第27話 夜を徹してドクダミまみれ ― “本陣救急センター”開業!
幸いなことに、俺たちが何をやっているのか、足軽たちはまったく理解していなかった。
「治療する」と言われれば素直に従い、「並べ」と言われれば律儀に行列を作る。
信長軍の規律、恐るべしである。
おかげで“本陣内臨時救護所”の運営はスムーズに始まった。
いや、正確には“地獄の流れ作業”である。
「次っ! 矢が刺さってる人、こちらにー!」
「は、はいぃぃぃ!!」
矢を刺したまま突進してきた足軽が、腰を抜かしながら治療台に転がり込む。
その横では、槍で刺された男が呻き声を上げ、そのまた横で「ちょっと転んだだけっす」と言いながら血を流している足軽がいる。
おいおい、転んで血まみれってどんな転び方だ。
「先輩、この人、背中に刀の鞘刺さってるんすけど」
「……それはもう“装飾”扱いでいい。後回しだ!」
矢傷、切り傷、転倒、誤爆(!)と、負傷の種類はカオスそのもの。
それでも俺たちは手分けして、まずは出血のひどい者から手当てをしていった。
矢が刺さっていれば抜いて、ドクダミ汁をぶっかける。
刀傷には、ヨモギとドクダミをもんで作った謎ゲルを塗る。
出血が止まらなければ、清潔(?)な布で縛って固定。
完治ではないが、命はつなげる――そんな戦場医療(風)である。
◇
日が沈んでも治療の列は途切れなかった。
かがり火を灯し、夜通しの作業に突入。
ドクダミ臭と血の匂いが混ざり合い、もはや“薬臭い焼肉屋”状態だ。
「うわぁ……この匂い、慣れてくると逆に落ち着くっすね」
「それは感覚がバグってる証拠だぞ、大森」
夜半を過ぎるころには、みんなの目が虚ろになってきた。
針を縫う手つきも雑になり、「あっ」とか「うっ」とか言いながら糸を通す。
中にはドクダミ汁と間違えて茶をぶっかけた奴もいたが、誰も気にしない。
とにかく“生きている者を次に回す”ことが最優先だった。
それでも――全員の治療は終わらなかった。
かがり火が消えかける頃、ようやく信長様の幌衆が現れ、俺たちに一言。
「殿のご命令だ。休め。夜明けまで持たぬぞ。」
その声には、どこか優しさすらあった。
疲労と達成感が混ざり、俺たちはその場で崩れるように座り込んだ。
空が白み始める。
まるで、血と煙とドクダミのにおいの中に、朝が迷い込んできたようだった。
◇
翌朝。
信長様は、小口城攻めを一旦断念した。
戦果より被害が大きく、さらに負傷者が増えれば士気も下がる。
“続ければ全滅”という判断だろう。さすが戦の天才だ。
だがその裏には、俺たち救護班の事情も考慮されていたという。
まだ重傷者の治療が終わっていない――それも撤収を三日遅らせる理由の一つになった。
信長様の「血の冷たい戦鬼」というイメージが、だいぶ違って見えてきた。
あの人、思ってたより“現場に優しい上司”かもしれん。
◇
重傷者たちは動かせない。
そのため、信長様の本陣だった広間が、そのまま臨時病棟になった。
「殿の陣幕に、血まみれの足軽が寝てるって……大丈夫なんすかね」
「知らん。今さら消毒済みだからセーフってことにしとけ」
木の床には寝具代わりの藁と布団。
その上にずらりと横たわる兵士たち。
まるで戦場版ナイチンゲール――いや、“ナイチンゲール前夜”だ。
動ける軽傷者たちは次々と回復し、手足を引きずりながらも外へ出ていった。
彼らが生きて帰ることを願うしかない。
◇
三日後、全ての軽症者と中傷者の治療を終え、俺たちはようやく撤収した。
村に戻るころには、全員の顔色がドクダミ色に染まっていた。
