第26話(1)星海への旅立ち【主律星フェニス】
立っているだけで精一杯だった。
今すぐに横になって目を閉じたかった。
でも、ここだけは譲れないと、リメアは気持ちを奮い立たせる。
「話し合いがまとまっただとぉ……?」
アーヴィの目つきが鋭くなり威圧感も増す。
「っ……」
彼の次の行動が読めないため、万が一に備えて身構える。
エーテルを使えるほどの体力は残っていないけど、気絶させることぐらいはなんとかできるかもしれない。
緊張が高まる中、そんなことを頭の中で考えながら、アーヴィから片時も目を離さなかった。
すると――。
「はぁ、ここは俺が折れるしかない、か……」
大きく肩を落として脱力したアーヴィ。
拍子抜けしたリメアは、へなへなとその場に座り込んだ。
「い、いいの、それで?」
肩透かしを喰らい、思わず余計なことを聞き返してしまう。
だがそれに言及することなく、少年は渋々と言った様子で説明する。
「確かに精霊の首を取ることが俺の目的だった。権利を人間に取り戻すために、な。だが他でもないこの星の住民の望む結末があるのなら、さすがの俺でも手出しはできねぇ」
「そっ、か……」
半信半疑で頷くリメアに、アーヴィが釘を刺す。
「今回はあくまで例外だ。精霊と住民で意思の疎通ができて、住民側が主体になれるケースなんて宇宙広しと言えど……」
アーヴィの声が、だんだん遠くなっていく。
安心してしまったせいか、力を使いすぎたせいかはわからないが、リメアは落ちてくるまぶたに抗うすべを持ち合わせていなかった。
「……おい、リメア……」
ぼやけた声がぽやぽやと響く中、リメアはまだ仄かに温かい人工太陽の床に寝そべった。
「えへへ……、あったかーい……」
その言葉を最後に、少女は意識を手放した。
*
「むにゃ」
「お、やっと目を覚ましやがったぜ」
「おはようございマス、リメア様」
リメアは目を擦って身体を起こす。
なんだか壮大な夢を見ていた気がするが、内容を思い出すことはできない。
おぼろげな記憶とともに、周囲をゆっくりと右へ左へと見回した。
「んわ! ここ人口太陽だ!」
「正解。お子様はすやすや眠ること丸1日。放熱塔の数を数えて回るのにも飽きちまったところだったぜ、ったく」
「あ、アリシアは?」
「ここにいるわ」
耳元でくすぐるような声が聞こえ、リメアはほっと胸を撫で下ろす。
「寝起きで悪ぃが、やってもらいたいことがある」
「な、なに?」
目をパチクリさせたところで差し出されたのは、一枚の薄い鉄板。
首を傾げながら裏返すと、そこにはびっしりと文字が刻まれていた。
口の中で読み上げながら目を流していくと、アーヴィがなにをしようとしているのかがだんだんわかってくる。
「こ、これって! わたしが読むの? ちょっと大げさすぎるんじゃ……」
「いいや、これは譲らねぇ。いいだろ、そっちの要望は通してやったんだ。これぐらいサービスしてもらわねぇとなあ」
「うぅ……」
リメアは顔を板で隠しながら縮こまった。
「こんな難しい言い回し、噛まずに読める自信ないよ……」
背後から小さく、アリシアのふふっと抑えた笑い声が聞こえてくる。
「頑張ってね、リメア」
「むぅ……」
リメアは眉間に皺を寄せ、何度も何度も板に書いてある文章を読み返した。
ほどなくして、アーヴィがリメアの名を呼ぶ。
「――準備できたぞ。そろそろ頼むぜ」
「は、はいっ」
かくかくした動きで向かった先には、瓦礫が積まれたお立ち台。
促されるまま上に登り、顔を上げる。
フェニスとアリシア、リッキーとアーヴィがリメアを見上げて横一列に並んでいた。
その向こうには人工太陽の地平線。そして闇に浮かんだ主律星がひときわ強く輝いている。
全員の視線を集める中、リメアは鉄板を持ち上げ、大きく息を吸い込んだ。
「コホン。星間旅行者であるリメアと、アーヴィング・メルキオル率いる解放軍は一時的な軍事協定を結んだ後、主律星フェニスにおいて精霊フェニスを鎮圧。現時刻を持って、当星団における戦争の終結をここに宣言する!」
パンパンパン、とアーヴィだけがまばらな拍手を送ってきた。
慣れないことをしているせいか、リメアは顔がやや熱くなる。
しかし、読み上げる条項はこれで終わりではない。
リメアは続きへと目を落とし、文字のとおりに口を動かしていく。
「この宣言をもって、精霊フェニスから管理者の任を剥奪し、フェニス従響星住民のアリシアに全権移譲とする! 課されていた罪状は白紙化、これまでの責務はアリシアの指示の元……」
リメアが一瞬口ごもった。
すかさずアーヴィのじとっとした視線が飛んでくる。
だがリメアはフイとあからさまに視線を切り、続きを読み上げていった。
「責務はアリシアの指示の元、友人として、協力をお願いするものとすりゅ!! 以上!!」
最後の最後で、盛大に噛んだ。
しかし、リメアはフンスと鼻息を荒くしながら仁王立ちになる。
「あのバカ……書いてあるとおりに読めって言ったのに……! この星のアーカイブに記録されてんのわかってんのか……?」
頭を抱えるアーヴィの横で、フェニスが静かに呟いた。
「命令は……もう、ないのね」
「なんだ、喜べよ。これでも最大限譲歩してやった結果だ。リメアがその上に砂糖を塗りたくらなきゃ、もうちょいマシだったんだが。それともなんだ。もしかして、寂しいのか?」
「……わからない。わからないけれど……」
フェニスは俯いて、足元に目を落とす。
細かく刻まれた数字が、床にはびっしりと並んでいる。
「私を縛ってくれるモノは、なくなってしまった」
「……あぁ」
「そう、そうよね。これでよかった。よかったの。ありがとう……。そして、今までごめんなさい……」
フェニスはリメアたちが見守る中、静かに涙をこぼした。
エーテル共鳴が切れた今、その涙に込められた思いは彼女にしかわからない。
その感謝も謝罪も受け取るには重すぎた。
ぐっと重たい空気が周囲に漂う。
「まったくもう。フェニスも仕方ない子ね。頭が固くて引っ込み思案で、まるで昔の誰かさんみたい!」
鳥のさえずるような小さな声で、アリシアが窘めた。
「そういうのを、ひとりで抱え込まないように私がいるんでしょ? はぁ、どうしてこう私の友達は世話の焼ける子が多いのかしら」
思わずくすっと、リメアが吹き出す。
「リメアのことも言ってるのよ! 体調管理はしっかりしないと。他の星で何があるかわからないのよ?」
「う、うん、わかったよぅ」
「ほんとかしら。それで、旅の計画は立っているわけ?」
「えぇっと……」
リメアはぽりぽりと頭をかく。
「……もしかして、従響星で私が最後の力で伝えたメッセージのこと、頭に血が上って忘れてた、なんて言わないでしょうね……?」
「そ、そんなことないよアリシア! ちゃんと覚えてるよ! 覚えてるけど……」
「けど?」
「どうやってお母さんに会いに行けばいいかとか、全部後回しにしちゃってた……えへへ」
「なにが! 違うのよ! もう!」
アリシアの輪郭をかたどったエーテル粒子が激しく上下に揺れてリメアを責め立てる。
「ご、ごめんなさい~!」
頭を抱えてうずくまるリメア。
様子をそばで見ていたリッキーが、アリシアに尋ねる。
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