第22話(3)自動戦闘【主律星フェニス】
「この状況、俺ひとりじゃ荷が重すぎるぜ……ケホッ、ケホッ!」
口の中はカラッカラ。
汗も枯れ果て、アーヴィの気分は最悪だった。
頼みの戦力は失われ、精霊は怒髪天を衝いている。
鎖の鎧を突破する方法はなく、周囲の気温は上昇を続けている。
手のひらに浮かんだ水疱を見るに、人間としての活動限界も近づいていた。
アーヴィは唇を噛み締めた。鉄の味が口内に広がる。
リメアを失ったのは大きな痛手だった。彼女の戦力を過剰に見積もっていた。
(クソ……、完全に誤算だった……!)
本来ならば、この星で精霊を打倒しておく必要があった。
それが凪の水面に投げ込む最初の石になるはずだった。
宇宙全体へと波紋は広がり、散り散りになった味方たちが呼応する。そして大いなる戦線が、長い時を経て復活する大いなる計画。
だが現実は第一歩を目前に、暗礁へと乗り上げていた。
「こいつを見捨てて、退散するか……? いや、だめだ」
少年は首を振り、自らの身体をじっと見つめる。
アーヴィ単体では、武力に乏しいことは自明。
戦争が終結して久しいこの時代では、兵器集めも容易ではない。
たとえこの場をしのいだとしても、次の手がなければ意味がない。
ちらとアーヴィはうつ伏せに倒れた少女を見る。
(俺の不死性も大概だが、こいつはめちゃくちゃだ。精霊とタメ張れる人間がこの宇宙で他にいるか……?)
リメアの力は圧倒的だった。
空を駆け、物体を生成し、精霊の鎖を砕く。
体が小さい分隠密にも長ける。
比較するのは野暮だが、少なくとも戦艦1隻分の戦闘力は有していると言っても過言ではない。
やや反発的なのが玉に瑕だが、話せば説得、洗脳も可能だと見ていた。
封印から目覚めたばかりの無名の反逆者は、彼女の力を大きく必要としていた。
だが今。
手札の限られた現状、リメアを回収して撤退することすらままならない。
打つ手がなさすぎる。
「くそっ、どうすりゃいい……!」
頭を抱えたその時だった。
背後からやけに明瞭とした、涼しい声が聞こえてくる。
「エーテル残量危険領域。セーフモード、起動」
「リメア……?」
振り返ると、虚ろな目をした少女がゆらりと立ち上がる。
「五次元空間からのエーテル摂取、失敗。残存エーテル更に低下。自己貪食開始。エーテル膜、強制展開」
矢継ぎ早に繰り出される言葉は、いつもの少女からかけ離れたものだった。
機械じみた言動の最中、傷だらけになっていた左腕が突如粒子に変わり、少女の体に吸収されていく。
すると即座に、失った腕の分だけ白銀の髪がスルスルと腰のあたりまで伸びたのだった。
同時にバチバチと音を立てて少女のまわりに光の膜が形成されていく。
膜は損傷と修復を高速で繰り返しており、天井からぶら下がる精霊眼のエーテル阻害に対抗しているように見えた。
呆気にとられたまま見つめていると、少女は首だけを動かしアーヴィへと視線を向けた。
「な、何だ……?」
身構えるアーヴィの右手を凝視したまま、整然とした言葉を並べるリメア。
「知識回路展開。禁忌領域データへのアクセス開始……承認。データ展開。対象は記憶内のメルキオルの壊霊端子と73%のみ形状一致――メルキオル欠陥個体と推定」
腫れた少年の目は限界まで見開かれ、唇が震える。
「欠陥……だと……? なんでお前が、それを……」
漏れた小声を聞き留めることなく、リメアはドームへと視線を戻す。
「脅威個体分析開始……完了。小型精霊、脅威度――低」
先程までのリメアとはもはや別人だった。
多少驚きはしたが、彼女の精霊に対する脅威度判定を聞いた途端、アーヴィは破顔する。
