とある先生と天才さん
読んでくださっている皆さま方に感謝を
五の月の終わりに起きた王種の進撃は、第二次要塞都市防衛戦と名付けられた。これは三年前の防衛戦と区別するためである。
それから一週間ほどたった今日、悠は第三魔導学園敷地内のとある建物の前にきていた。その建物とは、魔導理論学特別棟と呼ばれる場所だ。研究用の建物であり、学園の教師だけでなく、一部の学生もここを利用している。
(『特別棟』ですか……。あまり気が乗りませんね)
そう、『特別』という言葉が示すように、ここが特別であるのは訳がある。
だがいつまでも立ち止まっているわけにもいかない。悠は扉を開いた。
「鋼属性の魔法陣、何て綺麗なんだ……」
「ここの文字を置き換えて……ここは……そう、この角度だよ! 完璧だ……」
「この術式の曲線美、最高だぜ!」
「魔法陣を用いて発動させるときの魔力の流れが素晴らしい~!」
そして開いた扉を閉じた。この扉の向こうには、別の扉を開けた超越者たちがいた。一般人は理解できない……というか理解してはいけない領域だった。
通称『特術棟』。魔導工学特別棟と双璧をなす奇人変人の巣窟であった。
(どうしましょうか。皆さん目がどうかしてましたしね……)
しかし悠はこの建物の最上階、四階に用があった。とりあえず回りの人たちと目を合わせないことを最優先に、悠は建物内を移動していった。
階段を登って四階へ向かう。途中、奇声や嬌声を上げている生徒を見かけたが、視界の外においておく。決して見るのが怖いからではない、そう関わりたくないだけだ。ヤバイものには蓋をするのが最善手だ。
四階の一番奥に、一際立派な扉の部屋がある。その扉の前で悠は深呼吸をしてからノックした。
「御劔です、よろしいでしょうか?」
悠が言い終わると同時に勢いよく扉が開いた。
「ユーウーちゃーん!」
明るい栗毛色の髪がボサボサになっている、白衣を着た女性が悠に向かって飛びかかる。そのままその両手を無造作に悠の二つの膨らみへと伸ばしておもむろに触れた。
「癒されるわ~」
「はぁ……、いい加減にしなさい!」
容赦の無い悠の怒りの鉄槌が、その女性の頭を捉え、女性は扉の奥へと吹き飛んでいった。ついでに掛けていた眼鏡も吹き飛ぶ。
「イタッ! まったく昔はもっと頬を赤らめて恥ずかしげにしていたのに……」
「セルフィア、貴女が毎度毎度同じことをしてくるからでしょうが!」
両手で頭を押さえているセルフィアと呼ばれた女性が、薄緑色の目に涙を浮かべながら立ち上がった。背は悠よりも十センチほど高い。
「それでユウちゃん、今日は何の用かな? ついにお姉さんの嫁にでもなりにきた?」
「なりません! というか私は『悠ちゃん』何て呼ばれる年ではないのだけれど……」
「その見た目じゃ説得力ないよ? いったいどれ程の魔力もってるのかなぁ。お姉さん、気になっちゃう」
楽しげに言うセルフィアに、もう何を言っても無駄と悟る悠。
◇ ◇ ◇
魔力とは、その個人が持つ魂の強さである。魔力が多ければ多いほど魂が強いということになるため、魔力量の多さで人の寿命は決まる。また、魔力が多い者は年を取っても若い姿のままでいる者もいる。それは体内で、純粋魔力が肉体を最も理想的な状態に保とうとする力が作用するからだ。
◇ ◇ ◇
「まぁいいや、とりあえず中入ってよ」
セルフィアに促されて中へ入った悠は唖然としてしまった。
「……セルフィア、この部屋の惨状はどういうこと?」
「いやぁ、気づいたらなってた? みたいな感じなわけよ」
入ったはいいものの、座る場所がないほど散らかされている部屋。セルフィアは周辺に散らかっている物から椅子を引っ張り出して、悠に勧めた。
「まったく、一週間ちょっとでどうしてここまで汚なくできるのか不思議ね。目の下に隈ができてるわ、寝てないでしょ? きちんとご飯食べてる? 」
次から次へと紡がれる小言に、セルフィアは惚けたように返す。
