第23話(1)精霊フェニス【主律星フェニス】
突き刺さった開霊端子はその形状を枝に変え、コアの表面で放射状に根が広げる。
有機的に伸びた端子の先端が精霊の核を侵食していく。
光子が目にも留まらぬ速さで端子内部を移動し始めた。
「くっ……そっ! 暴れるな……!」
精霊の核は激しく振動し、ふわりと浮かび上がった。
鎖の鎧は放棄され、鼓膜を破くほどの金切り声が断続的に響き続けている。
綺麗に整えられた正十二面体のコアはそのまま垂直に上昇していく。
開霊端子が接続されたままのアーヴィはぶら下がる形で、ドームの天井付近まで道連れとなった。
精霊はひときわ大きく叫び、衝撃波がドームの鎖壁を波打たせる。
アーヴィの耳からは、鮮血が吹き出した。
「こんの……っ!」
開霊端子に備わる精神撹乱機能がうまく作用していなかった。
(クソ、封印の影響か……!)
体と同様アーヴィの能力も減衰していた。
だが少しずつ。
少しずつだが、精霊のエーテルチャネル解析は進んでいく。
端子の中腹、分かれた枝の先で硝子質の小さな果実が形成され、徐々に膨らんでいく。
「間に合え……!」
右腕に意識を集中し、満身創痍の状態で祈りを捧げるアーヴィ。
このまま精霊が大人しくしてくれれば、と胸中で強く願った瞬間。
深紅の双眸は驚愕に見開かれる。
核の震えは唐突に止まり、像が霞むと同時に左右へ分裂したのだった。
「……っ!?」
本体を中心に現れた二つの小さな分体。
それらは分裂を繰り返し、本体を含めて計九つまで増殖する。
「何をしようとしてるんだ……!?」
その答えは、すぐにやってきた。
増殖した子分体がそれぞれ緑色の光線で繋がれる。
光の線は紡錘状に上下へ空間を切り裂き、押し広げた。
ナイフで切り裂かれたシーツのように揺らぐ裂け目からは、おびただしい量の赤い糸の束が顕現する。
「っ! まさか! 五次元空間からの干渉か!? マズい! いまリメアは……ッ!」
アーヴィが下を覗くより早く、赤い糸の群れがそれぞれ意思を持ったかの如くうねり、濁流のように地表へと迫った。
片膝をついた、黒髪の少女をめがけて。
「クソッ! まだか!?」
枝の先で膨らむ果実はまだ熟していない。
少年は眉間に皺を寄せ歯を食いしばる。
(あと、少しってのに!!)
振り返れば、すでにリメアは囚われ、赤い糸で片腕と両足を拘束されていた。
まるで玩具を弄るように横向きにされたリメアの髪が、だらりと垂れ下がる。
糸は慈悲もなく、その張力を増していった。
「おいやめろ、やめろ……っ!」
くぐもった音がドーム内に反響する。
アーヴィは思わず奥歯を噛みしめた。
傍から見てもわかる。肩の関節が外されていた。
少女は顔色ひとつ変えず小刻みに震えながら抗っているが、もはや時間の問題だった。
直後、まばゆい光がアーヴィの視界を遮る。
見上げれば、枝の先で小さな果実が輝いていた。
「くそっ、間に合えッ!」
少年は腫れた目を細めながら果実をもぎ取り、残りの力を振り絞って投擲する。
「リメアァァッ! 受け取れぇぇぇっ!!!!」
ドングリほどの大きさの小さな果実は、灼熱の蒸気の中、煌めきながら飛んでいく。
それよりも速く、先端を螺旋状に形状変化させた糸束が、四方八方よりリメアを襲う。
糸は果実を簡単に追い越し、少女の足を、腕を、腹を串刺しにする。
だが、アーヴィは見た。
それでもなお、黒髪の間で光をたたえるリメアの瞳を。
蒼い小さな光から逸らされることはない、強い視線を。
果実は糸の合間を何度も、何度もくぐり抜け、そして――。
リメアの口元でガッチリと、受け止められたのだった。
キンッ――!
