魔導師失踪事件 その一
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すでに日は落ち、第三魔導学園の周辺はすっかり暗くなっていた。
魔力灯が照らす学園の一室ではクリーム色の髪をした小柄な少女が浮かない顔で、ある紙を見つめていた。
「はぁ……」
思わずため息をついてしまうが、それも仕方がないことだろう。
「ヒノ様、少しお休みになっては?」
「いや、他の皆も休みなく調べてくれてますからね。ボクだけが休むわけにもいかねーですよ」
今日は休日だというのに、風紀委員会は全員がエーブラスの街を走り回っている。彼らは昨日も朝から同じようなことをしていたために疲れが溜まっていたが、誰一人として文句を言わず行動していた。
「では紅茶でもどうですか?」
風紀委員会副委員長であるミヅキが風紀委員会委員長のヒノにそう尋ねると、ヒノは少しの間考えて言った。
「ミルクティーで頼みますよ。かなり甘くしてもらいてーです」
「了解しました」
ほどなくしてヒノの前にカップが置かれる。ヒノは紙を一度机に置いてカップを手に取り一口飲んだ後、再度深いため息をついた。
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、美味しいですから心配しねーでください」
ミヅキもヒノがため息を何度もつきたくなる気持ちは分かる。つい先日魔物の大群を撃退したかと思えばさらなる厄介事が舞い込んできた。これで憂鬱にならないわけがないのである。
「ため息をつくと幸せが逃げると言いますよ?」
「それならボクの幸せはもうとっくにマイナスですよ。……さあ、もう一頑張りするとしましょーか」
「了解です」
ヒノは現在エーブラス各地を駆け回っている風紀委員たちからもたらされる情報をミヅキと共に整理していた。元々ヒノは外見が子どもというだけであり、頭の回転の早さは学園でもトップクラスである。情報の取捨選択、それらの統合という作業はヒノに適任であった。
「しかしここまでして有力な情報が無いとは……」
「みんなも頑張ってくれているんでしょーけどね」
エーブラスは王国でも王都についで大きな街である。というのもエーブラスは、他国から街道を通って王国へと入る際にほぼ必ず通ることになるような場所に作られているため、現在では王国における交易の中心的扱いを受けているからだ。ちなみに海路もあるにはあるが水棲魔物も多いため、あまり多用はされない。
「さて、どうしましょーかね」
「どうやら来たようですよ」
部屋の出入り口を見てミヅキがそう言うと同時に、扉が開き一人の少女が入ってくる。
「失礼します」
「どうだった?」
ヒノが手元の紙から目を離して少女に向き直る。
「騎士団もまだ何も掴めていないそうです」
予想はしていたが実際に報告を聞くと、とてつもない徒労感に襲われる。
「ヒノ様、やはりこれ以上は……」
「そうですね……。分かった、みんなに今日はもう休むように連絡をしてくれるかな?」
ミヅキの言う通りこれ以上やっても変わらないだろうと判断したヒノは少女に告げた。それを聞いて少女は返事をすると共に一礼をして足早に去っていった。
「キミもゆっくり休むといいよ……って行っちゃったかな」
ヒノは何度目かもわからないため息をついて机の上に散らばった数枚の紙を一纏めにして置いておく。
「手がかり一つなし、ですか……。やはりこれも?」
「おそらくは、ね。どっちにしても情報が少なすぎですから、今考えてもどうにもならねーですよ。とりあえず今は休むとしましょーか……。ミヅキ、行きますよ」
「了解しました」
「まったく、次から次へと面倒事とは……呪われてるんじゃねーんですか?」
ヒノは苦々しく言うとミヅキを連れて部屋から出ていった。
明かりが消されて誰一人としていなくなった部屋に残されていた紙、その一番上にはこう書かれていた。
『学園生失踪事件』
◇ ◇ ◇
話は数日前に遡る。
「美味しーいっ!」
歓喜の声をあげたシキを入れて五人の少女たちが、生徒会室にて至福のひとときを過ごしていた。おそらく風紀委員会室のほうでも同じような光景が見られるだろう。
「確かにこれは美味しいわね」
「ええ、人気が出るのも頷けますわ」
生徒会役員たちの手にはエーブラスのとある有名洋菓子店のプリンである。そのプリンは名門貴族のお嬢様と大商人の娘の舌を唸らせるだけの味がある。
「でもいいんですか? これ、高かったですよね?」
少し心配そうな表情でハルカは悠を見る。だてに有名店の一番人気というわけではなく、彼女たちの食べてるプリンはそれなりのお値段がするのだ。どちらかというと貧しいほうであったハルカは、その金銭感覚的に高級品には気後れしてしまっている。お金持ちの多い魔導学園において珍しく正常な金銭感覚の持ち主なだけのことはある。
「気にしないで大丈夫よ。約束だったからね」
生徒会役員、風紀委員会の二人組、学園の便利屋(奴隷ともいう)、そして儂も食べたいと駄々をこねまくった学園長とそこそこ大人数に買ってきたが悠の財布にはほとんどダメージはない。魔導学園に勤めているだけあってその収入はかなりのものであるし、悠は収入のほとんどは貯金しておくのだから悠はお金には困っていないのである。
「そういえばまた起きたみたいやね」
プリンをスプーンですくう手を止めて、アキホがリョウカに話しかけた。
「アキホ、言葉遣いがまた戻ってますよ?」
「もうええよ、ここで取り繕う必要がなくなったし。ハルカももう気づいているだろうしな」
心の中で皆が「え? なにそのこの前までは上手く隠せていた的な言い方は?」と驚いているところでリョウカが言った。
「えっ? 今ごろバレてるって気づいたのですか?」
(そんな言いにくいことをはっきり言うなんて……、恐ろしい子!)
