第三魔導学園の長い一日 その一 <改>
悠が学園へ着くとヒノがいた。ヒノは悠の姿を目に止めると同時に悠の方へ駆けてきた。
「先生、至急学園長室へ向かって下さい。緊急事態です」
悠はその言葉とを聞いてすぐに学園長室へ走り出す。
すぐに学園長室へたどり着き、ノックもせずに扉を開ける。
「キョウさん! 何があったんですか?」
「ノックぐらいしないか……ってユウか。ゴブリンとオークの混成部隊が樹海から出現したそうだ」
「ゴブリンがオークと一緒にいる? それは本当ですか?」
「うむ」
ゴブリンもオークもどちらもこの世界ではポピュラーな魔物である。どちらもある程度の知能があるが、協力体制を整えることができるものは……。
「まさか、『王』ですか?」
「多分、いやほぼ確実だろう」
◇ ◇ ◇
[王]とは、たまに現れる変異種であると言われている。正式な分類名を[王種]という。他の個体よりも大きく、長い年月を生きることができる。また知能が高く、通常であれば無軌道に破壊を繰り返す群れを統率し、戦うときには策を用いる。
◇ ◇ ◇
「演習中の生徒に被害は?」
「今のところ死者は出ていない。撤退戦の指揮をとっているのはアレウス先生だ。大抵のアクシデントはなんとかできるだろう。しかし彼が今回の演習について行ってくれていて助かったな」
アレウス・フォーブレイ。彼は風紀委員会担当の先生である。光の属性魔法という珍しい人でもある。まだ年は二十三、四歳だと思われる。若いながらも優秀な魔導師だ。
「私はどうしましょうか?」
「実戦に出しても大丈夫そうな生徒を集めてくれ」
「あなたは、生徒に戦わせるつもりですか?」
「遅かれ早かれこの学園を出るものは実戦に投入される。ここの生徒たちの実力はお前がよく知っているだろう。それにユウ、その実力ある子たちをお前が指導してきたのだ。少しは信じろ」
悠は教え子たちを危険な目に遭わせるのは反対のようである。しかし、ここに配備されている魔導師の数に対してあまりにも敵が多すぎることは理解していた。
「生徒会役員と風紀委員会メンバー、それとトウヤを借ります。他の戦闘魔導師クラスの五年生は警戒態勢にしておいてください。私も出ます」
「わかった。学園の方は任せてもらおう」
現在生徒会室には生徒会役員、風紀委員コンビ、学園の便利屋、それに御劔 悠の九名の姿がある。
静まり返った中、悠が口を開く。
「ここに集まってもらった理由は分かると思うけど、一応言うよ。今、ゴブリンとオークの混成部隊が迫っています。第四学年はアレウス先生と風紀委員が中心となって撤退をしていますが、何人か怪我をしていて学園まで二十キロメートルほどの地点で立ち止まっています。これからあなたたちは、二つの部隊に分かれて行動してもらいます。一方には第四学年撤退支援を、もう一方にはあと三、四時間ほどで到着する敵の先行隊を迎撃してもらおうと思います。」
「アタシもですか!?」
「ごめんね、でもあなたの先天が必要だから……」
突然のことに驚き思わず聞き返すハルカに、申し訳なさそうに悠が言った。今この学園にハルカと同じ先天を持っている人はいない。王国魔導師団にはいるだろうけど、都市の防衛で精一杯だろう。
「ならば、隊の編成はどうするのですか?」
「とりあえず、ハルカは救出隊ね」
「は、はい。頑張ります」
苦々しそうにトウワが言う。
「せめて第五学年のあの人たちがいれば……」
「無い物ねだりしても仕方ないですわ」
「それもそうね」
現在第五学年の一部生徒は、毎年十の月に行われている魔導学園交流会への調整のため、王都に出向いている。そこには昨年度の生徒会会長とその親友の二名も含まれていた。
「ヒノ、ミヅキ、救出隊お願いできる?」
「任せといてもらいましょーか」
「了解しました」
怪我人がいるという話であるから、当然もう一人選ばれる……。
「トウワ、あなたの力貸してもらえる?」
「わかりました」
「ヒノ、この隊の指揮は任せたからね」
「りょーかいです」
「残りは防衛隊ね。シキ……は無理だからリョウカ、指揮はお願い」
「了解しましたわ」
「私の扱いひどくなーい?」
「シキには厄介な相手をお願いするから、そんな余裕ないでしょ?」
「それもそっか」
そこでトウヤが口を挟む。
「先生はどうすんの?」
「まったく、口のききかた注意しなさいって言ってるでしょ。私は敵の本隊を偵察してくるから」
「危険じゃないですか?」
「交戦する気はないから大丈夫よ」
(それにあれは学園長には許可をとってあるからね)
「もう一度確認します。第四学年救出隊は、リーダーはヒノでミヅキ、トウワ、ハルカ。先行部隊迎撃隊は、リーダーがリョウカでシキ、トウヤ、アキホでいいですね。……みんな、絶対に無理だけはしちゃダメだからね」
『はい!』
◇ ◇ ◇
「ハルちゃん大丈夫?」