場違いなほど澄んだ音色が、地獄の釜に反響する。
格納されていたデータが、リメアを中心に渦を巻くように展開されていく。
「周波数解析及び同期完了。エーテル受容体1000%展開……!」
少女の垂れ下がっていた黒髪は重力を無視して持ち上がり、ざわざわと蠢く。
ボロボロに破けたワンピースが、バタバタとはためきだす。
「空間エーテル、吸収、開始……ッ!!」
掛け声と周囲の空気が変わったのは、ほぼ同時だった。
拘束する糸、突き刺さった糸束が、突如リメア中心に蒼く変色していく。
変化が空間の裂け目に到達するより早く糸は光の粒子へと分解され、小さな体へと恐ろしい勢いで吸い込まれていった。
その流れは徐々に大きくなり、少女を中心とした巨大な渦になる。
五次元空間から無理矢理引きずり出された大量の糸さえも、凄まじい勢いで飲み込まれていく。
エーテルと暴風は荒れ狂う竜巻を人工太陽上にいくつも発生させ、周囲で雷鳴が轟いた。
「うおおおおおおおっ!?」
右へ左へと風に揉まれたアーヴィは開霊端子の接続を物理的に絶たれ、地面へと真っ逆さまに落下する。
幸い鎖でできた山の頂に背中から着地し、事なきを得た。
アーヴィは放心したまま、上空を眺め続ける。
ほとんどの糸をその身に吸収した少女は、嵐を打ち破って現れると、鈴の音のような声を響かせた。
「体内のエーテル許容値12000%超過。過剰分を損傷部及び外部ユニットへ展開!」
宣言と同時にリメアの銀髪はスルスルと伸びていき、彼女の背丈をも凌駕する。
見上げるアーヴィの視界は、鎖の天井から銀糸の天蓋へと塗り替えられていった。
失われた彼女の左腕は完全に復元され、体中の傷も消えていく。
だがリメアの変化はそれだけで終わらなかった。
破れていたワンピースはほつれを縫い直しながら丈を伸ばし、積層するスカートが大きく膨らんだ。
純白のマリエさながらに変化したドレスには目の細かいレースが波打ち、額にはティアラが輝き、後ろ髪には透き通ったヴェールがたなびく。
胸元や腕はガントレットを含む白銀のハーフプレートアーマーに守られ、握りしめられていた両刃剣は巨大化し複雑な装飾を備えた儀礼聖剣へと変貌した。
「おい……いくらなんでも盛りすぎだろ……!」
ぼそりと呟いた少年の広角は、上がりっぱなしだった。
鎖についた手指の焦げた臭いが周囲に充満していたが、アーヴィは痛みすら忘れて目の前の光景に食い入った。
胸の内で勝利を確信しながら。
ゆっくりとリメアの手によって大剣は持ち上げられ、彼女の周囲で飛び交う光の粒子が剣身に収束していく。
更に延伸された輝く剣先は、振り上げられたリメアの頭上でドームの天井を貫通する。
天井に大きな波紋が広がり、ぶら下がった目玉の鎖が大きく揺れていた。
こみ上げる喜びとともに、アーヴィは腹の底から叫ぶ。
「リメアァァァッ! 殺れぇぇぇぇぇぇッ!!」
雄叫びが響き渡る中、リメアは静かに呟いた。
「エーテル量回復により意識の深層覚醒を確認。優先処理対象……目標の排除!」
少女は復元した左手の握力を確認した後で、剣の握りにその手を添え、脇を絞った。
すると光剣がひときわ強く輝き出す。
リメアは無表情のままで、その巨大な剣を振り下ろした。
剣先は赤熱したドームの外壁をバターのように切り裂きながら精霊の本体、十二面体の核石へと迫っていく。
「いけぇぇぇぇぇッ!!!!」
拳を突き出したアーヴィの叫びは、破れたドームの向こう側、星々が煌めく漆黒の空へと吸い込まれていった。
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