問題発生 <改>
魔物討伐演習のため、今国境で第三魔導学園の四年生たちは国境の樹海にいた。樹海とはいっても道から、少しだけ奥に入っただけのほんの入り口である。
「全然魔物がいないじゃん」
「変だな、先輩たちに聞いたんだけど毎年グレイウルフの群れや、ブラットバット、ランサースパイダーなどがいるって話だったんだけどなぁ」
グレイウルフは樹海での生活に特化した狼で木々の間を移動しやすいように、小型である。ブラットバットは吸血コウモリだが、体長が五十センチメートルほどもあり、血の匂いにつられて集まってくる性質をもっている。ランサースパイダーは八本の足のうち、前の二本が巨大化している一メートル前後の蜘蛛である。どれも樹海の入り口辺りで遭遇する魔物である。
「明日でもう終わりだっていうのに……」
その時、まだ彼らは気づいていなかった。今まさに敵が迫っていることに。
◇ ◇ ◇
風紀委員会室では見慣れないメンバーが仕事をしていた。
「ねぇ、暇だよー」
「今日はわたしたちの番でしょ。我慢しなさい」
「だってぇー」
今日は風紀委員の仕事の一部をシキとトウワが引き受ける日である。悠は風紀委員会室に様子を見にきたのだが……。
「そこで連絡がきたときの応対をお願いしますよ。後はあまり仕事はねーですから」
ヒノはそう言ってどこかへ行ってしまった。風紀委員としての学園内の見回りだ。慣れていない生徒会がやるよりも手際良くできるため、風紀委員長自ら動いていた。
しかしやはりシキはじっとしているのが苦手なようである。まさに子どものようだ。
「先生、代わってー」
「それは無理です」
「諦めなさい、シキちゃん」
ドアが開き、長い灰色の髪を伸ばした少女が入ってきた。
「失礼します」
風紀委員会副委員長のミヅキである。
「これをどうぞ」
そう言ってミヅキがシキに差し出したのはお菓子。シキは受け取った瞬間にもう食べ始めていた。
「わーい、ありがとー!」
喜ぶシキを横目に悠はミヅキに尋ねる。
「あのお菓子どうしたの?」
「いえ、あらかじめヒノ様が準備されていたので」
「わざわざありがとう、ミヅキ」
なんだかんだ言ってヒノは気配りができるのだ。
「じゃあトウワ、シキのことよろしくね」
「了解しました」
「なんで子ども扱いするの!?」
悠とトウワは顔を見合わせてから、憤慨するシキに一言、
『見た目と同じくらいしか精神年齢ないよね(ですよね)?』
思わず二人とも突っ込んだ。
悠は生徒会室まで戻っていた。そこではアキホ、リョウカ、ハルカが資料の整理をしていた。
「アキホ先輩、これはどこに?」
「それは後で私が魔導工学の先生のところへ持っていくからこっちに置いといて」
「了解です!」
悠がシキたちの様子を見に行っている三十分で随分進んだらしく、もとの量の半分ほどになっている。
「今日のところはこれで終わり!」
「思ったよりは仕事が少なかったですわね」
「それでもかなりの量はあったけどね……」
一段落して今日は終わりにするようだ。
「では私はこの資料を魔導工学の先生のもとに届けてきますね」
「お願いします」
アキホが資料を持って立ち上がる。未だに資料の入った箱がいくつか床に置きっぱなしになっていた。
「あれ……アキホが持ってくの? マズイ! 」
悠が叫ぶも少し遅かった。リョウカも慌てて声をかけるが……。
「アキホ、待ってください!」
「きゃあっ!」
二人の願いもむなしく、いつもの通りアキホが転んだ。運動神経は悪くないはずなのになぜ転ぶかは誰にもわからない謎である。
「仕方ありませんわね、手伝いますわ」
「ホントにごめんね」
もう少しだけ時間がかかりそうな役員たちである。
◇ ◇ ◇
「疲れたー」
「おかあさん、たいじょーぶ?」
「駄目かもー」
私こと御劔 悠は非常に疲れています。今日は生徒会としての仕事は少なかったのですが、教え子たちにどのような授業をするかまとめたり、先生としての仕事をしたりで大変だったのです。ここのところ仕事が多く、家に帰っても仕事をすることが増えました。
「おかあさん、よるごはんは?」
「今日は魚よ」
今日は焼き魚です。地球でいうところのアジのような味がします。
子どもは魚より肉の方が好きなのかな、と思いますけど、魚は体にいいって言いますからね。この世界でもそうである保証はないんですがね。
「ほねがとれないよ」
「貸してごらん、お母さんに任せなさい」
「ありがとう!」
「お母さん……、あの、僕のもいい?」
「当たり前でしょ?」
こうしていると、私も小さい頃に母さんに同じことしてもらったことを思い出します。私の母さんは神社の生まれでした。父さんはいつも黒い神父服をきていたのですが、きっと二人はあちら方面の仕事で知り合ったのでしょう。そうでなければ接点ないですしね。
『ごちそうさまでした』
洗い物は明日でいいですか? 疲れました。
「お母さん、肩揉んであげようか?」
「ほ、本当に!?」
息子が私の肩を揉んでくれる……なんと素晴らしいシチュエーションなのでしょうか。この瞬間を待っていたんだーってとこですよれ
「お願いね、ルイ」
「任せて!」
なんだか疲れました。
「……さん、お母さん」
目を開けるとルイがいました。どうやら私は眠ってしまったようです。
「寝るならちゃんとベッドにいこう?」
「はーい」
息子に諭されてしまいました。
「ネルは?」
「そっちだよ」
ルイの指差した方向を見るとソファーで眠っている可愛い女の子がいました。いや、ネルが可愛いのは今に始まったことでは無いですね。
「じゃあ寝ようか」
私はネルを抱えてルイと一緒にベッドへ向かいました。
「おやすみ、ルイ」
「おやすみ、お母さん」
――翌朝――
「行ってきます」
「行ってきまーす」
「いってきまーす」
子どもを連れて家を出ます。今日も頑張りましょう。
この時私はこれから起こることについては予想すらしていなかった。
◇ ◇ ◇
その連絡が入ったのはヒノがちょうど寮をでて、風紀委員会室に向かっているときだった。
「ヒ、ヒノさん、落ち着いて聞いてください。今【念話】がきて、数えきれないほどたくさんのゴブリンとオークの混成部隊が樹海を進んでいるって……」
「先生も落ち着いてください。まずは全生徒に連絡をお願いします」
「学園長には誰が……」
「ボクがいきます。元々今回の演習の非常時の対応はボクたち風紀委員会の仕事です」
それからすぐにヒノは学園長室にきていた。扉をノックし部屋に入る。
「失礼します。学園長、ゴブリンとオークの大群が出現したとのことです。あの時よりも厄介になりそうです」
「そうか……」
学園長は齢七十歳の男性。年齢を感じさせないその筋肉と立派な白髭が特徴的である。学園長は外を見ながら話していたが、ヒノの方へ向き直る。
「どうしますか?」
「ユウ先生はどこにいる?」
「まだ来ていないようですが」
「到着次第こちらにくるように伝えてもらえるかな?」
「はい。ボクたちは……」
「ユウ先生の判断で、戦力となる生徒をまとめて防衛戦に入ってもらうことになるだろう。君や生徒会のものたちはきっと行くことになるだろう。準備に入ってもらえるかな?」
学園内で上位にいる者たちは出撃させられると聞いても、ヒノの顔に変化はない。
「了解しました。それでは失礼します」
いつもと変わらない声音でそう返事をし、学園長室を出ていく。
これからどうなるかはまだ誰にも分からない。




