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第24話(2)それぞれの正解【主律星フェニス】

「――はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


 荒い呼吸をひたすらに繰り返す。

 冷や汗が額から鼻梁を伝った。

 絹のような白銀の前髪が、リメアの眼前に流れ落ちてくる。


「あぶな、かった……!」


 手には巨大な剣。

 刃は緑色の十二面体を半分近く切り裂いたものの、中央を避け止まっていた。

 甚大なダメージを受け光と浮力を失った結晶は人工太陽の地表に落下し、けたたましい音を立てる。


「やったか!?」


 鎖の山を駆け下りてくるアーヴィ。

 リメアも地上へ降り立ち、声のする方へ目をやる。

 彼の顔中にあった火傷の跡はかなり回復していた。

 見上げればドームが真っ二つに割れており、周囲の気温も下がってきている。

 

「ううん、まだ、倒してない……」


 駆けつけてきた少年にリメアは首を横に振った。

 アーヴィは驚嘆し目を瞬かせる。


「はぁ!? トドメ刺してねぇのか? なんでだ、今が絶好のチャンスだろ!?」

 

 急き立てられ、リメアはもう一度剣を両手で握りしめる。

 先端を結晶体へ向け、構えてみた。

 だが、その切っ先はかすかに震えている。


「アーヴィ……」

「どうした」

「わたし……できないよ……っ!」


 手から離れた剣が盛大な音を立てて、地面に転がった。


「どういう……了見だ……?」


 怪訝な表情を浮かべつつ、アーヴィは剣とリメアを交互に見る。

 しかしリメアはアーヴィに顔を向けることなく、先程までと寸分たりとも変わらずまっすぐに前方を見つめ続けた。

 簡単なことだった。

 跳躍の際、五次元空間で赤い糸に激突し、無意識的に避けていた行動。

 視界を五次元空間とリンクさせる。

 たったそれだけのことで、精霊フェニスを視認できたのだ。

 リメアの視線の先には、意識を失った間に見た夢と同じように、白髪の少女が立っている。

 うなだれる少女フェニスに、もはや戦意は見られない。

 片腕を抱くその姿が、かつてのアリシアに重なった。

 リメアは喉元までせり上がってきた行き場のない感情を、言葉と一緒に吐き捨てる。


「わたしだって……! わたしだってこんなの嫌だよ! この子が、精霊が……もっと悪くて、どうしようもなくて! やっつけて全部それでおしまいならそれがよかったよ! でも……!」


 言い淀み唇を噛みしめるリメアの胸ぐらを、横からアーヴィが掴む。

 それは今まで見たことないほどの剣幕だった。

 目は吊り上がり、瞳は真っ赤に燃えている。


「おい、冗談も大概にしろ。さっきから何を言ってんだ? この子だと? 俺の目には鉱石と鎖がぐちゃぐちゃに絡まった塊しか見えねぇ。化け物なんだよ、こいつらは!」

「違うの! わたし、さっきフェニスのエーテルが流れ込んできて……見えたの。この子になにがあったのか、なんでこうなっちゃったのか!」

「はぁ? んだそれ。じゃあなにか。この精霊には同情するからお咎め無しではいさよならってか? さっきまで殺されかけてたんだぞ!? 主律星は? 従響星の搾取は? 今までやってきたことの落とし前はどうつけるっつってんだよ!」

「それは…………!」 


 反論できなかった。

 アーヴィの言っていることは、正しかった。

 正しいはずなのにリメアは頷くことができない。口を結んだまま、返す言葉もなく俯いた。

 呆れ顔のアーヴィが畳み掛けてくる。


「だんまりかよ。はっ、どこまで甘いんだ。……そうだ、だったらあのお友達はどうなる。誰のせいでそうなったんだ? たとえどんな事情があったとて、この星を管理してたのはこいつなんだぞ!!」

「わかってるよっ!!」


 ワンピースのネックラインを口元まで持ち上げたアーヴィの腕を掴み返し、声を振り絞る。


「わかってるけど、できないよっ!! この子も、ずっと苦しんでた! 誰からも手を差し伸べてもらえなくて、抱きしめてもらえなくて! わたしだって許せないよ、星がこんな風になるまでほったらかしにしたこと! でも、この子を殺すことが本当に正しいの? なんとかする方法は、どこにもないの!?」

「話に、ならねぇな……クソッ!」


 リメアの手をはたくように振り払うと、アーヴィはフェニスに向き直る。

 右手には青い端子が輝いていた。


「おい、精霊。さっきから聞こえてんだろ? なにだんまり決め込んでんだ。てめぇのことだぞ、なにか言い分はねぇのか、あぁ!? 余計な真似したら殺すからな、口だけ動かせ。てめぇが今考えてることを言ってみろ、哀れでかわいそうな精霊さんよ!!」


 怒号を浴びせられたフェニスはビクリと肩をすくめたあと、聞き取れるか聞き取れないかわからないほど小さな声でポツリと呟く。


「私を、殺して」


 リメアは全身の毛が逆立つのを感じた。

 それは反論でも抵抗でもなく、すべてを諦めた一言だった。

 だらり、と下ろした両腕が力なく揺れている。


「端子でジャックしたお陰で、やっと精霊サマのお声が聞こえたと思ったら」

 

 はっ、とアーヴィは鼻で笑った。


「なんだ、聞いてみりゃいい心がけじゃねぇか。散々暴れた挙げ句自分の罪を認めたってか。おい、リメア。聞こえただろ?」

「聞こえた、けど……」

「あのなぁ、向こうから願ってんだぞ。迷う必要なんかねぇんだよ。まあ確かにお人好しには辛い選択かもしれねぇ。だがこの星に住む連中のことを考えてみろ。このままでいいのか? ここで変えなけりゃずっとこのままだぞ? おんなじことが繰り返されるんだぞ?」

「……で、でも!」


 リメアは再び白髪の少女を見る。

 少女の目は虚ろなままでぼんやり床を眺めていた。まるで生きる気力をすべて失ったかのように。

 詰め寄ろうとしたアーヴィを手で制し、リメアは一歩前へと踏み出した。

 

「ねぇフェニス、なんで……そんな悲しいこと言うの?」

「いい加減にしろリメア! そいつと喋ったって――」

「アーヴィはちょっと静かにしてて! フェニス、答えて」


 フェニスはゆっくりと瞬きをし、色素の薄い唇を開く。


「…………闇が……見えたの……」

「えっ?」


 思わず聞き返す。

 フェニスは顔を上げ、視線をリメアへと向けた。


「……長い、長い闇。孤独で冷たくて、どこにも行けない。閉じ込められた冷たい箱の中で、何度も同じ映画を見て、解き飽きたパズルを解いて、窓の外を眺めて……硬い床で眠ってた」

「なに、を……」


 胸の奥をえぐられる感覚とフェニスの頬を一筋の涙が流れ落ちたのは同時だった。

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