第25話(3)『アリシア』【主律星フェニス】
銀色の球体はリメアが知っているリッキーとはまるで別の個体のようだった。
愕然とするリメアを前に、リッキーはぽつりぽつりと話し始める。
「従響星から飛び立つ時、ワタクシではリメア様を止められませんでシタ。伝えるべきかは非常に難しい判断でシタ。アリシア様ともう2度と触れ合うことができないという事実を指摘すれバ――アリシア様を失ったばかりのリメア様の精神状態デハ、心が壊れてしまう恐れがありましたカラ……」
頭上から降ってくる冷たい水のように感じられる言葉は、聞きたくもないのに耳を通って体の芯まで流れ込んでくる。
「……リッキーは知ってて黙ってたのね。こうなることがわかってて、言わなかったの? そうなのね?」
いつしか問い詰める口調となり、リメアは静かにリッキーを見上げる。
彼女の相棒はバツが悪そうに俯いたまま、続けた。
「返す言葉がありまセン……。デスがリメア様。ワタクシの知識はリメア様の頭脳と直結していマス。申し上げにくいですガ、ワタクシが認識しているということはツマリ、リメア様ご自身もすでニ、どこか心の隅で、気づいていらっしゃったのではないデスか?」
心臓がぎゅっと鷲掴みにされた気分だった。
口を開き、反論しようとした。
しかし言葉が出てくる代わりに、こぼれたのは頬を伝う涙だった。
リメアはその場にへたり込み、両手で顔を覆う。
指の間からこぼれた熱が、アリシアのジャケットに滴った。
まるで彼女を埋葬していたときと、同じように。
「アリシア……わたしは、わたしは……っ!」
嗚咽に似た声が、喉の奥からこぼれ落ちる。
ちょうど目の前に、作りかけのアリシアの手があった。
ジャケットの腕から伸びるその手はまるで冷たい粘土のようで、生気は感じられない。
またかつての日々のように、この手と触れ合えると信じていた。信じること以外から、目を、逸らしていた。
声にならない感情が、喉の奥からとめどなく溢れてくる。
「……やっぱり、リメアは変わらないわね」
優しく、温かい声が耳元で囁いた。
「アリシア……わたし……ごめん……。ごめん、なさい……」
虫の鳴くような、小さな声しか出なかった。
それでも、アリシアの口調は変わらない。
「どうしてリメアが謝るの? 私が倒れちゃったのは、私のせいよ。不摂生と無理をしすぎちゃったのね。今ならわかるわ」
リメアはぎゅっと目を閉じ、瞼の裏にアリシアの顔を浮かべてみる。
眉を下げ、ちょっと困ったように笑う彼女の笑顔。
その輪郭が、ぼやけていた。
疲れているからか、記憶が薄れてしまっていたからか。リメアにはわからない。
ただあれだけ目に焼き付けたはずの彼女の表情なのに、細部まで思い出せないことがひどく悔しくて、悲しかった。
「わたし、なにも、できなくて……」
「そんなことないわ。私はリメアからいろんなものをもらったもの……本当に、いろんなものを」
「こんなはずじゃ……」
リメアが大きくかぶりを振ったその時。
決意に満ちた声が、周囲のエーテルを引き締めた。
「だから今度は、私の番」
「アリ、シア……?」
アリシアの魂を乗せたエーテルの粒はふわりとリメアから離れ、フェニスの目の前で止まった。
「はじめまして、精霊さん。私はアリシア。リメアの友達の、アリシアよ」
フェニスは突然迫ってきたアリシアに驚き、目線を泳がせる。
「は、はじめまして……。私はフェニス。あなたの住んでいた星を管理していた精霊よ。……私の管理が行き届いてなくて、苦しい思いをたくさんさせて、ごめんなさい……」
頭を下げるフェニスに、アリシアはその上から言葉を叩きつける。
「ええそうね。散々だったわ。痛かったし苦しかったし、本当にろくでもない生活だったわね。リメアがいなかったら死んでも恨んでたところよ! でも、今は違うの。私がすべきことが、やっとわかったから」
「……え?」
フェニスが目を瞬かせながら顔を上げる。
ふわふわと輝くエーテルの粒子に、全員の視線が集まっていた。
アリシアは力強く宣言する。
「精霊フェニス。よく聞きなさい。私があなたの、お友達になってあげるわ!」
誰もが口を半開きにし、その場の時が止まった。
たっぷり時間をおいて最初に反応したのは、名指しされた精霊、フェニス。
「え……、え?」
動揺を隠せず、目を丸くしたままフェニスは固まる。
後ろで聞いていたリメアは頭を撃ち抜かれたような衝撃を覚えた。
かつて自分と交わしたことのある言葉を、なぜ彼女に投げかけるの、と。
「アリシア、どういうこと……?」
リメアが尋ねると、アリシアはフェニスの前に浮かんだままエーテルを震わせる。
「だって、みんなおかしいわ。リメアも、フェニスも、そこの男の子も。何が正しいとか、うまくいかないとか、そんな難しいことばっかり。昔の愚かな私にそっくりよ」
誰もが、ひとことも言い返せなかった。
押し黙った面々が互いの顔を見合わせた後、アリシアは再び話を続ける。
「私は、そんなことよりもっと大切なことをリメアから教えてもらったわ。嬉しいことも、楽しいことも、辛いことだって、――分け合えばとても幸せだってことを。リメアも覚えてるでしょ、あの音を」
「あ……」
リメアの頭の中で、真っ暗なクレーターの中で響いた優しい音色が蘇る。
涼しくて温かくてちょっぴり切ない、携帯食を割った時の、あの硬くて澄んだ音が。
同時に押し殺していた優しい気持ちが、胸の奥からせり上がってくる。
静かに吐き出した息は、確かな熱とともに揺れていた。
アリシアは少し笑ったみたいに揺れた後、再び声色に威厳を持たせる。
「だから、フェニス。このアリシアが、あなたのお友達になってあげる。辛いことも嫌だったことも、全部、ぜーんぶ話してもらうわ。あなたの気持ちを、半分こできるまで!」
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