ルイのなんてことない普通の一日
◇ ◇ ◇
「ルイ起きて、朝よ」
まだ眠いから、あと少しだけ寝てても問題ないよね?
「あと五年……」
「うーん、いくらなんでも長すぎね。いいから起きなさい」
目を開けると目の前には長い黒髪をポニーテールにしたお母さんがいた。お母さんは家にいるときは髪を下ろしているけど、外に出掛けるときはいつもこの髪型。つまりもうお母さんは学園に行く準備はできているってこと。
「おはよう、お母さん」
「おはよう、朝ごはんできてるから早く顔洗ってきなさい」
「うん」
いつもならお母さんがご飯をつくってるときに目が覚めるんだけどなぁ……。
ぼくが顔を洗ってリビングに行くと、すでに妹のネルは起きていた。
「お兄ちゃんおねぼうさんだね!」
「ネルがぼくより起きるのが早いなんて……、お母さんに天災に気をつけてって言わないと!」
「え!? お兄ちゃんひどい!」
いつも寝坊するネルを起こすのはぼくの仕事となっている。それなのにネルが早起きするなんておかしい。
「ルイが遅いだけよ」
お母さんが笑いながらお皿を運んでくる。
「あ、手伝うよ?」
「これで終わりだから大丈夫よ」
そう言われて席に戻ると、お母さんが席についた。
「食べましょうか? いただきます」
『いただきます!』
今日はハムエッグに黒パン、野菜のスープか……。うん、美味しそうだ。
「どう? 美味しい?」
お母さんがそんなことを訊いてくるけど、お母さんの料理が美味しいのはいつものことだ。
「いつも通りだよ。……少し野菜スープの野菜が大きいかな?」
「なんと……、野菜スープはネルが作ったのです!」
へぇーそうなんだ……え!?
「ホントに?」
「……うん。でもしっぱいしちゃったかな……」
「そんなことないよ、味はお母さんが作るのみたいに……いや、少し……結構劣るかな? と、とにかく普通に美味しいよ!」
褒められてるの? と微妙な顔をしているネルだけど、お母さんの料理は宇宙一! だから敵わなくても仕方ないと思う。でも美味しいのは本当だ。
「はぁ……ルイ、女の子には優しくしないと駄目よ?」
「はーい」
よく分からないけどお母さんがそう言うのだからそうなんだろう。
朝食も食べ終えて、学校へ行く時間になった。
学校はエーブラス内に十あり、どこも設備は同じみたいだ。初等科、中等科、高等科、の三つの学舎に別れていて、どこも同じ授業を受けるってお母さんは言っていた。
リビングの壁に飾ってある剣が目についた。そういえば物心ついた頃にはもうあったけど、あれなんだろう? お母さんが使うわけでもないみたいだし……。
「何してるのルイ? もう行くわよ」
「今行くよー」
ぼくが外に出るとネルが膨れっ面をしてた。
「お兄ちゃんおそーい!」
「ごめん、ごめん」
「準備できた? 行きましょう」
ぼくたちの家から三十分ほどのところに学校があり、そこまでお母さんが送ってくれる。魔導学園とはほぼ反対方向だから、送ってくれなくても大丈夫だよ、とお母さんに言ったことがあるが、ものすごく哀しそうな顔をしたのでもう言わないと決めた……。
家を出て十分ほどのところに白い教会がある。ぼくたちは一度も中に入ったことがないけどね。
白の女神という神を唯一絶対のものと考えている宗教、白聖教の教会だ。グラシアム公国の教皇が預言者の役割をもっているってお母さんは言っていた。
「あら、ルイちゃん、ネルちゃん、おはよう。ユウちゃんもいつも大変ねぇ」
「おはようございます」
「おばちゃん、おはよー」
「おはようございます。子どもたちを送るのは、好きでやってることですので……」
この人は学校へ向かう道の途中にある宿屋の女将さんだ。いつも朝ここで挨拶してくれる。
「気を付けてね」
『はーい!』
