第22話(2)自動戦闘【主律星フェニス】
アーヴィの様子を見て、リメアはハッと気がつく。
自分たちの閉じ込められた、ドーム内の気温が徐々に上昇していることに。
「……やられたな。さっきので決めるべきだった。やけに悠長な攻撃をしてくると思っていたが、奴がノロかったんじゃない。端からこれは持久戦だったんだ」
「まさか! リッキー、今の気温ってどれくらい!?」
「現在測定したところ、外気温二百四十度、床の金属部は五十度を超えていマス! サウナどころの話ではありまセン! 鉄板焼きデス!」
「……声だけ聞こえるが、そこにいんのか? あの銀色の玉ッコロはよ。いるなら頼む、教えてくれ。ヘイ、リッキー。この状況の打開策」
「リメア様の視覚情報から分析するに、質問者様にハ深刻な脱水症状が見受けられマス。適切な水分補給が必要でショウ」
「悠長にジュースでも飲めってかよ……。あ゛ー、万事休すか? これ……」
項垂れたアーヴィの額から、ボタボタと汗が滴った。落ちた水滴は地表で泡立ち、すぐに蒸発してしまう。
遠くから一際大きな地響きが聞こえた。
(まだあの場所でもがいてるみたい……)
精霊が近づいてきていないことを確認すると、リメアは唇に折った人さし指を当てながら作戦を練り直す。
「さっきの作戦が厳しいなら、もう一回わたしが精霊のお腹を強く叩いて鎖を剥がせば……。あ、でもアーヴィがもう動けなくて……。じゃあわたしたち、逃げたほうがいい、のかな……?」
「……はっ、どこにだ? ここら一帯全面鎖で覆われてんだぞ?」
「うん……、でももしあの外壁にエーテルが通ってなかったら拳で壊せるはず。穴さえ開ければなんとか」
「じゃあ、そこまでどうやって行くんだ。ふぅ、あぢぃ……。跳躍ってやつも使えねぇんだろ? 走って壁際まで行くか?」
「でも現状、できることってそれくらいしか」
「おい――」
作戦に集中していると、アーヴィがやけに驚いた様子でこちらを見ながら、腫れた目を大きく見開いた。
「リメア、いつからその髪の色なんだ……?」
ハッとして手を上に伸ばした瞬間、足から力が抜け崩れ落ちた。
手をついたが支えきれず、そのまま倒れ込み頭を地面にぶつけ、ゴン、と低い音が鳴った。
地面に押し付けられたほっぺからジリジリと熱を感じる。
「ぐっ……!」
地面を押し返し、重い体を持ち上げてなんとか顔を上げる。
「そんな……精霊はまだこっちに気づいてないはずなのに……!」
足音も、鎖の音も聞こえていない。
体は放熱塔の影に隠れたまま。
こちらからも精霊は見えないが、あちらからも見えないはず。
なのにどうして、とリメアの頭がぐるぐると回る。
アーヴィは徐ろに周囲を見回し、ドームの天井を見上げた瞬間、口を半開きにしたまま固まった。
同じ方向を見たリメアの背に、戦慄が走る。
「こんなのって……」
カラカラの喉から飛び出した掠れ声に、混じる絶望。
二人の目線の先、ドームの天井からはおびただしい数の鎖が垂れ下がっており、そのすべての先端で目玉がギョロギョロと動いていた。
今までひとつしかなかった、精霊の監視眼。
視野に入らなければエーテル阻害は受けない、という作戦の前提条件。
だからこそ成り立っていた今までの行動。
それらが今、すべて瓦解する。
「このドームの中に、もう精霊の死角はなくなっちまったってことだな。ゴホッゴホッ、マジでやべぇ――」
刹那、リメアの視界に映る世界すべてが、大きくブレた。
遅れて体側を中心に激しい痛みが脳天まで走り抜ける。
「あぐっ!」
打ち付けられた熱を帯びた鎖が、腕に食い込んでいた。息ができない。どちらが上下かもわからない。
ミシミシと体側に押し付けられた腕が悲鳴を上げている。
鎖はさらに加速し、空気の壁に押し付けられたリメアは身動きが取れない。
「うっ、がぁっ!」
なんとか鎖のムチから体を引き剥がすも、そのままの速度で放熱塔に叩きつけられる。
「……かはっ!」
エーテルで膜も張れず、減速も衝撃吸収もできなかった。
大きくひしゃげた鉄塔の中腹から転がり落ちる。
「リメア! 避けろぉっ!!」
うつ伏せに倒れたリメアの耳に、遠くから誰かの叫び声が折り重なって反響した。
視界が波打つ。
音がぼやける。
思考が回らない。
直後、背中を真っ二つに割くような衝撃が走った。
「ああ゛っ!!」
声をこらえきれないほどの痛みと同時に、轟音と舞い散る金属片。
苛烈過ぎる鞭打に、地面へ叩きつけられた体が浮き上がる。
状況を処理するよりも速く、次の攻撃が飛んで来た。
視界の端で生き物のようにうねる鎖。
身を守ろうと力を込めるも、左腕が言うことを聞かない。
五体をバラバラにするほどの運動エネルギーが、リメアを激しく打ちつける。
力なく持ち上げた右手は、ガードの意味をなしていなかった。
視界が、明滅する。
やっと目の焦点が戻った時、リメアは地面に両手両足を投げ出すように転がっていた。
痛みも、熱も、音も、すべてが鈍く、遠い。
視界がだんだん狭く、暗くなっていくのがわかった。
軽い足音が、近づいてくる。
「リメア! 返事をしろ! おいリメア! クソッタレ!! あれを使うか!? いやそれだと……」
何とか開く片目を動かして見れば、慌てふためくアーヴィと目が合った。
彼の顔には隠しきれない動揺と、迷いが見て取れる。
(よかった……アーヴィまだなにか隠し玉があるんだ……)
リメアはふっと小さく微笑んだ。
アーヴィのためらうような視線で、理解した。
負傷した自分が、今この戦場では足手まといになっているのだと。
(このまま意識を手放せばきっと、アーヴィは迷わなくて済むんじゃないかな……)
そんな諦念に似た思いが、朧げに浮かんでくる。
それを皮切りに、四肢から一気に力が抜けていった。
「おいバカ! 諦めるな!!」
(アーヴィだけでも、逃げて……)
言葉にしようとしたが口が言うことを聞かず、小さく息を吐き出すことしかできない。
精霊がまた、大きく叫んでいた。
「……に……い! 間に……ない……!」
音を失ったはずの耳に、再び聞こえてくる霞がかった声。
ただ、すべてがもう手遅れだった。
(あ……)
思考が粘る泥沼に沈んでいき、もうなにも、考えられない。
ぷつんと頭の中で音がしたように感じたのと、視界が闇で覆われたのは、ほぼ同時だった。
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