あの匂い、しばらく取れそうにない。
後日、武井様から結果報告を聞かされた。
なんと、あの救護所に運び込まれた者のうち、五分の一は助からなかったという。
――つまり、八割が生き延びた。
「え、それって結構すごくないっすか?」
「……ああ、戦国基準だと“奇跡”レベルだそうだ。」
実際、信長様もお褒めの言葉をくださったらしい。
ただし武井様曰く「笑ってはおられたが、目が怖かった」とのこと。
……褒められてるのか、監視されてるのか、どっちなんだ。
◇
とはいえ、俺は正直、もうあの現場には戻りたくなかった。
戦場は……えぐい。
血の色と人の呻き声が頭に焼き付いて離れない。
俺は医者でも軍人でもない。
ほんの数日前まで「ドクダミ茶の効能」について議論してた村人だぞ。
それでも、許されない。
俺たちはもう「衛生兵」として名を挙げてしまった。
“結果を出した者”は次も呼ばれる。
それが戦国のルールだ。
◇
小口城攻めは明らかに信長様の敗戦だった。
兵の損耗は大きく、なかでも信長様お気に入りの岩室重休三という若者が戦死。
そのほかにも多くの武将が命を落とした。
後で澄田さんに調べてもらったところ、史実ではこの戦で十人以上の武将が戦死している。
だが俺たちが救ったことで、三人は助かったらしい。
つまり、歴史がちょっとだけ変わったのだ。
「まあ……多少変わってもいいじゃないですか。どうせ俺たちがいる時点で、もう別ルートですし」
「そうだな。どうせ“織田信長 ifルート”だ。」
俺たちのせいで“歴史修正ドクダミ派”が誕生した瞬間であった。
◇
十日後。
犬山攻めの反省会――いや、正式には「評定」が開かれた。
敗戦の空気が漂う中、なぜか俺と大森も呼ばれた。
まさか「ドクダミ反乱罪」ではあるまいな。
「ま、まさか処罰ですかね……」
「もしそうなったら、“ドクダミ汁攻撃”で最期を飾るしか……」
「やめろ、死因が臭すぎる」
恐る恐る広間の外廊下で待機していると、襖の向こうから声がした。
「――嶺、大森、前へ!」
武将たちの鋭い視線が突き刺さる中、俺たちは正座して進み出る。
板の間に正座すると、足がしびれてもう限界。
がまん、がまん。
これが日本の礼儀だ。
やがて信長様が立ち上がり、俺たちを見た。
その口から出た言葉は、予想外のものだった。
「この度の働き、誠に見事であった。敗戦の中においても、命を救うという功、比類なし。」
――え、今、褒められた?
本当に?
まわりの武将たちもざわつく。
信長様は続けて、感状を取り出し、俺たちに差し出した。
「貴様らの行い、戦における新たな道なり。以後も励め。」
まさかの公認である。
“衛生兵”という謎の職業が、正式に織田家の記録に刻まれた瞬間だった。
◇
評定が終わったあと、大森がぼそっと言った。
「……先輩、これ、もう後戻りできませんね」
「ああ。完全に“ドクダミ科 織田病院”の職員になっちまったな。」
「どうせなら、給料ドクダミじゃなくて銀子でほしいっす。」
「それ、俺も。」
笑いながらも、俺は心のどこかで震えていた。
戦場の現実と、そこに生まれた新しい“職業”。
この先、どんな戦が待っていようとも――
俺たちはまた呼ばれるのだ。
「嶺殿、次の出陣、医療班同行せよ」
その一言で、またドクダミの匂いに包まれる未来が見える。
……温泉帰りたい。
いや、もう湯船の中でも血とヨモギの匂いがしそうだ。
それでも。
あの日救った命の重みを思えば、逃げるわけにはいかない。
次の戦でも、俺たちは戦う。
刀でも、槍でもなく――ドクダミと糸と、ちょっぴりの勇気で。




