第29話 イモと再会と焼酎の夜 ― “ヘタレ村長、再び動く”
――永禄六年、晩秋。
畑は豊作だった。いや、豊作すぎた。
地平線まで並ぶサツマイモ。
畦道には溢れ出した芋がゴロゴロ転がり、村の子どもたちは「イモ鬼ごっこ」なる謎の遊びを始めている。
……いや、これはもう祭りじゃない、災害だ。
は流石に言いすぎだが、豊作は嬉しい……だが同時に困ることある。
「嶺殿ぉ、納屋がもう入りません!」
村人の茂作が、背丈ほどのカゴを抱えて走ってくる。
「わかってる、わかってるって! そっちの掘り小屋に詰めとけ!」
「新たに作るのですか!」
……うん、やっぱり災害だ。
いくらさつまいもが熟成させる芋だと言っても、このままじゃ保管に困る。
俺は頭を抱えた。
――嗚呼、茜さんと澄田さんがいればなぁ。
二人はひと月前、令和に戻っている。
茜さんは農協での仕事もあるし、何より持たせた松茸の換金もあるし、澄田さんはまだ大学生なので、授業もある。
俺? こっちはイモの海で溺れている。文明の力が恋しい。
「詩織さん、イモで何か作れませんかねぇ……」
「作ると言っても保存を前提ですと干し芋?……ですが、それでもその干し芋作ってどうします。
以前、さつまいもは売れないとか言ってませんでしたっけ」
「アハハハ……」
笑いながらも、心の中では泣いていた。
ほんと、令和組がいないと村が静かすぎる。寂しい。
◇
それから時間は過ぎて、待ち遠しかった新月タイムなる。
俺は急ぎ令和に戻り二人を連れてきた。
「久しぶりね、大森さん、母栖さん」
「嶺さん、変なことしてませんでしたか」
ここにくるなり、二人は大森たちに挨拶をしていたが、俺が変なことをしていたって何だよ。
浮気でも疑うようなことを聞いてもそんな甲斐性は俺にないことくらい貴方がたも知っているでしょ。
「お二人とも、おかえりなさい!」
村人たちも歓声を上げる。
茜さんは持参のクーラーバッグを誇らしげに掲げた。
「ちゃんと差し入れ持ってきたわよ! 新発売、“芋焼酎・からいも娘”!」
「お、おおおおお……!」
大森が飛びつきそうな勢いで叫ぶ。
「え、これ……飲んでいいんですか?」
「もちろん! 試作品よ。ほら、今夜は宴よ!」
茜さんの明るさに、村全体が一気に沸き立った。
◇
夜。
焚き火の周りに集まった村人たちは、湯気の立つ焼き芋を頬張りながら、差し入れの焼酎をちびちび。
俺も茜さんたちと並んで腰を下ろした。
月明かりの下、黄金色の液体がゆらめいて、なんとも心地いい。
「ふぅ~、この香り、まさに“故郷の味”って感じね」
茜さんが一口飲んで、目を細める。
「焼酎って、こんなに甘いんですね」と澄田さんも感心していた。
「うん、でもこれ、芋から作るんですよね?」
「そうよ。サツマイモを蒸して、麹と混ぜて、発酵させて、最後に蒸留するの」
茜さんがさらりと言った瞬間、俺の脳内で何かが“カチリ”と音を立てた。
「……ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
「蒸して、麹で発酵して、蒸留……」
ゆっくり繰り返すうちに、村の光景が頭に浮かんだ。
――腐るほどある芋。
――余った炭と陶器の壺。
――温泉で得た熱源。
「……それ、うちの村で全部できますよ」
「え?」
茜さんと澄田さんが同時にこちらを見る。
「発酵用の壺なら陶工の佐吉が作れるし、温泉の余熱を使えば温度も安定します」
「つまり……」
茜さんの目が輝く。
「焼酎、作れるってこと!?」
「たぶん!」
「やるしかないじゃない!!!」
その瞬間、二人のテンションが跳ね上がった。
焚き火がぱちんと弾け、村人たちも「おおっ!」とどよめく。
――気づけば、あっという間に計画会議が始まっていた。
◇
