魔術特別棟にて
昨日の宣言通り、悠は生徒会役員を連れて魔術特別棟にやって来ていた。
「まだ入らないんですか?」
「少し待ってて……っと、どうやら来たようね」
悠の向いた方向を見るとクリーム色の髪の少女が走ってきた。
「どうやら待たせたよーですね、申し訳ねーです」
第三魔導学園風紀委員長ヒノ・シアールは愛用の大鎌を携えて現れた。
「もう入っていいよね?」
「ええ、行きましょうか」
そしてシキが入り口の扉を開けて中へと入っていった。続いてその場にいた全員が特術棟へと入る。
「セルフィア、来たわよ」
悠がそう言うと悠の背後から声が上がった。
「フッフッフ、もうすでに気づいているのだよ! 私がユウちゃんに気づかないと思ったか!」
飛びかかってくるセルフィアの腕を反射的にとり、そのまま床に叩きつける。特術棟に大きな音が響いた。
「あ、ごめんなさい」
「問題……ないわ……」
頭をさすりながらセルフィアが起き上がる。親指をたてて大丈夫とアピールするが悠はそれを完璧に無視する。自業自得である。
「さて今回来てもらったのは他でもない、縮小術式がとりあえず完成したのよ! あなたたちにはその実験台となってもらうから」
立ち上がりつつ言ったセルフィアの言葉に、そこにいた五人は待ってましたとばかりに武器を取り出す。一人だけ武器を取り出していないのはアキホだ。
先ほど入り口で悠に、無理して付き合わなくてもよかったのよ、と言われたアキホが慌てて言うことには、
「べ、べつにウチは特術棟の研究を見にきただけや。一人だけ仲間外れが嫌とかそんなんじゃないんよ……」
ということだった。見事に言葉遣いが素に戻っているアキホを暖かい目で見る役員たちがいたとか。
なぜアキホの武器には縮小術式を組み込めないかというと、生徒会の中でアキホだけが武器の役割が違うからである。他のメンバーの武器は発現媒体となるものであるが、アキホのそれは発動素体となるものである。
◇ ◇ ◇
属性魔法には属性以外にもう一つの分類がある。それは虚無魔法と実有魔法である。
虚無魔法とは、何もない空間に魔力を用いて現象を起こすことを指す。例えばシキの使う【焔翼】、リョウカの毒魔法などはそれに含まれる。
実有魔法とは、すでに存在するものに魔力を通して操作することだ。こちらはミヅキが武器の形を変化させた【形状変化】や、アキホが足止めのときに行った周辺の樹木への干渉などが挙げられる。
大きな特徴としては、虚無魔法は実有魔法に比べて素早く発現できるが、実有魔法よりも多くの魔力を必要とするということだ。
虚無魔法を使う際、もしくは実有魔法の使用時の補助装備となるものを発現媒体と呼び、魔力を貯める性質をもつ魔石が埋め込まれている。一方で、実有魔法によって操作されるものを発動素体といい、実有魔法をメインで使用する魔導師は大抵一つは身に付けている。
◇ ◇ ◇
セルフィア曰く、縮小術式は発動素体となる武器に組み込むのは現状難しいということだった。アキホの武器は発現媒体であり、発動素体でもあるので、当然無理だ。そんなわけで今回はシキ、トウワ、リョウカ、ハルカ、ヒノの五人がそれぞれの武器に術式を組み込むことになっていた。
「じゃあ少し預からせてもらうわ。どの武器にも術式が仕込まれていないみたいね。縮小術式と変形術式を組み込むだけだし、そんなに時間はかからないはずだから」
そう言うとセルフィアはその場で作業を始めた。セルフィアが自身の部屋以外で作業するのはほとんどないことで、この棟にいる研究者(変人)たちも物珍しそうに見ている。
「さて、しばらく時間が空いたけどどうする?」
「ここには普段滅多に訪れることがありませんから、少し見て回りたいですわ」
「リョウカに賛成だよー、それでいこー!」