「は、ははは! そうか、そうか! とうとうブチ切れたんだな! いいぞ、リメア! その片腕だけで精霊は倒せそうか? 倒せそうなんだな!?」
アーヴィの問いかけにリメアは目もくれることなく端的に返した。
「可能。効率的な排除に向け、協力を要請」
「ああいいぜ、何をすればいい!?」
「壊霊端子の行使、妨害エーテル帯への介入権限奪取を希望。脅威個体の外殻剥離はこちらで完遂する」
「ははっ! いいぜ、どれくらい時間がかかる?」
「自立戦闘回路起動。エーテル消費量から継続戦闘可能な時間を逆算。……最大三十秒」
「はっ、上等! こっちも暑さでそろそろ限界だ。短期決戦は望むところだ!」
ズシン、と大地が揺れる。
放熱塔をなぎ倒しながら、身体を引きずる精霊がふたりの前に立ちはだかる。
足が減り機動力を失った分を補おうとしているのか、振り回される鎖鞭の数は増え、得物を叩き潰さんと恐ろしい音を立てて空気を切り裂いている。
アーヴィは無言で隣へ目線を送った。
残った右手に両刃の剣を生成した少女は、表情ひとつ変えず、軽く腰を落とす。
「行動……開始」
それは短い合図だった。
直後リメアの蹴った床が弾け飛び、爆風が巻き起こる。
「うおっ!?」
放熱塔に手をかけていなければ、吹き飛ばされてしまうほどの風圧。
顔を上げればすでに、リメアは音を置き去りにする速度で精霊の眼前に迫っていた。
待っていたとばかりに振り下ろされる鎖鞭。鎖の先端で発生したソニックブームが大気を白く濁らせる。
リメアは空中で静かに剣を構え、迎え撃つ。
交差する鎖と剣。
火花とエーテル粒子が中空に咲き乱れた。
鈍色の刃が踊り、純白のワンピースが風を孕む。薄闇に閃光が瞬き、少女の横顔は極彩色に染まる。
追い打ちとばかりに襲いかかる二波、三波の鎖。
それらはリメアに届く直前で、同形の鎖に打ち払われる。
既に少女の右手に剣はなく、切り口がまだ赤熱したままの鎖が代わりに握られていた。
(リメアのやつ、いつの間に……!)
アーヴィがリメアの頭上を見上げれば、投擲された剣が瞳に映る。
リメアは上体をグンと捻り、鎖を振り回した反力を用いて空中で更にもう一段高く跳び上がった。
鎖を手放し片手で器用に剣を掴むと、迫る鞭撃を返す刃で斬り伏せた。
「……ははっ、曲芸師かあいつは!」
走りながらアーヴィは血痰を吐き出す。
過熱された大気は気道を焼き尽くしている。
取り込める酸素も極めて薄い。
だが、口元は笑っていた。
(ここで止まるわけにはいかねぇ!)
灼熱の床が足裏を焼き、熱波に目が霞もうとも、ここが正念場。
リメアが切り開いた道を、端子を庇いながらただひたすら真っすぐに疾走する。
切断された精霊の鎖が背後で立て続けに落下し、地響きを轟かせる。
「あと、十秒ッ!」
自重を乗せて上空から突き立てた少女の剣が、精霊の胴体を穿った。
鎖が弾けた数珠のように地面に広がる。
地面を蹴り、精霊の脚部を駆け上がるアーヴィ。
リメアは即座に剣を引き抜くと、ためらいなど微塵も見せず袈裟懸けに振り抜いた。
何度も、何度も、何度も。
止まぬ斬撃は積層した鎖鎧を一枚、また一枚と剥ぎ取っていく。
やがてその奥から巨大なカンラン石に似た結晶が顔を出し、緑色の光を鎖の合間から放ちだす。
「リメア! そいつがコアだ! 代われッ!」
飛び上がった少年の影がリメアに覆いかぶさると同時に、両者は互いの位置を入れ替える。
露出したコアが、脈動する心臓のように明滅している。
アーヴィの右手で、開霊端子がひときわ青く輝いた。
「三、二、一……ッ! 届けぇぇぇッ!!」
伸ばされた開霊端子の枝先が、精霊の核壁へと突き刺さる。
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