「原料はイモ。麹菌はどうする?」
「米麹を作ればいいわ。詩織さん、米余ってる?」
「あります! 前に頂いたのを乾燥させてあります!」
「よし、それを使いましょう」
「蒸留器は?」
「陶器の壺を二重にして、竹管を通せば……いけるかも」
「いけるかも、じゃなくてやりましょう!」
茜さんの勢いに押され、澄田さんが苦笑する。
「まるで研究発表会ですね」
「そっちは“実地フィールドワーク”です!」
……ああ、帰ってきたな、この空気。
気づけば俺も笑っていた。
芋に追われて絶望していたのが、まるで遠い昔のようだ。
それに――
茜さんと澄田さんが、焚き火の向こうで肩を寄せて笑っている。
その光景が、どうしようもなく温かかった。
◇
「嶺くん、何ニヤニヤしてるの?」
「い、いや、なんでも」
「そう? じゃあ飲んで」
ぐい、と差し出される焼酎の杯。
月明かりの中、茜さんの笑顔が少し酔って赤い。
澄田さんも静かに杯を掲げた。
「嶺さん、今日の発見に乾杯」
「乾杯……!」
月と焚き火の下、三つの杯が軽く触れ合った。
甘く、熱く、どこか切ない香りが漂う。
――こうして、“戦国芋焼酎計画”が幕を開けたのだった。
◇
その夜。
寝床についた俺は、久々に穏やかな夢を見た。
芋の山も、戦の不安も、全部溶けるように消えていく。
代わりに、湯気の向こうで笑う二人の声が、静かに響いていた。
(……やっぱり、戻ってきてくれてよかったな)
そんな呟きが、焚き火の残り香に溶けていった。
◇
そして、出立の日。
二人を再び令和へ帰す日が来た。
村の広場では、みんなが見送りに集まっていた。
「じゃ、また来るから! 嶺くん、ちゃんと留守頼んだわよ!」
「資料はあとでデータで送りますね」と澄田さん。
俺はただ頷くしかなかった。
……正直、寂しい。二人は令和での立場もあるので、ここに居られるのは一月の間でわずか3日だ。
そういえば俺も、ほとんどここにいるけど……俺は令和には立場などなかったな。
大森のようにここに移住するつもりもなかったけど、今では移住したようなものかな。
二人を令和に送り届けてるためにみんなで祠まで向かう
――横でニヤついていた大森が、余計な一言を放った。
「先輩、いっそ二人とも嫁にもらったら」
「ぶふっ!!」
俺は完全に噴いた。
茜さんは目を丸くして、それから――にやりと笑った。
母栖さんまで悪乗りしてくる。
「ふぅん、そういうのもアリかもね?」
や、やめてくれ。心臓に悪い。
村人たちが「おおおお!」とどよめき、詩織さんまで「殿、おめでとうございます!」とか叫んでいる。
「ち、違う! そういうんじゃなくてだな!」
必死に否定する俺の声を、茜さんがからかうように遮る。
「じゃあ、帰ったらちゃんと考えておきなさいよ~?」
「ま、まって! そういう宿題はちょっと!」
「期限は次の満月ね!」
笑いながら手を振る二人。
いきなり変な雰囲気に成った、祠前だが、俺は逃げるように二人の手を取り祠の中に入る。
仏間でも、二人は大森の提案をまんざらでもないようにニヤニヤしながらからかってきたので、俺はここでも逃げるように永禄尾張に戻っていった。
「……先輩、良かったですね」
大森が肩を叩く。
「どこがだよ」
「いやあ、嶺さんも覚悟決めないと二人が可哀想ですよ」
大人しそうに見えていた母栖さんも今ではしっかりこの血に染まるというか、大森の悪い影響を受けたようで、俺のことを時々からかってくるのだ。
「やかましい!」
空を見上げると、淡い雲の向こうに月が出ていた。
“次の満月”か――。
まったく、あの人たちは人の心をぐちゃぐちゃにして帰っていくんだから。
だが、不思議と胸の奥はあたたかかった。
俺は小さく息を吐き、笑ってしまった。
「……やれやれ、また次の“やれやれ”が始まるな」




