第26話(2)星海への旅立ち【主律星フェニス】
「アリシア様、リメア様の母上の所在は未だ掴めておりまセン。当てずっぽうの旅デハ、人が住んでいる惑星にたどり着くのも一苦労。恐らく、途方もない年月が必要になるカト……」
「そんなこと言ったって、仕方がないでしょう。道しるべや標識でもあれば別だけど、この宇宙にそんな都合の良いものはないわ」
「もっとワタクシがしっかりしていれバ……」
項垂れるリッキーに、その場の空気がどことなく重くなった。
だがそんな雰囲気をも、端の焦げたブランケットを肩口にはためかせた少年は吹き飛ばす。
「その道標、あるって言ったら、どうなる?」
全員が顔を上げ、得意げな表情のアーヴィを見た。
「どういうこと?」
リメアが尋ねると、アーヴィが逆に尋ね返してくる。
「リメア、お前のおふくろさん、なんとなく匂いや香りで存在を感じたことはないか?」
「えっ、なんでそれ知ってるの? アーヴィに話したっけ?」
パチパチと瞬きするリメア。
ハッ、と頷きながらアーヴィは笑う。
「その香りは、精霊だけが感じることのできる特殊な香りだ。俺達メルキオル姓を持つものだけが纏う特殊な香り。気づいてなかったか? お前のおふくろも、メルキオルのひとりなんだよ」
「えええええええええっ!!!!」
裏返った声が人工太陽にこだまする。
「おいおい、気づいてなかったのかよ。だいたい、精霊の姿を視認できない一般人とどうやって精霊がくっつきゃいいってんだ」
「た、確かに言われてみれば……」
「で、話はここからだ。リメア、俺と出会ってから、似たような強い香りを感じたことはなかったか?」
リメアはハッとした。
ちょうどアーヴィの封印を解いた時、強烈な匂いを感じた。
あの時そばにいたはずのヴェールは、匂いを知覚しているようには見えなかった。
つまり――。
「あのすごい臭いのが、アーヴィの香り……」
「……今なんつった?」
少年の額に青筋が走る。
「あ。そ、そんなつもりないよ! ちょっと独特というか、香りがやや強烈と言うか……」
「同じだろうが! 嘘だろ、え、俺って、そんなに臭いの?」
アーヴィは自分で体中をくんくんと嗅いでいる。
その姿があまりに必死だったからか、フェニスが助け舟を出した。
「いいえ、アーヴィさんの香りは他のメルキオル同程度です。……この私が言うのですから、間違いはありません。恐らく、封印装置の影響で抜かれた因子が濃縮されていたのかと」
「あの忌々しい装置のせいか!!」
くそったれ、と吐き捨てた後、アーヴィはリメアに向き直る。
「とりあえず、俺の香りがわかるのであれば上等。作戦はこうだ。まず俺が先に人の住む星へとワープ移動する。先に言っとくと俺のワープは特殊で俺しか移動できねぇ。だからリメアは、あとから俺の匂いを辿って追いかけてくればいい。行く先々でおふくろの匂いが強くなったか弱くなったかを確かめていけば、いずれ本人の元へたどり着くことができる。どうだ?」
ニヤリ、と笑うアーヴィ。
その目にはなにか良からぬ計らいが潜んでいるようにリメアには映った。
「……怪しい」
「怪しくねーよ。ただちょっと俺からもお願いがあるだけだ」
アーヴィは途端に真剣な顔つきになる。
「俺がアンカーを打った星はすべて、精霊絡みで問題を抱えている。現状俺には戦力が足りねぇ。だからリメアには、その問題解決を手伝ってもらいてぇ」
リメアはアリシアの方をチラと見て、頷く。
「それなら、わかった。でも、やり方はちゃんと話し合うことが条件だよ!」
「ああ、知っている。だが話し合い次第では、どうしようもない精霊を打ち倒すことにもなるってことを、忘れてもらっちゃ困るからな」
「……うん」
「おっし! 交渉成立! いやー、重畳重畳!」
るんるんと上機嫌なアーヴィに、ため息を付くリメア。
時間は短縮できたとしても、お気楽な旅行にはなりそうもなかった。
「でも、行き先がわかったとしても、アーヴィはワープできるんでしょ? 映画で見たよ。ピュンって移動するアレだよね? それに比べてわたしの跳躍じゃきっとすっごく時間がかかっちゃう。うーん。もっと速く移動できないの? リッキー」
「エ」
完全に油断していたリッキーは、突然話を振られて慌てふためく。
「ちゃ、ちゃんと聞いておりましたヨ、ええ! あるにはありマス。宇宙船の通信に使われていた技術、タキオン通信の技術を転用すればよいカト」
「適温……?」
「タキオン、デス!」
見かねたのか、フェニスがリメアへ優しく教える。
