庶務とレポートと毒魔法
「リョウカ先輩、毒魔法って何ですか?」
「いきなりですわね。どうしました?」
先日の事件も片付いて、すっかりいつもの日常が戻った生徒会室で、リョウカとハルカが会話をしていた。トウワは机の上に重なって置いてあるいくつかの本のうちから一冊手に取り、読み始めていた。トウワはかなりの読書好きで、読書をしている姿をよく学園内で見受けられる。どうでもいいが、その姿に見とれる男子生徒が多数いることを本人は知らない。
「属性魔法のレポート提出があるんですよ」
「そういえば第一学年のこの時期はそんなものがありましたわね」
「それでアタシは毒魔法にしたんです。授業で習った内容と合わせて調べた内容をまとめて提出ってことなんですけど、資料が余りなくて……。そもそも授業ほとんど触れなかったから、この機会に毒魔法について調べようと思ったんですけど……」
納得したように頷くリョウカは、手に持っていたティーカップを机の上に置くと、ハルカに尋ねた。
「そもそも毒魔法についてどこまで知っておりますの?」
「風属性と土属性による第二属性魔法で……後は第二属性魔法でも最も使い手が少ない、ですか? 確か瞬間の火力も発現の速度も遅く使い勝手が悪いとか聞きました。あっ……すいません、先輩も毒魔法でしたよね。別に毒魔法を使う人を馬鹿にしているわけではないんですよ……」
申し訳なさそうな顔をして謝るハルカに、別にそんなことは気にしないと言って笑って返すリョウカ。
「資料が少ない理由をまずは話すしますわ」
「はい」
「先ほどハルカが指摘した通りに使い手が少ないことで研究が進まない事が大きな理由ですわ。ですがもう一つ、問題があります。それは毒魔法の複雑さです」
「どういうことですか?」
ハルカが身を乗り出して聞く。
「毒魔法は効果によって四つに分類されているのはご存じですわね?」
「一応は……」
「ではとりあえず簡単に紹介させてもらいますわ」
あまり自信はないですけど、と言うハルカのためにリョウカは説明を始めた。
「なぜなに生徒会、はじまるよー! といったとこですね!」
なぜかハイテンションなハルカの言葉を聞いて、悠はリョウカの淹れた紅茶を落としそうになった。
(どこの機動戦艦ですか?)
謎のテンションのハルカに心の中で突っ込んでしまう悠。
因みにここにいるのはハルカ、リョウカ以外に悠とトウワである。シキとアキホはとある用件で、特術棟へ赴いているのだ。
「毒魔法は『壊』『溶』『灼』『異』に分けられていますの。『壊』とは、無生物に効果を及ぼし、その物体を破壊します。これだけですと分かりにくいですわね……、一通り説明したら実際に見せますわ」
「よろしくお願いしまーす!」
元気よく返事するハルカ。
「では続けますわ。『溶』、こちらは生物無生物関係なく効きますわね。分かると思いますが、物体を溶かしますわ。要は形あるものを液体にしてしまう魔法ですの」
「なにそれこわい」
「『灼』、これも生物無生物関係なしに効果があります。効果は物体から水分を奪い取る、と思ってください。今は大体の概要ですからあまり詳しくは言わないので、ご容赦を」
「はい」
「最後は『異』ですわね。これは生物にのみ効果がありますわ。麻痺、睡眠、肉体に直接ダメージを与える毒など、対象にする生物の状態に異常を引き起こす魔法ですの」
「確かに、効果を考えてみると無生物には効くわけ無いですね」
ハルカがポツリと呟いた。
「毒魔法、『毒』って割には毒物の魔法だけじゃないんですね」
「昔は効果毎に分けていたそうですの。ですがどれも元は同じですから、今ではまとめた結果こうなったのですわ」
「あまり研究されてないってわけでもなさそうですね。それで、その四つはどこで分けられているんですか?」
「毒魔法と一つにまとめているけど、昔は別々に考えられていたと申しましたわね。ほとんどの毒魔法使いはこれらの効果の一つか二つしか使えないのですわ」
「へぇ、それでですか」
ハルカはひとしきり納得して、ふとリョウカの方を見て恐る恐る質問をした。
「リョウカ先輩はいくつ使えるんです?」
「全部ですが」
「えっ?」
「破、溶、灼、異、すべて使えます」
「……」
ハルカは何も言えない。いや、二つくらいは簡単に使えるだろうとは思っていたが、全部と返ってくるとは思ってもいなかった。
「別にそこまですごくもありませんわ」
すると今まで読書をしていたトウワが言った。
「リョウちゃん、さらりと言うけど貴女くらいだからね、それ……。全属性魔法中最高難易度といわれる毒魔法には、天才的な魔力の精密操作が必須なのよ? その天才どもでも一つか二つなのに……」
「大抵の人は毒魔法なんて使えても積極的にはその才を伸ばそうとはしないのです。でもわたくしにはそれしかなかった、それだけですわ。それにミツルギ先生のあれに比べるとわたくしのはかなりインパクトが足りないと思っているのですけど……」
「あれに張り合うのは無理でしょ」
脱線しそうになった話を慌てて戻すハルカ。
「それよりも、ここまで分かっているのになぜこれを学園で教えないんですか?」
「ちょっとだけ面倒な話なのよ。ハルちゃんはリョウちゃんの実家知ってる?」
「ええ、アストリア商会といったら王国にが有りますが、さらに帝国や神皇国にも支店を出している大商会ですよね。その力は下手な貴族を超えているとかいう……」
