第25話(2)『アリシア』【主律星フェニス】
両手がブルブルと震えていた。視界の霞みもひどく、笑顔を作る余裕は残されていない。
それでも少女は深呼吸を繰り返し、集中力を高めていく。
これから執り行うのは、細胞ひとつひとつを積み重ねて、人の体を作るという大仕事だ。
失敗は、許されない。
「にしても、剣を溶かして人を作るたぁ、ぶっ飛んでやがる。ハッ、神にでもなったつもりかよ」
「…………」
フェニスはカンラン石と鎖の体を後ろに引きずりながら、リメアの方へと歩き出した。
空間が乱反射する手の周囲に、押し黙ったまま眉間に皺を寄せた彼女の顔が浮かんでは消える。
「おい精霊! 変な真似するなら……!」
「いいえ、彼女に伝えなければならないことを、伝えるだけよ」
エーテルが小さな花火を咲かせる中、意識が途切れそうになる度に視界がぐらりと揺らぐ。
が、すぐさま持ち直し、無理やり目を見開いて反応光を凝視する。
回路を使いすぎた副作用に違いなかった。
限界なんて、とうの昔に超えている。
リメアはアーヴィの静止を振り切り近づいてくるフェニスの気配を感じ、取り繕った明るい声で牽制する。
「えへへ、心配しなくても大丈夫だよ、アリシア。もうすぐ、もうすぐ完成するから……!」
「リメア。もうこれ以上は……」
「へへ、何が言いたいのかな……?」
フェニスの顔をちらと見れば、眉尻を下げ、悲しげな表情でこちらを見つめてくる。
リメアは視線を切るように、アリシアの立体映像へと意識を集中させた。
映像の下に並べられたジャケットが、内側から盛り上がり始める。
胸のあたりで、小さな膨らみが脈動を始めていた。
「……今大変なの。あと少しだから待ってて、フェニス」
額から滝のように流れる汗が、片目に入って瞼を瞑る。
頭の中で警告音がガンガンと鳴っていた。
それでも、今この手を止めるわけにはいかない。
従響星のときと同じ失敗は、踏みたくなかった。
それなのに、フェニスの声が、集中の邪魔をする。
「リメア」
「待っててって言ってるの! もうわたしの邪魔をしないでっ!! わたしは、このためにここまで来たんだから!」
らしくもなく、言葉が荒くなった。
他者を慮るような余力は毛ほども残っていない。
押し黙ったフェニスを傍に、服の下では骨格が形成されていく。
浮かんだ肋の下では悪くなった内臓も、全部キレイに作り直されていた。
リメアは皮膚や神経、血管の生成へと移行する。
「あと、もう半分! ……っ!?」
顔を綻ばせたのも束の間。
急に腕を、掴まれた。
白くて、細い子供の手。
リメアは我慢ならず、奥歯の隙間から言葉を振り絞った。
「……どうして、どうしてなの! なんであなたは、わたしを放っておいてくれないの――!?」
フェニスは動じず、掴んだ手も離さない。
「本当はわかってるんでしょ、リメア」
「な、なんのこと!? 触らないでっ!!」
「……私の言葉では届かない。あなたからも、なにか言って」
フェニスは軽く顎を持ち上げ、宙に浮かぶリッキーをじっと見つめた。
「……リッキー? リッキーが、どうしたっていうの?」
「…………」
リッキーは押し黙り、ホログラムを投影したまま動かない。
「なに!? リッキーまでなんなの? どうして黙ってるの!?」
「リメア様……ワタクシは……」
リッキーは口をつぐんで俯いた。
沈黙が空間を支配し、断続的なエーテルの弾ける音だけが虚しく響き続ける。
「……あなたからは伝えられない、ってことね。仕方ありません。では私から率直に」
フェニスは改めてリメアへと顔を向ける。
腕を握る手に、わずかに力が込められた。
彼女の台詞が釘を刺すような冷たい口調へと変わる。
「あなた自身、気づいているでしょ。……たとえどれだけ精巧にエーテルで体を作り直しても、アリシアの魂を定着させることは…………不可能」
「……っ!!」
疲れた頭を怒りの感情が支配した。
作業に両手が塞がっていなければ、手が出ていたかもしれない。
リメアは何もできない代わりに、強くフェニスを睨みつける。
だがフェニスはそれを意に止めず、淡々とした口調で話し続けた。
「魂と体は、霊軀の割符で互いを認証している。鉄や機械の身体、他人の身体に魂が定着しないのと同じように、エーテルで作られた身体に人間の魂は定着させられない。……彼女の体から魂を分けたときにあなたは気づいていたはず」
「そんな……そんなこと、やってみないとわからないじゃないっ!!」
リメアはぼやけた視界で白髪の少女を捉えたまま、思いの丈を吐き出す。
「わたしの体だってエーテルで作った擬似的な元素でできてるよ! アリシアの体は、細胞ひとつひとつの配列から髪の毛の先まで、元の体と同じように作ってる! どこがダメなの!?」
「……あなたの体は、生まれつき。アリシアは人間の肉体に生を受け、魂はともに成長した。霊軀の割符は年月とともに身体と魂の間で強固な認証を作り上げる」
フェニスは受肉し始めたアリシアの身体を指さし、冷たく言い放った。
「リメアが今作っているその体には、霊軀の割符が存在しない。一時的に定着できたとしても、拒絶反応ですぐに魂は消滅してしまう」
「そんな……嘘……っ! 信じない! わたしはそんなこと信じない! リッキー! リッキーもなんとか言って! 大丈夫だって、言ってよ!!」
銀色の球体はホログラムの投影を中断し、静かにリメアへと向き直った。
「リメア様……、もう…………よいのではないデスか……?」
リメアは目の前が真っ白になった。
バチン、と掌でひときわ大きく制御を失ったエーテルが弾けたのを最後に、魔法の光が失われる。
後には赤くなった両手と、ぼろぼろになったドレスだけが残されていた。
かさついた声が喉を震わせる。
「……リッキーは、なにを……なにを言ってるの……?」
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