それから二時間ほどかけていくつかの研究室を回った。ほとんどの術式が何故そんなもの作った……というようなものばかりだったが、役員たちとヒノは特術棟だから仕方がないと諦めていた。シキだけはそれらの術式を使いたがっていたが、トウワたちに全力で阻止されていた。
「むぅー、どうして止めるの!」
「むしろ何でシキちゃんは使いたがるの?」
「え、面白そうだもん」
『……』
コップ一杯分の海水または真水がランダムで出るという術式に魔力を込めながら真顔で答えるシキに役員たちは呆れ顔だった。
さらにシキがもっと遊びたいと駄々をこねたとき、悠がやって来て武器の完成を告げた。
全員が一階に着いたとき、布のかけられた台の前にセルフィアが立っていた。
「いやー、他の生徒たちが手伝ってくれたから予想より早く終わったわ」
セルフィアはそう言って髪をかきあげる。
「早く見せてー!」
待ちきれなくなって催促するシキ。他のメンバーも皆期待に満ちた表情をしていた。
「見て驚くがいい! これだっ!」
セルフィアが布を掴み、勢いよく捲る。その下には見た目がすっかり変わったシキたちの武器があった。
「これがボクのですね」
ヒノが手に取ったのは指輪と二枚のカードだ。
「早速試してみても?」
「もちろん!」
セルフィアが満面の笑みを浮かべて頷く。それを見てヒノはまず二枚のカードに魔力を流す。
「予想以上ですね……」
ヒノの手には二本の鎖が握られていた。魔力の伝導性が以前のものより圧倒的に上がっているのが理解できる。
「では、こっちも期待してよさそーですね!」
鎖を再びカードに戻した後、ヒノは指輪を嵌めて魔力を流すと、次の瞬間手元には大鎌が出現していた。
「わたしも試させてもらうわ」
ヒノが術式を組み込んだ武器を使っているのを見て、トウワも自分の武器の待機形態に魔力を流し込む。
「これすごいわね!」
自身の手に持っていた鳥の形のブローチが杖へと変化したのを見て、トウワは感嘆の声をあげる。
「流石ですわ」
「オーキネス先生って優秀なんですね」
リョウカは両腕につけたブレスレットを鉄扇に、ハルカはリングを短剣に変えて、口々に称賛する。
「あまり誉めない方がいいわよ。セルフィアはすぐ調子に乗るから」
ハルカに向けてそう言い放つ悠、それを聞いたセルフィアは崩れ落ちた。
「私だって頑張ったのに……ユウちゃんひどい!」
「はいはい、よく頑張りましたー」
「適当だ!?」
悠は忘れていない、以前セルフィアの技術を素直に誉めた後に起こった惨劇を。まあ、セルフィアが悠に襲いかかって悠が血の海に沈めただけだが……。つまりいつも通りのことである。ただしいつもよりセルフィアの本気度が五割ほど増していた。悠は指導官として生徒たちの安全を守ったのだ。
「いや、私だって生徒にセクハラはしないからね!? ……多分」
「何で自信なさげなのよ……」
だんだんと自信を失っていくセルフィアに、もう駄目だコイツと思う悠。
「シキちゃん、さっきから黙っているけどどうかしたの?」
悠とセルフィアの喧騒をBGMにして、トウワは先程から微動だにしないシキに声をかける。
「えへへ~! トウワどう? カッコいいでしょ!」
シキが自慢気に両手を前に出してソレを見せる。どうやらシキは自分の相棒の新たなフォルムに感激していたようだった。ソレは闇のような黒色、ソレは多くの(とある病に罹患している)人々を魅了するような優れたフォルム、しかしソレに魅了されたものはいつの日か後悔することになるだろう、そんなアイテム。そう、シキの武器である籠手、その待機形態は漆黒の指ぬきグローブだったのだ。
「そ、そうね……」
そんな中二心をくすぐる至高のアイテムだが、残念なことにこの場でシキに共感するものは居なかった。
「それをしばらく使ってみて不具合があったら教えてね。よろしく~」
セルフィアはとりあえず問題なく作動したことを確認すると、自分の部屋へと戻っていった。
「そういうわけだから、今日はここで終わりにしましょう」
