 きす。

 接吻。


 俺の貧弱な恋愛経験値では、到底処理しきれない単語だ。

 脳内で「逃走」「戦闘」「土下座」の選択肢が激しく明滅する。

 数十秒にも感じられる葛藤の末、俺は意を決して茜さんの顔に自分の顔を近づけ―――そして、彼女のすべらかなおでこに、そっと唇を押し当てた。


「…………ヘタレ!」


 ぐさり、と心に突き刺さる一言を頂戴しつつも、なんとかその場を切り抜けることに成功した。うん、俺はよくやった。



 気を取り直して、俺たちは正月の準備に取り掛かることにした。

 まずは大掃除だ。


 ばあさんから相続したこの家は、相当な年代物だが、造りは驚くほどしっかりしている。

 まだまだ現役で頑張ってもらわなければならない。

 だが、古い家というのは掃除一つとっても勝手が違う。


「よし、まずは使ってない部屋からやるか!」


 茜さんは今日は農協の仕事があるので、日中は俺一人だ。

 茜さんが日常的に使っている部屋は、さすがに男の俺が勝手に入るわけにはいかないのでパス。

 その隣の部屋の襖に、俺は手をかけた。


 ここは確か、物置代わりに使っていたはずだ。

 がらり、と襖を開ける。

 その瞬間、ふわりと甘い、しかしどこか馴染みのある香りが鼻腔をくすぐった。


 そして目に飛び込んできたのは、乱雑に積まれた段ボール箱――ではなく、綺麗に整えられた布団と、畳の上に置かれた可愛らしいクッション。

 メルヘンチックというほどではないが、明らかに女性が使っている部屋のそれだ。


(……え? なんで?)


 部屋の隅に置かれた小さなテーブルには、数冊の歴史専門書と、どこかで見たことのあるキャラクターが描かれたクリアファイルが。

 持ち主は一目瞭然だった。澄田さんだ。


 一瞬、不法侵入かと焦ったが、すぐに安堵に変わる。

 しかし、次の瞬間、新たな疑問が頭をもたげた。


(なんで澄田さんの部屋がここに??)


 茜さんの時も、なし崩し的に同居を認めてしまった経緯がある。

 茜さん曰く、「これは同居じゃなくて、同棲だからね!」とのことだが、俺にはその違いがさっぱりわからない。そこに澄田さんまで……?


(うん、考えたら負けだ。俺は知らないほうがいいこともある)


 俺はそっと襖を閉め、次の掃除場所へと向かうのだった。

 一通り、使っていなかった部屋の掃除を終え、俺は一番大切な場所、仏間の掃除に取り掛かった。


 ここには、俺たちを永禄時代へと導いてくれる不思議な石仏様がいらっしゃるのだ。

 まずは、ばあさんの位牌が安置されている立派な仏壇を、丁寧に、入念に磨き上げていく。


 そして次に、あの石仏様だ。

 現在は神棚の隣に申し訳程度に置いてあるのだが、どうにも収まりが悪い。


 ばあさんの立派な仏壇と比べてしまうと、その扱いの差は歴然だ。


(いっそ、この神棚の中に……いや、神仏分離だ。仏壇に……いやいや、ご先祖様の位牌と一緒はまずいだろう)


 そろそろ真剣に、この仏像様の正式な安置場所を考えなければならない。

 そう決意した俺は、掃除を中断し、車のキーを手に取った。久しぶりに愛車の軽トラを運転し、麓にある茜さんの勤め先、JAの支店へと向かう。


 ここの農協は、品揃えが半端じゃない。

 農機具や肥料はもちろん、生鮮食品から日用品、果ては冠婚葬祭グッズまで、本当に何でも揃う。


 俺は目的の品がある、店の最も奥まった、人の気配がほとんどないコーナーへと直行した。 そこには、大小様々な神棚と仏壇がひっそりと並べられている。

 初めてここに来た時、ばあさんの位牌のことを考えていたのですぐに目についた場所だ。


「あれ、嶺くん? どうしたの、こんなところで」


ちょうど休憩に入るところだったのか、エプロン姿の茜さんが通りかかった。


「ああ、茜さん。ちょっと相談なんだが……」


 俺は石仏様の安置場所を探していることを説明し、二人で小さな仏壇を物色する。

 そして、けやきを使った、シンプルだが重厚感のある一品に決めた。


 そこそこいいお値段がしたが、マツタケ販売で農協の口座に振り込まれた臨時収入があったので、迷いはなかった。

 これも仏様のおかげなのだ。

 奮発して購入した仏壇を軽トラの荷台に積み込み、俺は山奥の我が家へととんぼ返りした。


 仏間に飾ることも考えたが、すでに鎮座している巨大な仏壇の隣では、どうにも見劣りしてしまう。

 そこで、先ほど掃除した、澄田さんの部屋の隣にある和室の床の間に設置することにした。

 仏像様のお引越しを終えるころ、仕事を終えた茜さんが帰ってきた。


「わあ、素敵じゃない! ここなら仏様も落ち着けるね」


 茜さんも気に入ってくれたようだ。

 俺たちはその日、新しい仏壇が置かれた床の間を眺めながら、二人でささやかな夕食をとった。

 翌日からは農協も年末休みに入り、俺と茜さんは二人で家の飾りつけをしたり、おせちの準備をしたりと、穏やかな時間を過ごした。


「私、誰かとこうやって年末を過ごすの、久しぶりだなあ」


 ぽつりと、茜さんが呟いた。

 離婚して以来、親戚付き合いもほとんどなくなり、いつも一人で寂しい年末年始を過ごしていたのだという。


「俺もだよ。親戚からは、ずっと厄介者扱いだったからな」


 会社を辞め、山に引きこもった俺のことを、親戚一同がどう思っているかは想像に難くない。

 だが、今は違う。ここには茜さんがいる。

 永禄時代には、大森や詩織さん、そして澄田さんもいる。


 そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 俺たちは、それぞれの過去を抱えながらも、確かに今、ここにいる。

 二人で迎える初めての正月は、きっと素晴らしいものになるだろう。


 そんな予感を胸に、令和の夜は静かに更けていくのだった。


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