第3話(2)儚い幸福【フェニス第3従響星】
「なんかこ~、分かるんだよね~、こう、なに? 匂いっていうか、香りっていうか、あ、これお母さんぽいな~って」
リメアは仰向けのまま空に向かって手をもみょもみょ動かしている。
もちろんアリシアには全く理解できない感覚であった。
「……うん、全然わからないわ……」
「え、アリシアわかんないの? 離れてても、お母さんの匂いって分かるもんじゃないの!?」
リメアはさも驚いたといった様子で、勢いよく体を起こす。
「普通は分かんないんじゃないかな……」
「びっくり……カルチャーショックなんだけど……」
「少なくともカルチャーではないわね」
アリシアは苦笑しながら、この子は一体何なんだろうと首を傾げる。
そんなアリシアを見て、リメアはフフンと不敵な笑みを浮かべた。
おしりの草を払って立ち上がると、腕を組んでこっちを見下ろしてくる。
頭の上で触覚がブンブン揺れていた。
「じゃあ今度はわたしの番! アリシアの家族について教えて!」
「はぁ……」
アリシアも痛む節々をいたわりながら上体を持ち上げ、肩をすくめると同時に軽くため息をつく。
「お嬢様、もしや孤児院の意味をご存知でないのかしら?」
「えっ? あっ、お母さんも、お父さんも……えっと。じゃあ、アリシアは、わたしと同じで、1人ぼっちってこと?」
幼いながらに気を遣っているのが分かるが、あまりにも不器用だった。
どうしようと顔に書いてある。
「ふふ、気にしないで。私も別に気にしてないから」
ぴょこり、と垂れ下がった触覚が復活する。現金なアホ毛だった。
アリシアは手についた草の葉をパンパンと落としつつ、声のトーンを変えずに淡々と語る。
「私の家は2人の兄と私がいてね。一番健康な二番目の兄が家を継ぐことになって、一番目の兄と私は孤児院行きよ。端から私なんて期待されてなかったわ。兄のスペアのスペアってとこね」
「そ、そんな…………」
「家の中に私の居場所はなかったわ。孤児院のほうが、まだマシなくらいよ」
無意識に、指先がきゅっと孤児院服の裾を軽く握りしめた。
リメアの不安げな視線を感じ、アリシアは使い慣れた笑顔の仮面をぱぱっと被る。
「どう? カルチャーショックでしょ?」
リメアはふるふると首を横に振る。すでに泣き出しそうな顔をしていた。
「どうして? アリシア、いい子なのに……」
「私が? あっはっはっはっは、それ、そっくりそのまま返すわよ」
「か、返されても困るよー」
眉をハの字に曲げたリメアの頬をツンツンしたあと、アリシアは自嘲気味に軽く目を伏せる。
「こんなの、この星じゃ珍しくないのよ。税金は毎年上がるし、配給も渋くなるし。まったく親の世代にも同情するわ。私は殺されなかっただけ、マシって感じ」
「えぇ、なんでぇ……」
本気で落ち込んでいるリメアに、アリシアは孤児院の敷地のさらに向こう、地平線から空へ伸びる高い塔を指さした。
「あれ、みえる? あの塔、|天体と天体を繋ぐ巨大な架け橋が、この星の栄養を全部、空の向こうへ運んでいってしまうの」
「コズミ……どゆこと?」
「えっとね、わたしたちのいる星は、フェニス第3従響星。フェニス主律星っていう親星に従う、子どもの星なの」
アリシアは木の枝で地面に、大きな丸と小さな丸を3つ描く。
それらを橋の代わりに線で繋いで見せる。
リメアはそれを覗き込み、小さな丸を指さした。
「このちっちゃい丸いのが、今わたしが立ってる星で……この星にお母さんの星がいるってこと?」
「そう。そしてこの星でみんなが働いて作ったエネルギーを、あの塔がゴクゴクって、水を飲み干すみたいに吸い取って親の星が飲み込んじゃうのよ。ひどい話よね!」
「親が子どもから取っちゃうの? どうして? 変なの」
「そういうものよ……。うーん、うまく説明できなかったかしら。でもね、リメア」
アリシアは塔とリメアの間に立ちふさがり、しゃがんで目線をピッタリと合わせる。
「実は、私が大人になったら、そんなのどうでも良くなっちゃうのよ……!」
まるで悪い話をするかのようにアリシアはコソコソと耳打ちする。
「はぉっ、大人っ!」
「そうだ、大人になったら、手に入るもの、なーんでしょ?」
くすぐったいのか、ぶるっと震えたリメアに、ニヒヒ、と笑うアリシア。
リメアは少し考え込んだ後、ガバっと顔を上げ目を輝かせる。
「バインバイングラマラスボディ!!」
「違う」
「なんで!?」
鮮やかに一刀両断されたあどけない少女は口を尖らせて意義申し立ててくる。
アリシアは苦笑を漏らしながら、ナイナイ、と手を顔の前で振った。
「だって、バインバイン……ボディは、別に大人になる、ならない関係なく、長生きしてたら勝手になるものでしょ?」
「…………え? え?」
今度はリメアの方が首を傾げる番だった。
ふたりの間に、ハテナがいくつも浮かぶ。
「大人」というものの概念が、完全に食い違っていた。
「こ、これが、本当のカルチャーショック……ってこと?」
「……間違いないわね」
互いに顔を合わせ、深く頷き合う。
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