そうトウワに問いかけられたがハルカには返事をする余裕がなさそうだ。それほどまでに緊張していた。
「はじめての実戦で緊張しているんだろ?」
ヒノにそう言われてハルカはものすごい勢いで首を縦に振った。
「あんまり心配しなくていいよ。トウワだけじゃない、ボクもミヅキも君を助ける」
「そうよ。だから、一緒に頑張ろうね」
ハルカは、ヒノとトウワに励まされて少し緊張がほぐれたようだった。そして二人の先輩に笑顔で答えた。
「はい!」
ハルカたちが街を出てから一時間と少しほどが経過していた。もうまもなく到着するはずである。
「みんな、そろそろ到着だ」
「わかったよ」
「了解です」
ヒノは辺りを見渡していたが、唐突に駆け出す。
「あっちだ!」
そう言ってヒノはどんどん先へ進んでいく。他の三人も急いで後を追う。
それは間一髪の出来事だった。疲れきっていた第四学年の生徒たちは、集中力を欠いていた。一人の生徒がオークの攻撃を受け損ない、その剛腕を叩きつけられようとしていたとき、一陣の風と共にオークの腕が飛ばされていた。
「大丈夫で?」
「あ、ありがとうございます!」
駆けつけたのは大鎌を構えた少女。ヒノである。そこにミヅキたちが追い付いた。
「ヒノさんにミヅキさん、それに生徒会の……」
『風紀委員長!』
四年生たちが歓声を上げた。ヒノはかなり慕われているようだった。早速撤退準備に移る。
「安全な場所へ移動して下さい。わたしが治療します」
「すまない、あちらの生徒が足をやられて動けないんだ」
「ハルカ、だったな。お前の先天は聞いている。あの生徒を任せてもいいか?」
「はい、ミヅキ先輩!」
ハルカが呼ばれた理由はこのためである。怪我をして動けない人を助けるため。ハルカの先天は【レヴィテーション】。それは対象を浮かばせることができる魔法だ。重さなどの制約はあるものの人一人くらいなら何も問題ない。
深呼吸をして集中する。
「いきます!」
その時、大きな音が辺りに響き渡った。
「この音は?」
今まさにハルカが【レヴィテーション】を使おうとしたタイミングで、大きな音が響いた。ハルカが周りを見渡すと、アレウス先生とミヅキ先輩が見当たらない。疑問に思ってヒノに聞くと、
「アレウス先生がゴブリンの群れを発見したから、ミヅキと先制攻撃をしかけたんだ。キミは気にしないで続けて」
と返ってきた。気を取り直してハルカは再び集中する。
「【レヴィテーション】」
「行きましょう」
「はい、トウワ先輩」
ヒノの先導のもと、トウワとハルカは第四学年の生徒たちと学園に向かって移動を始めた。
しばらく進み続け、先程の場所から三キロメートルほど離れた地点に彼女たちはいた。ひとまず距離を取ったため、今は怪我人の治療中である。
「いくよ、【カラドリウス】!」
トウワの先天は化身系であった。それも滅多にいない回復魔法を行使できるものだったのだ。
「すごい……」
ハルカは骨が飛び出ていたほど酷い状態であった足が治っていく様子を、驚きながら見ていた。そんなハルカの側にヒノが近づく。
「確かにスゲーですけどあれはかなりの魔力を必要としますからね」
「さすがにリスクなしとはいきませんよね」
「治療、終わったわ」
一段落したところに第四学年の風紀委員がやって来た。
「今アレウス先生と連絡をとりました。手が放せないらしくて、できれば先に撤退に入って欲しいそうです」
「そうか、ありがとう」
この風紀委員が【念話】でアレウスにこれからの事を聞いたところ、先に撤退をしろとのことだった。
「アレウス先生とミヅキちゃん、大丈夫かしら?」
「先生は強いですし、ミヅキもかなり腕がたちます。あまり心配は要らねーですよ。それよりも今はボクたちのことを……」
ヒノ先輩が言っているときに、樹海の奥から音が響いてきました。
「言ってるそばから、まったく。風紀委員を先頭に学園へ向かう。トウワとハルカも行け。ボクは後ろを片付けます」
「そんなっ、一人じゃ危ないです」
「数は少ないから大丈夫」
「なんでそんなこと分かるんですか?」
「ハルちゃん、ヒノちゃんの能力のひとつは【千里眼】なのよ」
「そーゆーことです。さあ、行ってください」
「危なくなったらちゃんと逃げるのよ!」
「ヒノ先輩、お気をつけて!」
ヒノは無言で手を挙げ、そのまま後ろを向き樹海へ消えていった。
「わたしたちも行きましょう」
「……はい」
「ヒノちゃんは強いから大丈夫よ」
ヒノのこと、アレウスとミヅキのことが気になりながらも、今は学園に戻ることを最優先に考えなければならない状況だ。しかし、ここで生徒会庶務はとあることに気づいてしまった。撤退戦の中核となるのは、当然生徒会役員であるトウワとハルカである。思いの外重要な役目に、青ざめるハルカであった。
ちなみにその事をトウワに告げると、「え、今さら?」と返された挙げ句「アキちゃん並みのドジしてるわね」とも言われたハルカであった。