悠の言葉で解散となった。
◇ ◇ ◇
生徒会書記のリョウカ・アストリアです。わたくしたちは現在食堂にて夕食を食べているところです。
「なぜか分からないけど、これ見てるとロングコートが欲しくなる気がするー」
会長は自分の手元にある指ぬきグローブを見てそんなことを言い出しました。……なぜでしょう、絶対に止めといた方がいいと断言できますわ。
「でもすごいですよね、この術式だけで大陸中の国々に影響与えるレベルですよね」
「各国からある程度独立している魔導学園じゃなかったら、セルフィア先生の取り合いよ? というか昔そんな事件本当にあったし」
トウワ先輩の言葉にハルカは驚いているようですわね。
「それっていつ頃の話ですか?」
「確か三年前のコブリン襲来の事後処理の最中にどさくさに紛れて誘拐されかけたって話よ。わたしはセルフィア先生の実験を手伝っていたからセルフィア先生とは親しい方なのよ。それでそんな話を聞いたの」
隣からよく知った声がかかってきました。
「同席してもよろしいですか?」
「席が空いてねーんですよ」
もちろん風紀委員コンビです。わたくしは問題ありませんし、他の方々もそうでしょう。会長は……何か言っていますが放置でよろしいですわね。
「どうぞ」
わたくしたちが座っていた席の回りは何故かあまり人がいません。八人ほど座れる席ですのに。
「ミヅキ先輩は確か発動素体ですよね? 新しい術式すごい便利で羨ましいと思いませんか!?」
アキホがすごい勢いで再起動しました。先程まで静かだったのですが……まあ、こんな面白そうなもの一人だけ持てなかったらつまらないですものね。
「いえ、自分はナイフを全てその術式に変更してきましたから別に……。確かにこれは便利だと思いますけど」
「う、裏切られた……」
その言葉に崩れ落ちるアキホ。新しいものが好きで、子どもっぽいところは相変わらずですわね……。
「アキホ……」
「……」
「返事がない、ただの屍のようだ……」
「リョウカ、なんや? まだウチは死んでへんよ!?」
「一人だけ仲間外れだからといって、泣かないでください」
「泣いてるわけじゃないけど……」
「じゃあ泣いてください?」
「ウチ何されんの?」
「ドンマイですわ!」
「なにが!? 満面の笑み浮かべんといて! それとブレスレットに魔力流すの止めて!」
そんなにわたくしは笑顔でしょうか?
「いや可愛らしく小首かしげんでええよ……」
「可愛いだなんて、照れますわ」
「何でそこに反応するんや? はあ、もう疲れた……」
「確かにそのようですわね。言葉遣いを取り繕うことすらできないくらいに疲れているのですね。可哀想に……」
「一体誰のせい? 何でウチそんな同情の目で見られてるの?」
「いいえ、同情ではなく憐れみですわ。人気の商品を買う列に並んでいるわたくしが最後の一つを手に入れたときの、わたくしの一つ後ろに並んだ人へ向けるような憐れみですわ」
「例えが長いうえになかなか性格悪いこと言ってる!?」
アキホがぐったりとしてテーブルに体を預けるように倒れてしまいました。
「おお、アキホよ、死んでしまうとは情けない」
「だから別に死んでへんよ!?」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか会長たちがこっちを見てました。
「リョウカ先輩、ストレス溜まってます?」
ハルカから優しい言葉をいただきましたが……なぜでしょうか?
「ハルちゃん、いつからリョウカが穏やかで優しいだけの娘だと思っていた? まあ、リョウカが本気で相手を精神的に追い詰めようとしたら……これ以上は言えないわ」
「え、すごく気になるんですけど!?」
トウワ先輩が何か言っているようですが、よく聞こえないですわね。
今の生活は充実していて楽しいですから、明日からも頑張ります。




