第22話(1)自動戦闘【主律星フェニス】
放熱塔から飛び出したリメアは、身を隠しつつも素早く移動する。
「おいどうした、これがそんなに気になるか?」
ちらと声がする方を見れば、アーヴィが精霊の前に躍り出て注意を引きつけてくれていた。
精霊は先程までの動きをピタリと止め、ぎょろぎょろ目玉もアーヴィが掲げた開霊端子に釘付けだった。
(アーヴィはあの端子のこと、精霊を隷属させる装置だって言ってたけど……。リッキー、あれについて詳しく知ってる?)
「わかりませン、呼び出せるアーカイブ領域に記録されていない物体デス」
(うーん、そっか。でも、あの端子のおかげで精霊に隙ができてる……! リッキーは出てきちゃだめだからね! また精霊のエーテル妨害で消えちゃったら困るもん)
「承知しまシタ。リメア様の内側から、できる限りのサポートをいたしマス!」
(お願い!)
乱立する放熱塔の間を走り抜け、大きく回り込んで精霊の背後にたどり着いたその時。
精霊が体を仰け反らせ、大きく吠えた。
ビリビリと鼓膜が痺れるほどの振動が人口太陽全体を揺さぶる。
「や……て! そ…………ない……で!」
「……っ!?」
まただ、とリメアは片目をつぶりこめかみを押さえた。
耳をつんざくような咆哮に混じり、どこからか声が聞こえてくる。
それは精霊が規則を述べ上げた時の声と似ているようでどこかが違う。
声は遠ざかったり近づいたりと、発生源すら判然としなかった。
精霊の咆哮と重なっていること以外、いったい何なのか、誰が喋っているのかも見当がつかない。
「んーもう! よくわかんないけど、仕掛けるなら今しかない!」
リメアは気配を消し、放熱塔に駆け上がると側面を静かに蹴った。
エーテルを放出していないため速度は遅いが、重力の軽い人工太陽上であれば、アーヴィ同様ジャンプの距離は大きく伸びる。
空中を移動すれば、金属質の地面へ伝わる振動で精霊が気づいてしまう恐れもない。
(ここだっ!)
リメアは精霊の足に接近すると、ガントレットをはめた右手を大きく振りかぶり、体重を乗せ力いっぱい殴打した。
『オオオオオオオオオオオッ!』
殴った衝撃で破断した鎖が飛散する。
その瞬間、リメアは確信した。
(この足……! ほとんどエーテルが通っていない!)
ムチのように攻撃を仕掛けてくる鎖と違い、精霊の体を支えている足には強いエーテル反応が見られない。
つまり殴る蹴るの物理攻撃で破壊できる、という証明に他ならなかった。
「リメア様! 左舷より目玉ガ!」
「わかってる!」
リメアは身を翻し、ちぎれた精霊の足の付け根を蹴って離脱する。
放熱塔ですぐさま目玉の視線を切り、不規則な移動を繰り返す。
「片腕はかすっちゃったけど、これなら……!」
離脱の際、目玉から受けたエーテル阻害がかすめ、左手のガントレットは手の甲から先がなくなっていた。
それでも、動き自体には支障ない。
(あの目玉と目があってからエーテルが奪われるまで、ほんのちょびっとだけ、時間がある!)
それはコンマ数秒以下の僅かなラグ。
だがそれだけ時間があれば、不可視の攻撃でも直撃は避けられる。
精霊がリメアの姿を見失い、周辺を探している間に自身はアーヴィのマネをして腹下へ潜り込む。
「こっちだ……よっ!」
強烈なアッパーをガラ空きの腹部へ叩き込むと、離脱ついでに近くの足を蹴り飛ばした。
鎖が破断し、金属片が滝のように連なって地面へと雪崩落ちる。
(やった!)
心のなかでガッツポーズするリメアめがけて、背後から鎖のムチが迫っていた。
地面スレスレを広範囲に薙ぐ銀色の一本線。
びゅう、と大気を切り裂く低い音。
精霊の目玉は鞭を振るった後で腹下を覗き込む。
だがリメアはもう、そこにはいない。
「隙ありっ!」
先ほど振り払われた鎖にしがみついていたリメアは、鎖から手を離し精霊の胴体めがけて飛びかかった。
足の付根に膝蹴りと右ストレート。
バラバラと鎖の破片が散らばり、遅れて二本の足が地響きを立てて倒れた。
十本あった足の半数を失い、巨体はバランスを崩す。
軽い重力の中でゆっくりと体を傾ける精霊。
しかし精霊は倒れながらも蛇のような素早い動きで、ぎょろぎょろ目玉がついた鎖をリメアに向け伸ばしてきた。
「させないよっ! えいっ!」
エーテル阻害が発動する直前。
リメアが笑顔で蹴飛ばしたのは、目玉鎖の根本。
衝撃は鎖を伝い、激しく波打ちながら先端の目玉に達する。
大きく振られた目玉の照準は目論見通りあらぬ方向へ。
リメアの後方で外れたエーテル阻害が発動し、放熱塔の光がパパパッと消えた。
地響きとともに大地に転がる精霊。
リメアは離脱しながら、腹の底から声を張り上げる。
「アーヴィーっ!!」
「任せろッ!」
リメアの戦闘中、ずっと身を潜めていたアーヴィはこの機を逃さず、仰向けになった精霊の腹部へ飛び移る。
「うおおおおおおおおお!」
威勢のよい雄叫びとともにアーヴィは右手を精霊に突き刺した。
「入った!」
空中で喜びとともに拳を握りしめるリメア。
一回転して着地し、近くにあった放熱塔の背後に半身を隠す。
ぴょこりと顔だけを出してみて、精霊の様子をうかがった。
「どうなったかな!?」
倒れ込んだ精霊に動きはない。
腹の上に乗ったアーヴィへ視線を戻せば、険しい表情を浮かべている。
「……クソッ、こいつ、鎖で本体ががんじがらめに覆われてやがる! 開霊端子が……届かねぇ!」
「アーヴィ!! 後ろっ!!」
慌てて叫んだが、間に合わなかった。
「ぐあっ!」
鎖のムチが背後からアーヴィを容赦なく襲う。
吹き飛ばされた少年は、手足をだらんと伸ばしたままくるくると力なく宙を舞った。
「……っ!」
精霊に見つからないよう、リメアは身を隠しながら落下地点へと走り出す。
ひっくり返された上体から起きあがろうと、精霊は叫び声を低く轟かせながら、やたらめったらに鎖を振り回している。
(うわ、すっごい怒ってる……)
足の数が足りないからか、精霊はうまく立てずにもがき続けていた。
(アーヴィを助け出すなら今のうちに……!)
落下地点付近へたどり着くと、リメアはさっと周囲を見渡した。
湯気を立て乾き始めていた大きな血溜まりが目に留まる。
駆け寄れば、そこから点々と続く血痕に気がついた。
リメアは考えるよりも先に足を動かす。
痕跡を頼りに数十メートル進むと、放熱塔を背に座り込んだアーヴィの姿があった。
「アーヴィ、大丈夫!?」
「あ、ああ。心配してくれてありがとよ。鎖のダメージはもう回復している。だが、やべぇな……」
彼の呼吸は荒く、皮膚が赤く爛れている。
水ぶくれも確認でき、その症状はまるで重度の火傷。明らかに鎖のダメージとは別だった。
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