「では、失礼します」
その後も何人かの人に挨拶をしているうちに、学校についた。
「じゃあねー!」
ネルは早速教室に駆け出していった。
「いってきます」
「いってらっしゃい……、ちょっと待って」
ぼくがネルを追って教室へ向かおうとしたところ、お母さんに呼び止められた。
「帰ったら買い物しておいてくれない?」
お母さんが仕事て忙しいときは、ぼくとネルが買い物をすることがある。今日もそうなのだろう。
「帰りは遅いの?」
「夕食はそのまま食べられると思うから、先に食べて寝ちゃっていいよ」
「うん」
お母さんはそれだけ言うと学園の方へ行ってしまった。
ぼくが教室へ行くと、一人の男の子が駆け寄ってきた。
「よう、休日は何してた?」
クラスのほとんどの人が話しかけてこないぼくに、気軽に話しかけてくる唯一の人物。
「家族でピクニックかな。ラルクは?」
彼はラルク・フォルゲン。比較的新しく貴族になったフォルゲン子爵家の長男だ。
「おれは家で武術の訓練だよ」
「いつも通り剣術?」
「ああ」
「ぼくは剣なんて使えないからなぁ。ラルクはすごいね」
「お前なぁ……」
ラルクがため息を吐いたとき、一限目の授業の鐘がなった。
初等科の授業は読み書きと算術、それに運動だ。中等科からは歴史と一般教養が、高等科から基礎的な魔法の学習が増えるとの話だ。
授業の合間にネルの方を見る。ぼくらは同じ教室で学んでいるのだ。ネルは何人かの女の子たちと一緒にいた。男子はあまりぼくたちに関わろうとしないが、女子はネルには積極的に話しかけているようだ。ネルは誰とでも仲良くなれる才能を持っているとぼくは思う。ちなみにぼくがその女の子たちに試しに話しかけてみたら、逃げられた……。何故……?
正午、授業が終わったのでぼくとネルは学校の敷地内に何本か立っている大きな木の下でお弁当を食べることにした。ラルクも一緒だ。ネルが喜ぶと思ってネルのお友だち誘ったが、断られてしまった。そんなにぼく嫌われてるのかな?
学校には学食があるが、お母さんは間に合わないとき以外は必ず弁当を作ってくれる。忙しかったら学食でもいいよ? と言ったら涙目になったのでもう言わないことに決めた……って、お母さんメンタル弱すぎだよ……。
「お腹空いたー」
「そうだね、食べよっか」
木の下に座り込み、お弁当を開く。
「お前らの弁当、いつ見ても美味そうだな」
ラルクがぼくらの弁当を見るなりそう言った。
「あげないよー!」
「分かってるよ」
ラルクはネルとも仲がいい。三人で話しながら昼食をとっていると、突然上から声がかけられた。
「誰かと思えば平民どもに新参者じゃないか」
嫌なヤツが来た……。面倒だなぁ。トウヤ兄じゃないけどそんなこと思ってしまう。そこには三人の男子が立っていた。
「ジェス先輩、用がないなら帰ってくれませんか」
ラルクが冷たい声で言った。……ラルク、不機嫌そうだ。
ジェス・タドニア。初等科三年、タドニア男爵家の長男。高等科にいるウェールド伯爵家の長男とは親戚らしい。表面上は身分による差別を禁じている学校で偉そうにしているのも、伯爵家の力が大きいとラルクが以前教えてくれた。
この都市に、こんなに貴族の子弟がいるのは、魔導学園があるというのが主な理由だとお母さんは言っていた。
「調子に乗るなよ、少し国王に気に入られたくらいの家が……」
「なら落ち目の家も調子に乗らないでください」
「っ! 貴様、いい加減にしろよ」
「その台詞、そっくりそのまま返しますよ」
「ラルク、落ち着いて」
このままにしているとマズイと思ったのでラルクを止めることにする。相手は取り巻き二人もいる。体格差もあるから暴力は避けたい。ぼくがラルクを止めるのを見てジェスが暗く笑う。
はぁ……どうしてこうなったんだろう?
