第26話 本陣前の救護所、開店(?)のお知らせ!
信長様の本陣が構えられた広間の前、ちょうど庭園と呼ぶにはあまりにも殺風景な空き地に、俺たちの野戦病院――いや、「なんちゃって救護所」が設営されることになった。
普通ならこんな場所、本陣を守る武将たちの詰め所や、伝令の待機場所にするのが常識だ。
けれど信長様が「目の届くところで働け」とおっしゃるのだから、もう逃げ場はない。
仕方なく、庭の端っこ、塀の出入口付近にこじんまりとした区画を確保し、木地師たちに作らせた組み立て式の治療台を並べた。
傍から見れば、屋台の準備か、怪しい行商人の開店準備である。
「大森、あの棚はもっと右。そうそう、武将様の行き来の邪魔にならんように」
「了解です、先輩! こっちは“手術台”完成っす!」
治療台と言っても、見た目はほぼ木工用作業台だ。血の代わりに木屑が落ちそうな雰囲気。
壁際には刃物や針、梁(※本来は建築資材用の小刀)を収納できる棚を設置。
その横のテーブルには、桶にたっぷり入れた濃縮ドクダミ茶――もとい「消毒液」!
ただし匂いは完全に湿布。
いや、むしろ「昨日の靴下を二晩寝かせた」レベルの芳香だ。
風上の足軽が顔をしかめ、「殿、敵の放った毒煙では!」と誤報を上げかけたほどである。
「大丈夫だ、こっちは“善なる臭気”だ!」と俺が言っても、信じたのは大森だけだった。
準備は万端。いざ、けが人よ、どんと来い――!
……と意気込んだものの、しばらくは誰も来ない。
城攻めの号令が響き、武者たちの雄たけびが空に轟く。地鳴りのような勢いだ。
「うおおおおお!!」
「突けぇぇぇ!!」
と勇ましい声は聞こえるが、肝心のけが人の影がない。
まさかとは思うが、織田軍、全員無傷で突進してるのか?
俺は桶に浮かぶドクダミの葉を棒でかき混ぜながらつぶやいた。
「なあ、大森……俺たち、いらない子なんじゃ……」
「い、いや、きっと今はまだ“前菜”っす。メインディッシュはこれから来ますって!」
不吉な比喩をするな。メインディッシュって、それ人間だろ。
そんな軽口を交わしていた矢先、本当に一人目の患者が現れた。
伝令に出ていた若い武将が、顔をしかめながらこちらに走ってくる。
その腕には、見事に矢が突き刺さっていた。しかも羽根は途中で折られ、矢尻だけが深々と残っている。
「うわぁ、まじで刺さってる……!」
「先輩、実況してないで! はい、こっち、横に寝かせて!」
出血はそこまで多くない。が、矢尻が抜けず、まるで腕が串カツ状態だ。
下手に引き抜けば返しが筋肉をえぐる――想像しただけで胃がひっくり返りそうになる。
俺は一歩下がり、指揮官らしく(?)大森に指示を飛ばした。
「周りを押さえろ! おい、衛生兵1号から3号まで、腕を固定!」
「押さえろー! 動くと串焼きになるぞー!」
「例えがひどい!」
大森は深呼吸し、短刀を手に取ると、矢尻の周りを慎重に切り開いていく。
皮膚が少しずつ裂かれ、矢尻の金属が見えた瞬間――ぐいっ、と引き抜いた。
ブチッという音が聞こえた気がして、俺は思わず目をそらす。
次の瞬間、ドクダミ茶を豪快にぶっかける大森。
「ぎゃっ……!?」
武将の悲鳴が庭に響く。
そりゃそうだ、熱湯に近いドクダミ汁だ。
でも文句を言われても困る。これでも現代基準で言えば“消毒”なのだ。
「これで悪い気が入らないようにしました!」
俺が得意げに説明すると、信長様がすぐ近くでこちらを見ていた。
目が合うと、無言の圧が凄い。
ちょ、ちょっと待って、今の見られた?