などと悠が思っているとアキホが話を続ける。
「今度はギルド所属、Bランク魔導師みたいや……。また女性みたいやね」
「例の連続失踪事件のこと? この前は保有魔力量の高い貴族の娘だっけ?」
「ええ、そしてその前はギルドに所属してないはぐれ魔導師でしたわ」
ここ一月ほど、エーブラスでは保有魔力量の高い女性が失踪するという事件が起こっていた。
「絶対これ人為的に起こされているわよね?」
「そうとも限りませんわよトウワ先輩。もしかしたら未発見の新しい病気かもしれませんし、自然発生的に転移門が開いたのかもしれませんわ」
それを聞いてトウワがいつもの笑みを少し崩し、やや呆れた顔をする。
「……リョウちゃん、あなたそれ自分で言っておいて信じてないでしょ?」
「ええ」
「あんまり適当いうとアキちゃんが信じちゃうわよ」
満面の笑みを浮かべて肯定するリョウカにアキホが詰め寄る。
「適当だったんかい! リョウカすごいって感心したウチがアホみたいや!」
やれやれといった顔でリョウカはアキホに告げた。
「みたい、ではなくアホそのものなのですわ。ついでにおっちょこちょいで天然が少々ですわね」
「……何で今日のリョウカ、そんなに酷いの? もう少し優しくても……」
「いつもと同じですわよ?」
「嘘だ!」
少し涙目で待遇の改善を申し出るアキホに笑顔で断るリョウカ。
「アキちゃん、話戻していい?」
トウワが脱線していた話を戻す。アキホはリョウカを睨み付けてから話し始めた。
「……それで、おそらく街の外に人攫いの集団でもいるのだろうってことになったみたいで、騎士団を派遣して調査するみたいや」
「何で街の外ってことになったんですか?」
「この街から街道沿いに進んだところに放棄された砦があるんよ。最近そこら辺で商隊も襲われたそうやし」
「何人くらい派遣するの?」
「それがなんと、『甲冑持ち』の騎士も一人入れて二百人らしいんよ」
「そんなにですか!?」
ハルカが驚きの声をあげる。エーブラスにいる騎士は前回のエーブラス防衛戦以降千人にまで増えていた、その二割もの戦力を投入することに驚いていた。
◇ ◇ ◇
甲冑持ちとは、騎士の中でも上位に位置する実力の持ち主たちに与えられる呼び名であり、彼らはそれぞれに専用の『魔導甲冑』を所持している。なお王国には百人ほどの甲冑持ちがいる。
魔導甲冑とは、魔力を流すことで通常の身体強化よりも遥かに強力な身体強化がかかり、より火力の高い魔法や強力な魔導兵器を用いることができるようになるものだ。魔力の消費量が大きいので長期戦にはあまり向かないが、それひとつで戦局を左右できるほどのものである。また生産コストが高く、維持費も馬鹿にならないため騎士全員には行き渡らないのが現状である。そのため一部の実力者に合わせた専用のものが与えられている。大陸のどこの国でも使われており、それぞれの国で独自に発展した技術を用いて作られている。
◇ ◇ ◇
「ミツルギ先生、どう思いますか?」
トウワが急に悠に話を振ってきた。見るとアキホ、リョウカ、ハルカも期待に満ちた眼差しで見つめてくる。なおシキはお昼寝中だった。
「何かしら?」
「騎士団はギルドのランクでいうと最低Cランクですよ。これだけの人数は過剰だと思うんですけど……」
ギルドのランクの判定では同ランクの者を十人集めると一つ上のランク一人分となる。ちなみに甲冑持ちはAランクといったところだろうか。
「確かに甲冑持ちまでも出してくるなんてね……。エーブラスに今いる甲冑持ちは十人だったかしら?」
「そのはずですわ」
悠の確認にリョウカが頷く。
「相手側が砦をある程度修理して使っていたら厄介なことになるでしょう? 相手の人数も不確定だもの慎重にもなるでしょうね」
「そんなものですか?」
「そんなものよハルちゃん。その戦力なら大した被害もなく任務を済ませそうね」
トウワの言葉に「そうですわね」とリョウカが同意する。
そんな話をしている隣で眠っているシキが「そんなにプリン食べられないよー」と言っていたのは、かなりどうでもいいことであったので役員たちはスルーしていた。
(保有魔力量の多い少女ですか……。あの娘、気を付けたほうがいいですね。騎士団も優秀ですのでこの事件もすぐに片付くはずだとは思いますが……)
悠はこれからの予定を頭の中で組み立てると、自分の持っていたプリンの最後の一口分を口に運んだ。