それは初等科二年になって数日経った日のことだった。
教室で周りの人たちとどうやったら仲良くなれるか、と考えていたとき、教室の入り口から一人の男子が取り巻きを入り口に待たせて入ってきた。
「おい、そこの」
ソイツが呼んだのはネルだった。
「わたし? 何か用ですか?」
ネルが答えるとソイツは言った。
「お前、俺の家に来い、我が男爵家の一員として迎え入れてやろうといってるのだ」
何言ってんだコイツ? ネルを男爵家に? つまりコイツがネルに告白したってことでいいのかな? 馬鹿だなぁ、お母さんに知られたら殺されちゃうのに……。
「えっと……」
「俺の婚約者となる権利をくれてやろうと言ってるんだ」
「え、いらない」
本当に困っているようなネルがそう言うと、ソイツは拳を振り上げた。さすがにそれを許すわけにはいかないよね? お母さんにネルをよろしくねって言われてるからね。
「このっ!」
その拳がネルに当たる前に前に飛び出していって、ソイツの胸ぐらを掴んで放り投げる。間に合ってよかった。
「お前らっ! 顔は覚えたからな、俺に恥をかかせたことを後悔させてやる……」
ソイツは顔を真っ赤にしながら捨て台詞を吐いて教室から出ていった。
もちろんソイツがジェス・タドニアだった。
「お前も学食にいくお金もないのか? そんな弁当なんて」
そんな声がぼくを回想から呼び戻す。
「そんな弁当? ぼくのお母さんの料理は最高ですよ」
「そうだよ、おかあさんの料理は美味しいんだから」
不愉快なことを言わないで欲しいな……。
「フン、平民の貧しい舌と違って俺はグルメだからな。そんな料理に大した価値なんて無いだろうよ」
ジェスが取り巻きの一人に目配せするのが見えた。直後その取り巻きAはぼくの目の前にあった弁当を踏みつけてきた。
その瞬間、何かが切れる音がした。
「何するの!」
「悪いな、ちょっと足がよろ――」
ネルの抗議に対してにやけながら答えていた取り巻きAは、全部言い終わらないうちに吹き飛んだ。まあ、ぼくがやったんだけどね。そのままグラウンドの方に歩いてから、ジェスたちに振り向いて言った。
「覚悟はいい? 仕掛けてきたのはそっちだもんね、いいに決まってるよね? ぼく自身に暴言、暴力はまだ我慢できたよ。けどね、こんなことされてまでぼくが怒らないと思うなよ」
妙に頭がスッキリしている。ぼくは大分怒っているはずだけど、わりと冷静に周りが見えている。でも、とりあえずこいつらは、ぶち殺し確定だね。
「ふん、貴族である俺への態度がなっていないな。……流石捨てられただけのことはある」
はぁ?
「何を言っているのかな?」
「知っているぞ、お前の家、父親がいないんだろう? どうせお前の母親が捨てられたんだろうよっ!」
落ち着いてる、と言ったけど訂正。そんな暴言聞いて落ち着いてられるわけがない。ネルを見ると今にも飛び出していきそうなのをラルクが止めている。
「お、おい、ルイ、落ち着けって」
「何だいラルク? ぼくは落ち着いてるよ」
「……まったく、駄目っぽいな、これは」
ジェスはにやけ面で立っていた。
「ぼくたちのお母さんが捨てられた? 何馬鹿言ってんの? 寝言は寝て言えよ、クズ」
ぼくが挑発すると、ジェスは顔を真っ赤にして叫んだ。
「俺は魔法を既にいくつか使えるんだ、お前が勝てるわけない!」
貴族の子弟は専門の家庭教師を雇って、武術や魔法の訓練、読み書きに算術など教えられると聞いたことがある。おそらく少しは魔法も使えるのだろう。
「くらえ! 【火炎弾】」
火の玉がぼくに飛んでくる。でも遅い、遅すぎる。シキ姉ちゃんに比べると全然大したことない。
「それで?」
「うるさい!」
ジェスに向かおうとしたとき、後ろからくる気配を感じて右側に身を翻すと取り巻きBがいた。……すっかり忘れていたよ。
「こいつ!」
取り巻きBが突き出してきた拳を受け止めて、捻り上げる。突き飛ばしてそのまま蹴ったら動かなくなった。