「何をしたのだ」
やっぱり聞かれた。
俺は必死に現代医療用語を封印し、「宗教的かつ科学的」な説明に切り替える。
「はっ、悪しき気を取り払うため、体の中に巣くう“穢れ”を切り出してから、悪い気が嫌う薬を塗りました!」
信長様は腕を組んでうなずいた。
「なるほど、“穢れ祓い”か。……理にかなっておるな。」
理にかなってる……のか? いや、まあ結果オーライか。
「では、なぜ針で縫うのだ」
そこか。やっぱり突っ込まれた。
俺は真顔で答える。
「傷口が広がらぬよう、仮の“結界”を張っております!」
「結界か。……ふむ、面白い。」
よし、乗り切った! 戦国的翻訳、大成功だ!
信長様は幌衆たちに何やら短く命じると、その場を離れた。
そして――その直後、まるで堰を切ったようにけが人が押し寄せてきた。
「うわ、矢傷三名、槍で突かれ二名! 背中に焼き印みたいな火傷してるのもいます!」
「こちら頭部打撲、意識なし! あと足が逆方向向いてる人!」
「順番にするんだ! えーと、大森、トリアージ開始!」
俺たちは慌てて布を広げ、傷の軽重を分類していく。
現代で学んだ「トリアージ」を応用したが、ここでは「見た目がヤバい順」である。
とにかく“直せそうな重傷者”を優先する。助かる見込みがあるなら、全力で治す。
……が、しばらくして気づいた。
けが人の数が異常だ。次から次へと運ばれてくる。
どうやら信長様が「衛生兵の腕を確かめる」と言って、あえて運ばせているらしい。
冗談じゃない、人体実験か!
「先輩、もう無理っす! ドクダミ汁が底つきそうです!」
「なら薄めろ! お湯で!」
「それじゃただのドクダミ茶っす!」
「飲めば治るかもしれん!」
混乱と笑いと悲鳴が入り交じる救護所。
いつの間にか、周囲の幌衆や兵たちが見物に集まっていた。
まるで見世物小屋だ。
その中で、信長様だけが静かに腕を組み、俺たちの手際を見ている。
不思議なことに、その目は冷酷ではなく、どこか興味深げだった。
「……ふむ。あの者ども、命を救う術を持っておる。」
そう呟いたらしい。あとで大森が聞いた話だ。
その言葉に少しだけ報われた気がした。
◇
夕刻。救護所にはまだ呻き声が響く。
俺の手は汗とドクダミ臭でベトベト。鼻が完全に麻痺した。
それでも、最初の数名はしっかり回復してくれている。
ある足軽が礼を言って去るとき、泣きそうな声で言った。
「おら、生きて帰れそうです……!」
それを聞いた瞬間、疲労も吹き飛んだ。
――ああ、俺たち、ほんの少しだけ本物の“衛生兵”になれたかもしれない。
「先輩、今日の成果、記録しときます? “ドクダミ療法・その一”とか?」
「やめろ。歴史に残る黒歴史になりそうだ。」
「じゃ、“犬山野戦病院開業初日報告書”!」
「余計だ!」
そんなふざけたやり取りをしていると、信長様の声が再び響いた。
「嶺!」
びしっと姿勢を正す俺。
信長様がわざわざこちらに歩み寄り、俺の肩を叩いた。
「よくやった。戦は続く。……次はもっと広く構えよ。」
「え、もっとですか!?」
「うむ。次の戦では――本陣の中にも“その結界”を張ってもらう。」
つまり、本陣の中に病院を作れと。
それってつまり……最前線のど真ん中じゃねぇか!
俺は笑顔を引きつらせながら、かろうじて返事をした。
「……ええ、はい。全力で、結界張らせていただきます……!」
こうして俺たち「なんちゃって衛生兵部隊」は、信長本陣公認の“戦場ドクダミ団”として名実ともにデビューを果たしたのだった。
次の戦場では、きっともっと地獄を見る。
でも――それでも、きっとまた誰かを救える。
そう信じながら、俺は夜風に漂うドクダミの匂いを嗅ぎつつ、
「やっぱり温泉帰りたいな……」と小声でつぶやいた。