「我がアストリア家は代々二属性、風・土の先天持ちの家系なのですわ。現在王国で明らかになっている毒魔法はほぼ全てアストリア家で研究されたものですの」
「それと情報公開とどんな関係が?」
憂鬱そうにため息を吐くトウワ。
「王国の一部の貴族、研究者がなかなかその理論を認めてくれなくてね……。ここ十年ほどそんな感じらしいわよ」
「えーっ! どうしてなんですか!」
「本業である研究者からみると、アストリア家はどう見えると思う?」
「うーん」
「今まで国から多くの予算を貰って研究してきて、商人に先に結果を出されるのは流石に不味いのよね。王国所属の研究者が無能って思われちゃうでしょ? 王国は仮にも大陸一の魔導国家だからね」
「そういうことですか! じゃあ貴族は……」
「気づいたみたいね、おそらくハルちゃんが考えている通りよ。反対派の貴族の考えは、ただでさえ大きな権力を持つアストリア家にこれ以上力を蓄えさせたくないってこと」
財力ですでに並みの貴族を圧倒しているだけでも厄介なのに、王国から直々に恩賞が与えられたらそれこそ一気に権力の中枢に貴族でもないただの商人が近づいてくる。それは一部の無駄にプライドの高い貴族たちに反感を持たせるには十分な内容であったし、力のない貴族からみれば嫉妬の対象でもあった。
「王国貴族の愚かさには呆れるわね」
トウワが肩をすくめてそう言った。
「庶民にはあまり分からない世界ですね」
「ハルカの出身は確か……」
「王国北部の辺境の農村ですよ。アタシは弟や妹の面倒をみて、畑を耕したり収穫を手伝ったりして過ごしていました。物々交換で村の人たちで助け合いながらのせいかつでした。だから利益だけを求めるって考え方があまり共感できないっていうか……」
「そこまで名誉と権力に執着するのは、いくら利益を追求する商人の家のわたくしでも理解不能ですわ」
「そいつらが例外なだけよ」
リョウカは立ち上がると手を打った。
「この話は終わりにしましょう。さあ、実際に毒魔法を見せて差し上げますわ。ミツルギ先生、演習場へ行ってもいいですか?」
「どうせ仕事ないからいいわよ」
「では、いってまいります」
「いってきます!」
「私も行きますね、シキちゃんたちが戻ったら二人を連れて先生もどうです?」
「そうね、私もいかせてもらうわ」
そう言うと三人は生徒会室を出ていった。
三人が去ってからしばらくして、扉を騒々しく開けてちびっこ生徒会長が入ってきた。
「せんせー、戻ったよー」
「どうだった?」
「私はオッケーだってー!」
「私は無理みたいでした……」
悠は何かを考えるように少しの間目を閉じていた。
「それなら明日にでもお願いしましょうか。シキ、アキホ、演習場に行きましょう。トウワたちならそこにいるわ」
「はーい!」
「うぅー、残念です……」
落胆しているアキホを励ましながら、悠たちは演習場へ向かった。
「リョウカ先輩、先輩はどうしてそれを発現媒体にしてるんですか? トウワ先輩の杖は一般的ですし、アキホ先輩も棒術を使うからってことだから納得いくんですけど……」
演習場にて一通り毒魔法を使ったリョウカにハルカからの問いが投げ掛けられる。
ハルカが疑問に思ったのはリョウカの武器だ。地球で見かけるような鉄扇ではなく、開閉自在にしてその大きさは五十センチほどのものである。戦闘で使うには色々と不便なものであろう。
「この大きさにも意味がありますの。わたくしが魔法を使うときに、効果範囲指定の補助をしておりますの」
「どういうことですか?」
「鉄扇の開いた角度で効果範囲を、座標指定は鉄扇を向けた場所といったように、簡単なイメージの補助に使いますわ」
「制御の難しい魔法だから、ですか?」
「ええ、一対一であればそんなことしなくてもよいのですが、乱戦になったときには周りを巻き込んでしまいますので……。別に巻き込んでもわたくしは構わないのですけど」
「冗談……ですよね?」
「……ええ」
「え、今の間は何ですか!?」
さらりと恐ろしいことをおっしゃる生徒会書記様に驚愕するハルカだった。
「ハルちゃんは私が治療するから問題ないわよ」
「巻き込まれること前提で話すのはやめてください!」
そこへ遅れて残りのメンバーがやって来た。
「やっほー!」
「……」
元気なシキと対照的に、未だテンションの低いアキホ。
心配して声をかけようとしたリョウカだったが、次の悠の言葉で事情を察した。
「明日はアキホ以外の役員は特術棟へ行くから。今日の生徒会はもう特にやることないから終わりにするわ」
こうして穏やかな一日が過ぎていく、そう誰もが思っていた。しかし事態は思いがけない急展開を迎える。
「ミツルギせんせー、私たちと模擬戦しよーよ!」
シキが発した一言に役員どもは凍りついた。そのときの役員の気持ちは一つだったろう。
(何で私『たち』って言っちゃったの!)
「では、軽くやりましょうか」
その言葉を聞いた演習場の生徒たちは役員たちに手を合わせて同じことを思っていた。
(『殺りましょう』ってことですね。生徒会の皆様、御愁傷様です)
生徒たちの抱く悠のイメージが酷いことになっているのは、些細なことだろう。
そうして時間まで、悠は生徒会役員たちと軽く模擬戦をして過ごした。あくまで悠基準で軽く、である。軽くとは思えない悠の動きに、多くの生徒が恐れを抱いたが、それに気づかないのは悠ばかりであった。




