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第24話(3)それぞれの正解【主律星フェニス】

 宵闇色をした瞳に、困惑するリメアの顔がくっきりと映っていた。

 フェニスはひとつひとつ、記憶をたどるように言葉を紡ぐ。


「星に降り立って出会った、生まれて初めての友達だった。あったかくて、眩しくて。今までの全部を帳消しにしてもいいと思える時間だった。でもそれも、長くは続かなかった」

「そんなことって……まさか、あなたも……見たの……? わたしの、記憶を……」


 あまりの驚きに、うまく呼吸ができない。

 過去を覗いたのは、自分だけだと思っていた。

 白髪の少女が口にしたのは間違いなくリメアの記憶であり、胸に深く刻まれた傷。

 エーテル周波数の同期が、リメアと精霊、双方向に記憶の混線を引き起こしていた。


「……ごめんなさい、リメア。私は……あなたの大切な友達を…………奪ってしまった……。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……」


 フェニスの目からぼろぼろと溢れる涙。

 繰り返される謝罪に、リメアは言葉を失う。


「知らなかったの。人の寿命は短くて、水に浮かぶ泡のように湧いては消える。私は主律星を管理し発展させることを規則に定めていた。そのために必要な方法を考えてきたつもりだった。知らなかったの。その泡のひとつひとつに、こんなにたくさんの喜びや哀しみがあったなんて。知らなかったの。今までやってきたことが、誰のためにもなっていなかったなんて」


 フェニスの悲痛な声は、鉄と煙だけの無機質な空間にさざ波のように消えていく。

 他に声を発する者は誰もいなかった。

 アーヴィもリメアも、押し黙ったまま声に耳を傾ける。


「私は規則に従えなかった悪い子。悪い子には、罰が必要。でももし、ひとつだけ願いが叶うのなら。後ろに立っている男の人に、殺してほしいの。私がずっとずっと待ち続けた、私を開放してくれると言ってくれた、あの人と同じ香りのする、その人に」


 鼻の奥が、ツンと痛くなった。

 

(この子は……この小さな精霊フェニスは、今までどれだけ孤独で、ひとりぼっちで、張り詰め続けていたの……? 殺してほしいって思うまで、誰がそんなに追い詰めたの……?)

 

 白くなるほど拳を握りしめたリメアの肩を、アーヴィが叩いた。


「こいつは俺をご所望だ。リメアどけ、もういい」

 

 少年はリメアの肩をぐいと押しのけ、精霊へと歩を進める。

 右手の先にある開霊端子の枝が螺旋状に形を変え、黒くて長い一本の鋭利な針となった。


「待って!!」


 リメアは慌てて2人の間に入りこむ。


「邪魔だリメア。向こうが望んでるんだろ。止める必要はないはずだ。もうこれはあいつと俺の問題だ」

「だめ! だめだよアーヴィ! この子は、ずっとずっと苦しんでて、逃げたかっただけなの! アーヴィに助けてほしかっただけなの!」

「だから、楽にしてやるって言ってんだよ」

「そうじゃない! なんでそうなるの!」

「いいか、リメア」


 アーヴィは落ち着いた口調で話しながら、リメアをまっすぐに見つめる。


「俺は大罪人、アーヴィング・メルキオルだ。こんなナリだが場数は踏んでる。こんな経験も一度や二度じゃねぇ。見たくないなら見る必要はない。責任も、罪も、業も全部俺が背負う。だから、どいてくれ、リメア」

「いやだ! そんなの、そんなのって……悲しすぎるよ!」

「今理解しろとは言わない。でも、これが最善の選択なんだ、リメア。人間と精霊は相容れない。強大な精霊の力は人間社会を狂わせる。だから俺達は精霊と縁を切らねぇといけないんだ」

「そんなことない! きっともっといい方法がある! ちゃんと話せば、もっといい考えが見つかるはずだよっ!」


「リメア――」


 アーヴィは大きくため息をつき、睨みを利かせた。


「じゃあお前はこれから未来永劫、この精霊のお守りをするのか? この星のためにすべてを費やすのか?」

「それは……!」

「理想と現実は違うんだ、リメア。取れる選択肢の中で最善を選ぶのが大人の仕事だ。子供は夢を見てるだけでいい。そして今は、子どもの出番じゃない」


 ざり、と踏み出された足に、リメアは立ちはだかる。


(アーヴィの言葉は正しいけど……完璧じゃない……っ!)