「タキオンというのは、エーテルと同じ5次元空間に流れている粒子のことよ。光よりも速く進む特殊な粒子で、川のようにうねり、宇宙全体を循環しているわ」
「光よりも速い川……」
「ええ。そして、タキオンは変わった性質を持っているの」
「そうデス、リメア様。タキオンでの移動は遠くに行けば行くほどエネルギーが必要なく、近ければ近いほどエネルギーが必要になるのデス」
「んあ? どゆこと?」
リメアは頭上に何個もはてなを浮かべた。
「リメア様、川をイメージしてくだサイ。とても流れの速い川デス。リメア様はボートを漕いでいて、その流れに乗りマス。目の前ですぐにブレーキを掛けて止まるのと、100m先で止まるのでは、どちらが大変デスか?」
「……すぐピタッと止まるほうがたくさんバシャバシャオールを漕がないといけない!」
「そのとおりデス。通常の移動方法では遠いほど燃料が必要。デスが、タキオンの川に乗る場合は近いほど燃料が必要で遠いほどエコなのデス」
隣で話を聞いていたアーヴィが頷いた。
「なるほどな。じゃあまずはこの星から一番遠い座標の星から攻めていく。異論はねぇな?」
リメアとリッキーが同意する。
「んじゃ早速、取り掛からせてもらうぜ。ええっと、アンカーアンカーっと」
アーヴィは右手の開霊端子の枝を伸ばし、木の幹にできたウロに手を突っ込んで何やらゴソゴソと探し始めた。
「……あったあった、ええと? この箱、じゃなくて、これ、でもなくて……これだ」
取り出したのは、小さな箱だった。
蓋は開けっ放しで、中にはなにも入っていない。
「なにこれ……?」
「これは俺が作った量子の分体箱さ。行き先の星には、あらかじめこれの対になる箱が隠してある。それでこの箱を閉じると……今、向こうの箱がちょうど開くって寸法だ」
「はおー、なんか不思議な箱だね! 手品みたい! それが準備に必要なの?」
「ああそうだ、ワープに必要な条件さ」
「えー! ワープ、実はちょっと憧れてたんだ! どんなふうに飛ぶのかな? ワクワク!」
胸を躍らせる少女を横目に、アーヴィは黒く染まった枝の先に実る闇色の果実をもぎ取った。
親指サイズの漆黒の実は、見た目からして禍々しい。
思わず尋ねるリメア。
「そ、それなに?」
「へへっ、聞いて驚け、これは極小ブラックホールだ。安心しろ、発生しても数秒と持たず消える程度の代物だ」
「……それを、なにに使うの?」
リメアの胸に、なにやら嫌な予感がよぎる。
「そりゃあもちろん、ワープに使うんだよ」
「ど、どうやって?」
ニタリ、と少年は薄笑いを浮かべた。
「聞きたいなら聞かせてやるよ……! これを使って空間に穴を開けて、そこに俺が飛び込むのさ。もちろん身体はバラッバラになるぜ? そこで重要なのが量子の分体箱さ。蓋が開いた箱の中には、俺の体の一部が入っている。あとはもう歪んだ超重力の穴の中を引き伸ばされたりミンチにされたりしながら、質量の大きい箱の中身までたどり着くって寸法さ。な、俺にしかできないワープだろ?」
リメアは聞いていて気持ち悪くなった。
常人には考えられない方法だが、不死身のアーヴィなら理論上可能だ。
やるやらないは別にして。
「……おとなしくタキオンの流れに乗って追いかけます……」
「がっはっはっは! それでいいんだよそれで!」
パキンッと黒い実が割れ、アーヴィの正面にブラックホールが出現する。
「おっといい忘れてた、せっかくだから合言葉を決めようぜ!」
「えぇ、そんなの必要かな?」
「いいから、なんかねぇか?」
「急に言われても……」
「じゃあ俺が決める。リメアが到着したときに俺は、おかえり、と言う。リメアはただいま、だ」
「なっ、なんでそんなこと言わないといけないの!?」
「カッカッカ、そっちが俺のところにたどり着くまで、何年何万年かかるかわからねぇだろ? 下手したら名前も顔も忘れてるかもしれねぇ。こういうシンプルなのがいいんだよ」
「そ、それならそれで別のやつだって……」
アーヴィはリメアを振り切るように踵を返す。
「じゃあな、相棒。次の星【インウィディア】で待ってるぜ!」
颯爽とブランケットをなびかせて、歩き始めたアーヴィの体が浮かび上がる。
まるで排水口に流れていく髪の毛のように、黒い穴の中へ吸い込まれていく。
いろんなしてはいけない音が聞こえた気もしたが、リメアは両耳を塞ぎ目を閉じることで、対処することに成功した。
しばらくして目を開けると、もうそこにアーヴィの姿はどこにもなかった。
「もう、行くのね」
背後から、アリシアの声が聞こえた。
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