第28話 温泉大論争 ― “ヘタレ撲滅キャンペーン”発足!
疲れた。
本当に疲れた。
戦なんて、二度とごめんだ――そう心に誓った俺だったが、論功行賞では信長様本人から褒められた。
「命を救うという功、比類なし」だって。
おいおい、“ドクダミ救命チーム”が織田家に正式登録されるとは、いったい誰が予想しただろうか。
……もう、逃げられねぇ。
村に戻ると、みんなが拍手で迎えてくれた。
あの地獄みたいな救護活動を終えて戻ってきた俺と大森を、村の子どもたちまでが「おかえりー!」と叫んでくれる。
いや、なんか、ちょっと泣きそう。
その後ろで茜さんが手を腰に当ててニヤリと笑った。
「よく頑張りましたね、嶺くん。
でも……顔色、ドクダミ色してるわよ?」
「言わないでください……匂いもまだ取れません」
「まあまあ、これも“武功の香り”ってやつですわ」
澄田さんがいつもの無表情でドライに返す。
「ただし、“芳香剤としては不合格”ですけどね」
お前ら、本当に容赦ねえな。
俺が命懸けで働いてたんだぞ。
……まあ、分かってる。
この人たちのツッコミが、どれだけ心を軽くしてくれるか。
戦場の地獄を思い出して眠れぬ夜を過ごすより、こうしてドクダミネタで笑ってられる方がよっぽど健全だ。
さて、今回の功績を祝して、村ではちょっとした宴が開かれた。
とはいえ、いつもの「松茸焼き+どぶろくパーティー」である。
経済力のなさが泣けるが、これが“イモ村クオリティ”。
「じゃあ、嶺殿のご活躍に――かんぱーい!」
「かんぱーい!」
木製ジョッキをぶつけ合い、どぶろくが跳ねる。
詩織さんがにこにこしながら給仕して回るその横で、子どもたちは松茸の炭火焼きに夢中だ。
大森はというと――
「ふはは、見よ! 俺のドクダミシールド!
どんな蚊も寄せつけぬこの香気!」
「ただの臭いっすよ、それ」
誰かが即座にツッコんだ。
宴の笑いが絶えない。
宴もたけなわ、俺は一人縁側に出て夜風を浴びた。
ふぅ……。
風が涼しい。ドクダミ臭とどぶろく臭が混ざって、妙にノスタルジックだ。
と、背後で足音。
振り返ると、浴衣姿の茜さんが立っていた。
「嶺くん、ちょっといい? 温泉、行きましょう」
「……はい?」
「あなた、相当疲れてるでしょ。
温泉に浸かって、ちゃんと休みなさい」
確かに、風呂は恋しかった。
戦場では“ドクダミ湿布風呂”で我慢してたからな……。
だが、俺が頷く間もなく、もう一人の声が響いた。
「抜け駆けは許しませんよ」
――澄田さんである。
手には桶とタオル、そして何故か“戦国風のシャンプーブラシ”を持っている。
「ま、待ってください二人とも!? 俺、心の準備が――」
「嶺くん、準備は私がしてあげるから♪」
「必要なのは“覚悟”だけです」
ああ、もうダメだ。
戦場より逃げ場がない。
温泉は、村の外れにある天然の湯。
かつて祖母が掘り当てたという、ほぼ奇跡の泉だ。
湯気が立ち込め、岩風呂の周囲には蛍が飛んでいる。
……幻想的な光景なのに、俺の頭の中は警報鳴りっぱなしだ。
「じゃ、背中流してあげるね、嶺くん」
「えっ、あ、あのっ……いや、その……!」
茜さんの手が、泡立てた布を持って俺の背中へ――
その瞬間、反対側から声が飛んだ。
「それは私の担当です」
「ちょっと澄田さん!? これは“年上の特権”よ!」
「いいえ、“共犯者の権利”です」
「うっ……! ぐぬぬ……!」
泡立つ温泉の中で、まさかの“背中洗い主導権争奪戦”勃発。
俺の背中は戦場よりも激しく攻められていた。
逃げられない。
いや、逃げたら確実に後で怒られる。
「嶺くん、力抜いて」
「はいぃ……」
「嶺さん、痛くないですか?」
「だ、大丈夫です……(心が限界ですけど)」
もう、湯気で視界が霞むのか、羞恥で頭が真っ白なのか分からない。
ただ、二人の笑い声が耳に残って、どうしようもなく温かかった。
しばらくして、湯上がりの三人。
茜さんがほっぺを上気させながらタオルで髪を拭いている。
澄田さんは冷やした麦茶を手に、涼しい顔でこう言った。
「……それで、今後の衛生兵制度のことですが」
「お、おい、今このタイミングでその話!?」
「“リラックス状態の脳”の方が、発想が柔軟になるんですよ」
くっ、学者ロジックで押してきた。
茜さんも頷きながら言う。
「そうよ。私たちも協力するから、もう少し体制を整えましょう。
戦はまた来るかもしれない。
でも嶺くんなら、きっとまた誰かを救えるわ」
「……はい」
素直に、そう答えていた。
風が湯の残り香を運び、夜空には星が瞬いている。
気づけば、あれほど嫌だった“ドクダミの匂い”が、少しだけ懐かしく感じた。
翌日。
二人を令和へ送り返す前、俺は松茸を詰めた箱を渡した。
「これ、10キロくらいあるんで。例の“令和交易ルート”で現金化お願いします」
「了解です、嶺さん」
「次は松茸以外も増やしましょう。タケノコとか、ドクダミ茶とか」
「お、おう……ドクダミはもう勘弁して……」
彼女たちが光の中へ消えるのを見送りながら、俺は思った。
戦場より怖いのは――
たぶん、あの二人の“温泉強制イベント”だ。
とはいえ、悪くない。
あの夜の笑い声が、心の中で静かに響いていた。
次の新月も、またこの村で。
ドクダミと笑いと、ちょっぴりの勇気で。