 

 キッと睨み返す目に力が宿る。

 その瞳に迷いは、もう残されていなかった。


「それなら、子どものわたしからも言いたいことがあるよ! フェニスを殺したら、この星はどうなるの? 人工太陽は? 空気は? 整備されていた環境はどうなるの!? 答えてよ、アーヴィ!」

「それは――」


 初めて、アーヴィの口が止まった瞬間だった。

 表情はまるで変わらなかったが、急所を突いた感覚がリメアの胸中に広がる。


「……この事件が宇宙に広まれば、きっと俺の仲間たちが救援に来る。環境だってすぐに変わるわけじゃない。安心しろ、しばらくの猶予はあるはずだ」

「きっととか、はずとか、そんなのいらない! 本当はわかってるんでしょ! 大変なことになるって! 確かに星の状況は最悪だけど、人が住めないほどじゃない。それは全部、この子がずっとひとりで頑張ってきたからなんだよ!」

「急に精霊の肩をもつようになったな、リメア。お仲間がそんなに大事か? ……ああそうさ、リメアの言う通り、大惨事になるだろうよ。だが犠牲が出ることは織り込み済みだ! 戦争なんだよこれは! 責任は全部俺が引き受けるって言ったろ。今までだって、ずっとそうして来た! それが人間を、社会を、正しく導く唯一の方法なんだよ!! 楯突くんだったらそのちっちゃな頭の中に、解決策のひとつでもあんのかよ……なぁ!」

 

 リメアは歯を食いしばり、両手を広げたまま頭をフル回転させる。


(リッキー! リッキー、教えて! どうしたらいいの!?)


 頭の中で、機械じみた声が反響する。


「リメア様、お話をずっと聞いておりましたガ、彼の意見には説得力がありマス。対し、リメア様にハ反論材料が乏しい。確かにアリシア様は大切なご友人でシタ。しかし彼女が失われた今、リメア様がこの星に執着する理由がありまセン」

(でも……っ!)

「お心苦しいのはお察ししマス。デスが、データベースを検索しても、対策は限られていマス。残念デスが……」

(どうして? なんでそうなるの? わたしが変なの? 意地っ張りすぎるの? ねえ、どうして……? わからないよっ…………アリシア……。そうだ、アリシアっ……!)

 

 心の内側で叫び声を上げ、リメアは勢いよく顔を上げる。

 大事なことを、今やっと思い出した。

 そのままの勢いで振り返り、フェニスに向かって声を荒げる。


「フェニス! わたしの記憶、見たんでしょ!? 見たならわかるはず! 従響星で奪ったエーテルとアリシアを返して! アリシアの魂を、今すぐ返してっ!」


 おもむろに顔を上げたフェニスは、腕を持ち上げ、リメアの背後を指差した。


「エーテルはすでに同期済み。返却は不要。ちなみにリメアがアリシアって言っているのは、従響星の湖畔に埋めた遺体のこと? それとも……ずっとリメアの後ろにくっついてる、エーテルに引っかかったまま浮かんだその魂の残骸のこと?」

「えっ……」


 思わず体が固まった。


(ずっと……後ろに?)


 精霊の言葉を頭の中で反芻しながら、リメアは恐る恐る、振り返る。

 そこには瞬きすれば見失ってしまうほど小さなエーテル粒子が、一粒だけ、小さく揺れていた。


「アリ……シア……?」


 呼びかけに反応するかのごとく、粒子は明滅する。

 リメアは目をゴシゴシとこすり、空間に意識を集中させた。

 粒子だけだと思われたその周りには、うっすらと人間の輪郭が見て取れる。

 口元を見ると、霧のように細かいエーテル粒子が、小刻みに振動しているのがわかった。

 リメアは慌てて聴覚を調整する。

 

(今の視覚は、五次元空間と同調している。じゃあ、耳も同じようにすれば、エーテルから伝わる声だって、聞こえるかも……!)

 

 それは藁にも縋る思いだった。

 意識を集中し、聴覚細胞をエーテルへと変換していく。

 すると耳の奥に、懐かしい響きが、やっと届いた。


「――もう、リメアったら、子供なんだから」


 窘めているのに、どこまでも優しい口調。

 それは今なによりもリメアが求めていた、アリシアの声だった。

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