「毎日一時間くらい寝てるわよ~。ご飯は……最後に食べたのいつだっけ?」
「私に聞かれても困るわよ……」
悠はそう言うと、セルフィアの腕を掴んだ。
「おっと、積極的だね?」
「とりあえずご飯を食べに行きましょうか」
「デートのお誘いかな? お姉さん大歓迎よ?」
「もうそれでいいですよ……」
学園の食堂で、五人分ほどの料理をテーブルに並べている二人の女性がいた。とはいっても、料理を食べているのは一人だけだが……。
「そんなにたくさんよく入るわね……」
「うーん食い溜め的な?」
呆れたように言う悠に、平然と返すのはセルフィア。
「そのままでいいから、用件を言うわね」
「オッケーよ」
「貴女にはあの『縮小術式』の完成をさせて欲しいのよ」
「えーっ! あれは無理よ」
『縮小術式』とは、ヒノの鎖やミヅキのナイフに使われている術式である。待機形態にしておけば場所をとらずに保管でき、携行にも適している。しかし、現在のそれは不完全なものである。術式を用いたアイテムは起動させた後の強度や魔力伝導性が劣悪であり、ミヅキのように鋼属性を持つものが辛うじて魔力を込められる程度にしかならない。これは術式が不安定なためである。
「空間系の術式は現在では不可能と言われていたのに、それを不完全とはいえ造った人が何言ってるのよ」
この生活力皆無の変態はセルフィア・オーキネス。長距離通信用術式や、複合三重術式―――普通の術式は一つにつき一つの効果しか持たない―――などをこの若さにして創り出した天才魔導師。王国、いや大陸一の術式専門家である。
「これだけはホント無理だから!」
「ファイト!」
「可愛い応援だけど、そんなこと言われてもダメよ」
そんな彼女がギブアップを宣言するほど、空間系術式は複雑きわまりないものである。神遺物である【転移門】が代表するように、過去には幾つかの空間系術式があったが、ほぼ全てが失われてしまっていた。
「……本当に?」
身長差的に下から覗き込むようにしてセルフィアを見る悠。悠は上目遣い(無意識)をった。 こうかはばつぐんだ!
「うぅー……サンプルさえあればもしかしたら……」
「サンプル……、それなら食べ終わってから少し付き合ってくださいね」
「おぉー、告白かい?」
「怒りますよ?」
「何か当てがあるの?」
慌てて話題を変えたセルフィアに、何も言わずただ笑顔で返す悠であった。
ここは特術棟のセルフィアの部屋。二人は食堂を出てすぐここに戻ってきた。
「ここに何かあるのかな? 私の部屋だよ?」
「正確には貴女の部屋ではなく、貴女に割り当てられた研究室。何でここで寝泊まりしてるのよ。ちゃんと部屋があるでしょ?」
「そ、それよりも何を見せてくれるのかな?」
セルフィア再び小言が始まった悠をなんとか止めた。追及から逃げたとも言うが。
悠は首からネックレスを外し、軽く投げ上げた。
「おいで、【アスカロン】」
悠の放った銀十字のネックレスがたちまち巨大な剣に変わった。地面に落とさないように片手で掴む悠。その様子を見たセルフィアは……フリーズした。
「……」
「これなんだけど……ってセルフィア!? いきなり固まってどうしたの?」
ようやく事態を認識したセルフィアが復帰したのはそれから数分後だった。
「ユウちゃん、これどこから持ってきたの?」
「私のだけど、それが?」
「えっ! ……事情は聞かないけど、これいいわよね?」
「大事に取り扱ってよ」
「ラジャー!」
復帰したセルフィアは文字通り目を輝かせてアスカロンに飛びついた。最高の研究対象にご満悦の様子だ。
「これ縮小術式じゃない!? しかも完璧に仕上がってる!」
満面の笑み、というか気持ち悪い笑みを浮かべてアスカロンをあらゆる角度から眺めるセルフィア。悠は少し、いやかなり引いていた。
セルフィアの先天固有魔法【解析者】は、魔力の流れを詳細に見ることができ、術式を読み取ることすらできる。
