第25話(4)『アリシア』【主律星フェニス】
フェニスは激しく首を横に振り後ずさる。
「わ、私なんかが、そんな扱いを受けていいはずありません! 私は、私は……! たくさん、たくさん罪を重ねてきたの。とても、許されないようなことを、繰り返してきたの!」
それに対しアリシアはピシャリと言葉を被せた。
「あら、許すなんて一言も言ってないわ。ちゃんと責任は取ってもらうわよ。でもそれは死んで楽になろうなんて生易しいものじゃダメ。私と一緒に、この星をもっといい形に生まれ変わらせてもらう為に働いてもらうんだもの!」
「えっ……!?」
口元を両手で覆うフェニスに、アリシアは少し口調を和らげる。
「でもさすがに年中無休は良くないわ。休養は誰だって必要だもの。私が身を持って知った教訓よ。ま、一年のうち何回か太陽が登らない日があっても、きっと大丈夫よ」
「…………いいの? 私、時間を守れないかもしれないのよ? 規則を、破ってしまうかもしれないのよ……?」
「気にしすぎ。星の精霊なんだったらもっとドーンと構えていなさいよ。そうね、私は夏が好きだから、夏だけ気持ち長くしてもらおうかしら。……それぐらい適当でいいのよ。きっちりしすぎると、誰だって壊れちゃうわ」
「わ、私は……、私……。が、がんばります! しっかり……いえ、ほどほどにがんばって、この星をもっと、もっと人間が住みやすい星にします! だから、お願いします、アリシア。手伝ってください。私一人じゃ、ちゃんと調整できる自信がないの」
「ふふん、この私に任せなさい!」
リメアはその得意げな声を聞いて、アリシアの背中を思い出す。
お節介焼きで、背伸びしてて、お姉さんぶってて。
子供の見た目なのに誰よりも大人だった、リメアの少しだけ前を歩く、アリシアの背中を。
思わず、胸が一杯になる。
「それと……そうだわ。その前にちゃんとはっきりさせておかなきゃいけなかったわね。その……今の私の状態って、どれぐらい持つの?」
フェニスはちらとリメアを見た後、軽く目を伏せて説明する。
「……あなたの魂は、一部を従響星の体に残したまま欠損している。だから、空間のエーテルに完全定着はこの先もしないでしょう。その特性上、エーテル濃度の高い領域、つまり私のそばから離れられません。よってあなたはこの星で私以外の他者と触れ合えず、眠れず、言葉も通じず……未来永劫、死ぬことすらできない」
「そんな……!」
淡々と告げるフェニスの言葉を聞き、リメアは目を見開いた。
リメアの反応を事前に察知していたのか、フェニスはリメアへ向き直ると、躊躇いながらも残酷な現実を突きつける。
「リメア……あなたが、彼女を殺さない限り」
「……っ!?」
言葉を、失った。
あまりにも、酷な代償だった。
「おい、精霊」
アーヴィがつかつかと歩いてきて、横槍を入れる。
「黙って聞いてりゃ、都合いいこと並べ立てやがって。なんでリメアが手を汚さないといけねぇんだ。その子が望んだときに、てめぇでカタをつければいい話じゃねぇか。今まで散々繰り返してきたようにな!」
フェニスは静かに目を瞑り、申し訳無さそうに言葉を返す。
「そうしたくても、できないの。私の規則は、この星の人間と精霊に限定されている。アリシアはもう、人間でも精霊でもない存在だから……規則の、適用範囲外よ」
「てめぇ、それ以上ぐだぐだ御託並べてっと、痛い目見るぞ――」
「やめて、アーヴィっ!」
リメアは少年を呼び止めた。
「いいの。わたしが、軽率だったの。アリシアをこんな身体にしちゃったのは、わたしだから。わたしがちゃんと、責任を取らなきゃ」
「でもよ、それはこいつの妨害のせいで……っ!」
振り返ったアーヴィは言葉に詰まった。
リメアが向けた真剣な眼差しが、少年の瞳に語りかける。
「わたしに、責任を取らせて」
「……わぁったよ、くそ……」
舌打ちをしながら、少年はすごすごと引き下がる。
しかし、目の前で自身の命のやり取りが繰り広げられてるにも関わらず、当の本人はあっけらかんとしていた。
「ちょうどいいじゃない! ちょっと不便だけど、とっても長生きできるってことでしょ? あっ、そう言えば思い出したわ! もう死ぬかもしれないってとき、人生に満足したーってついリメアに言っちゃったけど、よく考えたらそんなことなかったわ! 私だってフェニスみたいに、恋とかしてみたかったもの!」
「アリシア……」
リメアは潤んだ視界でアリシアを見つめる。
「リメアもいつまでもそんな顔してちゃダメよ。約束覚えてる? あなたはお母さんに会いに行くの。どれだけ時間がかかっても構わない。どれだけ遠くても諦めないで。リメアはこれからいろんな街を見て、いろんな人にあって、笑って、泣いて、その瞳に星空よりも多くの景色を映していくの。他の誰かや私のためじゃなくて、あなたのための、旅を始めるのよ」
「……うん」
「旅で知ったこと、感じたことを、もしこの星に帰ってきてくれるのなら、その時私に教えて。わたしが知らない世界の話を、知ることができなかった感情を、たくさん、たくさん教えて。そして最後の私のわがままだけど――いつか、わたしのこの歪な命を、ちゃんと終わらせて欲しいの」
「…………うん」
「でもまあ、そうね! ぷちって終わるのは嫌だわ! せっかくリメアが私の体を作ってくれようとしてたんだもの。たとえ数時間しか持たなかったとしても、それだけあれば十分よ。今度こそ、一緒にバカンスを楽しむの!」
「うん……っ!」
「だからそれまで、待ってる。ずっとずっと待ってる。待ってる間、人間社会に疎いフェニスのこと、しっかり大人の私が面倒見ててあげるわ。この星を彼女と一緒に今よりずっとよくしてみせるわ。リメアが帰ってきたくなるような、いい星に変えてみせる! だから……ね?」
もうリメアの目から涙は流れていなかった。
代わりに彼女本来の、日輪のような笑顔が咲き誇る。
「アリシア、わたし約束する! いっぱい、いっぱい面白い話ができるように、この宇宙を見てくるから! どこにいるかまだよくわからないお母さんも、きっと見つけてお話してくる!」
「よろしい。リメアはやっぱりそうでなくっちゃ」
リメアの心は、言葉にできない感情でずっと震えていた。
アリシアは、やっぱりアリシアだった。
それがなにより、嬉しかった。
「アーヴィ」
リメアは輪の中でひとりだけ、不服そうな表情を浮かべる少年へと向き直る。
「話し合いはまとまったよ。精霊は殺さない。わたしはこの星に残らない。この星は、この星に住むアリシアが精霊と一緒に管理していく。これで、いいよね?」
翡翠色の瞳と、紅の瞳が向き合った。
リメアの破けたドレスや長く伸びた髪にとどめていたエーテルが限界を迎え、舞い上がる花吹雪のように宇宙へと消えていく。
薄緑色に輝く巨大な主律星を背景に、冷え切った人工太陽の上で静かに二人の視線が交差する。
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