「よくもやりやがったな!」
取り巻きAが復活したらしく、馬鹿みたいに真っ正面から突っ込んでくる。腕を掴み、相手の勢いを利用して地面に叩きつける。息が詰まったみたい。軟弱だね。
「何なんだよ、お前っ! 平民のくせに!」
ジェスがわめきながら火の玉を乱射してくるけど、どれもこれもやっぱり遅すぎる。全部避けて接近し、ジェスの顔面めがけて右腕を振り抜く。
「ふざけるなよ、俺が、平民――ブヘッ!」
何か言おうとしてたみたいだけど、まあいっか。
「やっぱりお前は強いわ」
ポンッとラルクに肩を叩かれる。
「ぼくはそんなに強くないよ」
「いや、何で魔法を避けるだけじゃなく、後ろからの攻撃躱せるんだよ。アイツも貴族だからそれなりには訓練してるんだぜ?」
「お母さんに少し教えてもらっただけだよ」
全ての基本となる魔法、【身体強化】【魔力伝導】【魔力感知】の三つは、お母さんに教えてもらっている。これは本来なら高等科で習うものだけど、お母さんがこれくらいできるよねって言って教えてくれた。おかげでぼくもネルもこの三つがすでに使える。それに加えてぼくには体術を二年間ほど教えてくれている。
「まあ、怪我しなくて良かったな」
「でもお兄ちゃんのお弁当が……」
「ぼくは一食くらい抜いても平気だよ」
「うーん、そうだ、お兄ちゃん一緒に食べよ?」
「ネルの分が少なくなっちゃうよ? いいの?」
「うん!」
こうしてぼくはネルのお弁当を少し分けてもらいながら昼の時間を過ごした。
「そういえば何でルイたちはあんなのに嫌がらせされてたんだ?」
「えっ、知らなかったの?」
「お兄ちゃん、ラルクはあの日休んでたよ?」
そうだったんだ、知らなかったよ。
「実はね――」
簡単に今回の原因となったであろう出来事をラルクに話す。
「へぇ、そんなことあったのか」
「しつこくて困ってたんだけど、これでやめてくれるといいな」
「まあ、しばらくは気をつけておけよ」
「でも……クククッ」
「何だよ? いきなり笑いだして」
ラルクが笑いながら言った。
「アイツ無様だなって思ってさ」
「ネルに告白とかあり得ないよな」
「むぅ、お兄ちゃん、わたしがかわいくないって意味?」
「ネルはかわいいと思うぞ、なあルイ」
ラルクが同意を求めてくるけど、よくわからないや。どうなんだろう……?
「まあ、可愛いんじゃない?」
「適当すぎだよ!」
「ルイ……」
ラルク、君は何故そんな目で見つめてくるの?
「たっだいまー」
「ただいま」
学校も終わり、ぼくたちは家に帰ってきた。そういえばお母さんに頼まれごとしていたっけ。
「ネルー、ぼく今から買い物いくけどどうする?」
「もちろんいっしょに行くー!」
こうして近所の八百屋にいくことになった。
◇ ◇ ◇
王国では、価値が低い順に、鉄貨、小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨の七種類の貨幣が使われている。小銅貨は鉄貨の十倍の価値をもつ、といったように一つ高級な貨幣に変わると一つ桁が上がる。
◇ ◇ ◇
「はい、どうぞ」
「ありがとー!」
ネルが屋台からこちらへ駆けてくる。
「はい、お兄ちゃんのだよ!」
「ありがとう」
ネルが買ったのは串焼き肉だ。十五センチ前後の串に、肉が三個ほどついている。ちなみにお値段銅貨一枚! お昼ご飯が少なかったからお腹が空いていたところに見つけちゃったから仕方ないよね!
「帰ろうか」
「うん!」
ぼくたちは買い物を終えて帰る途中だった。ぼくの手には野菜の入った布袋が提げられている。
ぼくたちは学校のことを話ながら家に帰った。
その夜、お母さんが作っておいたらしいオムライスを食べた。これは使い捨ての保存術式(お値段なんと銀貨一枚!)を使用しておいたみたい。……うん、美味しい! やっぱりぼくの母さんの料理はイイね!
こうしてぼくの平凡な一日は過ぎていく。大変なこともあるけど、今ぼくは幸せです。