魔眼を使用しているため、瞳の色が濃くなっているセルフィアは、真剣な表情で剣を見つめる。
「どう……かな?」
悠は無言になったセルフィアに恐る恐る話しかける。
「製作者は誰? 会える? 」
「無理かな……」
「そっかぁー、この術式創った人マジで天才ね」
セルフィアは感心したように何度も頷き、ひとしきり眺めた後、悠に言った。
「これしばらく借りて解析したいんだけど……」
「どのくらいかかりそう?」
「一週間ほどでいいや」
「無理しないでね?」
「前向きに検討するよ」
どこかの政治家のようにとりあえず言っておくセルフィアだった。
「じゃあ私は仕事あるから」
「頑張ってね~」
悠が部屋から出ていったところでセルフィアはポツリと呟く。
「とんでもないものを大したことないように置いてっちゃうなんてね……。信頼されてるって思っちゃっていいのかな?」
◇ ◇ ◇
遡ること数日前、悠はキョウに先日の事件における王国上層部の対応の報告がしたいと言われて学園長室に訪れていた。因みに学園長室は学園の丁度真ん中にある教員棟の最上階にある。他には東側は演習場と自治組織棟、西側は寮、北側は研究棟で、南側は授業棟となっている。
「王国上層部はまだ戦力の補充は必要ないとか言っておったから、少し脅かしてきてやったわ。『次も儂が動くと思ったら大間違いじゃぞ? 儂はお前たちの部下じゃない』と言ってな。少し魔力を放出したらビビっておったぞ」
「何してるんですか……」
キョウの言葉にため息をつく悠。しかし悠の情報を隠すためにキョウが手を回していることもあり、ストレスも溜まるのだろう。
「それにしてもまた誤魔化すのに苦労したぞ? お主は本当に力を隠す気あるのか?」
「申し訳ありません、返す言葉もないです……」
「お主は大陸十二門に匹敵する力はあるじゃろうな。国に利用されずに生きるには隠すしかないからな。仕方なかろう」
国からの干渉は悠にとってはあまりよろしくない。
「お主なら現在空白の四位もしくは十一位に任じられるかもしれぬぞ?」
「そんな実力ないですよ」
さらりと返す悠であったが、キョウはそれを謙遜でなく素で言っていることに驚愕する。どれだけ大陸十二門を強いと思っているのだろうか。それを突っ込んでも話は平行線になるだろうからキョウは触れないことにした。
「まぁそれは置いといて、本題とするかのぅ」
「何かあるの?」
「お主、まだあんなものを隠しておったのか」
キョウに言われたと同時に目をそらしあまつさえ口笛を吹き始める悠。明らかに怪しすぎる挙動だった。
「あの剣は何じゃ、儂は聞いておらんぞ?」
「言ってないから当然ね」
「しかもあれほどの大きさのものを偽装して持ち歩いておったとはな……」
「あれは特別なものですから、目をつけられないように黙っていたんですよ」
キョウはそれを聞いて確信を深める。
「あれに仕込まれている術式、少しだけ研究させてくれんかの?」
キョウの予想通り悠はすぐには頷かなかったが、この件に関しては譲れない。
「嫌だ、と言ったら?」
「ユウには貸しがあるがのぅ?」
しばらく考えて悠は口を開いた。
「……セルフィアだけにならいいです」
「ほぅ、お主以外とあやつのこと気に入っておるのか?」
「私はセルフィアのこと、結構好きですよ」
本人が聞いたら気力が五十くらい上がり、熱血、必中までかかりそうなことを言う悠に、キョウは意外そうな顔をした。
彼女は性格にやや……かなり難ありなために、周りの人はあまり関わろうとしない。本人も研究さえできればという感じなので問題にはならないが……。
「もともと彼女の縮小術式の完成のために頼んでおる。縮小術式を完成させろと伝えておいてもらえるかの? お主が構わないというなら、行き詰まっていたときにでも渡してやれ」
「了解ですよ」
悠はそう言うと学園長室を出ていった。セルフィアの元へ行くのは、後始末が終わってからにしようと思う悠であった。




