第24話 調略は会議室で起きてるんじゃない、神社で起きてるん
武井夕庵様から直々に下された特命、それは「楽田砦の調略」。
物騒な響きとは裏腹に、要は「戦わずに味方になってもらおうぜ」という平和的解決(?)を目指すお仕事だ。
俺と大森は、さっそく手土産の準備に取り掛かった。
「で、嶺さん。本当にこれを持っていくんですかい?」
「ああ。うちの村の特産品だからな。自信を持て、大森」
大森が胡散臭そうな目で見ているのは、いつもの干しシイタケの隣に鎮座する、やけにピカピカの銅銭の山。
何を隠そう、俺たちの村で最近鋳造され始めたオリジナル通貨、通称「山窩銭」である。
いや、もちろん幕府や朝廷の許可なんて取ってない。
完全に俺たちが勝手に作っている代物だ。
「嶺さん、これって法律的に……」
「大丈夫だ、大森。この時代、まだ著作権とか造幣法とか、そういう面倒な法律はない!」
「そういう問題じゃねえ!」
大森のツッコミを背中に受けながら、俺たちはふもとにある大縣神社へと向かった。
厳かな雰囲気の神社に、俺たちの作った怪しい銭を寄進する。
神様、どうかバチを当てないでください。
というか、これでご利益があるなら、俺たちの鋳造事業も神様公認ってことでいいですかね?
さて、本題だ。禰宜さんを前に、俺は単刀直入に切り出した。
「――というわけでして、清須の弾正忠様がもうすぐ犬山城に攻め込んでくるんです。つきましては、商売でお世話になっている武井様からの依頼で、楽田砦を無血開城させたいな、と」
あまりに正直に話しすぎたせいか、禰宜さんはしばらくポカンとしていた。
やがて、深いため息とともに本音を漏らし始める。
「我らとて、犬山城の氏子たちが戦で苦しむのは見たくありませぬ。ですが、それ以上に……この楽田の町が戦場になることだけは、何としても避けたいのですじゃ」
神社の存続は、地元の氏子あってのもの。
戦で町が焼け、人々が散り散りになれば、神社も立ち行かなくなる。
禰宜さんの表情は、神職というより、地元を愛する一人の男の顔だった。
「でしたら、禰宜さん。楽田の砦を守っているお侍さんを紹介していただけませんか? 俺たちが直接お話しますから」
「……それしか、手はござりませぬか」
渋々といった様子だったが、禰宜さんは俺たちと楽田砦の守将との間を取り持ってくれることになった。
どうやら俺のド直球戦法が、かえって功を奏したらしい。
後日、俺と大森は再び大縣神社を訪れ、楽田砦の城代(城主ではなかったらしい)と固い雰囲気で面会した。
「して、織田方に寝返ることで、我らにはいかほどの利が?」
(うわ、いきなり条件交渉!? 俺、前職でもこういうの苦手だったんだけど!)
内心パニクる俺の横で、大森がすっと前に出る。
「無論、身分は保証いたします。それに加え、我らが村との交易路を開き、南蛮渡来の珍しい品々を優先的にお回しすることもお約束いたしましょう。例えば、この『さとう』などいかがですかな?」
いつの間に用意したのか、懐から砂糖の入った小袋を取り出す大森。
さすが、うちの大番頭! 交渉事は君に任せた!
俺がただの置物と化す中、交渉はとんとん拍子に進み、俺たちはその足で清須にトンボ帰り。
武井様に一部始終を報告した。
最終調整は、信長様のお墨付きをもらってからだ。
武井様自らが俺たちを伴って大縣神社まで出向き、神社の拝殿で信長様直筆の朱印状が城代に手渡された。
なんだこの、M&Aの調印式みたいな雰囲気は。
神聖な場所でやるもんじゃないだろ。
こうして、俺たちの初めての調略任務は、一滴の血も流さずに完了した。
「それにしても、解せませぬな」
村への帰り道、大森が不満そうに口を尖らせる。
「今回の手柄、ほとんどが武井様のものになるって話じゃねえですか。俺たちは完全に裏方扱いですぜ?」
「まあ、俺たちは武井様預かりの身だからな。中間管理職の手柄は、その上の部長のものになる。サラリーマンの世界じゃ当たり前だ」
「さ……?」
そういえば大森はサラリーマンを経験した……とは言えないか。
あいつは派遣でホームセンターの店員をしていただけだったような。
なら、こういう手柄を取られるような感じなど経験はないだろうな。
今回のような感じならば、それこそ日常業務の範囲だ。
今回はそれ以上の理不尽な目にあってないだけ俺に言わせれば、マシなのだが、何をどう考えているのか、ラノベの読みすぎのような気がするが、信長さんの目に止まり直接褒められるとでも思ったのだろう。
まあ、俺に文句を言うくらいなら実害ないし、ぐちくらいは聞いてやる。
「いや、こっちの話。気にするな」
それにしても久しぶりに前の職場で、手柄を全部上司に持っていかれた記憶が蘇る。
それに比べれば、俺達は後で武井様からなにかご褒美をもらえるようだから戦国時代なんて可愛いもんだ。
俺は何も言わず、黙々と歩みを進めた。
◇
度重なる緊張と交渉の日々で、俺の精神はすり減りきっていた。
「疲れた……もう無理……温泉に入りたい……」
だけど今日は、あの令和から女性たちを呼びに行く新月タイムになる。
疲れた体にムチを入れて、祠から婆さんの仏間に移動して、そこで待つ茜さんと澄田さんを連れて戻ってきた。
この一月の出来事など簡単に二人に説明はしたが、もう限界。
俺は「後のことは大森にでも聞いてくれ!」と半ば叫ぶように言い残し、茜さんと澄田さんを大森に預けて、温泉に向かった。
前に大森に作ってもらったここも今では俺達にとって欠かすことのできない憩いの場に成っている。
「はぁ〜〜〜……生き返る……」
手足を伸ばし、戦国のストレスを湯に溶かしていく。これだよ、これ。このために俺は頑張ってるんだ。
と、その時だった。
「嶺さん、いいお湯ですね」
「ちょっと狭いですけど、気持ちいいです」
「……え?」
声のした方に顔を向けると、そこにはタオル一枚で体を隠した茜さんと澄田さんが、頬を上気させながら湯船に入ってくるところだった。
「ぎゃああああああああああああ!?!?」
俺の絶叫が響き渡る。
なんで!? ここ男湯だよね!?
というか、ここには男女をいちいち分けるようなことはしていないが、今俺が入っていることくらいわかりそうなものだろう。
「ちょっと嶺さん、うるさいですよ。周りに迷惑でしょ」
「そうですよ。私たち、ちゃんとタオルで隠してますから、問題ありません」
問題しかないわ! いろんなところが!
パニックに陥る俺をよそに、二人は俺のすぐ隣にぴたりと身を寄せる。右からはシャンプーの 甘い香り、左からは石鹸の清潔な香り。
そして両脇から伝わってくる、ありえない柔らかい感触!
「あ、あの、二人とも、ち、近い! 近いから!」
「ふふっ、うぶだなぁ、嶺さんは」
「ここではあんなに頼りになるのに、可愛いですね」
最近、この二人の俺に対する態度が、物理的にも精神的にもどんどん過激になっている気がする。
以前のように二人が火花を散らして睨み合うことは減った。
だが、その代わりに、ベクトルが完全に俺に向かってくる共同戦線のようなものが形成されつつある。
それは、敵兵に囲まれるのとはまた違った、別の意味での緊張と恐怖を俺に与えるのだった。
温泉で癒されるはずが、俺はのぼせるより先に心臓が爆発しそうになっていた。




