第21話(3)アーヴィの秘策【主律星フェニス】
ちょうど精霊がいる方角とは反対のずっと先、人工太陽の丸い地平線から壁のようなものがせり上がっていた。
目を凝らせばそれが全て鎖でできていることがわかる。
「えっ、えっ!」
リメアが慌てて周囲を見回したところで、もう手遅れだった。
地平線の壁は三百六十度全方位から、ドーム状に星空を覆い尽くす。
あっという間にアーヴィたちの立つ人工太陽の裏側は、逃げ場のない密閉空間に変わってしまった。
薄暗いドームの天井を、無数の放熱塔の先端から漏れる光が煙越しにぼんやりと照らしている。
「奴さん、逃げ回る羽虫を確実に潰すつもりだな。な、わかっただろ? やることは一つってこった」
アーヴィは拳を掌で包み込み、骨を鳴らした。
リメアはどうしよう、と言いたげな表情でこちらを見てくる。
(おいおい何だその顔は。リメアのやつ、追い詰められたら最悪ここから跳んで逃げればいい、とか考えてたんじゃねーだろうな……)
アーヴィは端からそんな選択肢など候補に入れてはいない。
(せっかくのチャンスだ。ここからが正念場だろうが……!)
しかし、精霊と戦ってもらわなければ困るのはアーヴィ自身。
なんとかリメアを説得して、考えを変えてもらう必要があった。
(しゃーねぇ。あれを見せるか……)
正直気乗りしなかったが、勝利への可能性を上げるためならば仕方ない。
アーヴィはそう判断すると早速動いた。
リメアの腕を引き、再び放熱塔の影に半身を隠すと耳打ちする。
「おい、リメア聞け。俺に秘策がある」
「秘策?」
「ああ。俺が無策で精霊に戦いを挑む馬鹿だとでも思ったか?」
アーヴィが右手を開くと、掌がぼんやりと光りだす。
やがて皮膚が裂け、中から青白く発光する枝のようなものが生えてきた。
「さっきもやってたけど、それ……なに?」
「へへ、これは開霊端子つーんだ。精霊を一時的に、無条件で、武装解除させることができる。いわば精神へのアクセスキーってとこだ」
「……」
リメアは翡翠色の瞳に淡い光を映しながら、じっと明滅する端子を見つめ続ける。
そしてなにかを訴えかけるような表情を浮かべ、上目遣いでこっちを見てきた。
「なんだ。なにか言いたいことでもありそうな顔だな」
「えっとね。なんでアーヴィはそんなすごいものを持ってるのかなって。精霊の精神にアクセス? することがどうして秘策なの?」
「あー……」
アーヴィは頭をポリポリとかき、目を泳がせる。
(めんどくせぇな……。話せばこうなることはわかっていたが、全部を隠し通すのは無理か……)
少年はため息をつきながら口を開く。
「なんでこれを俺が持ってるかは、そうだな。俺がメルキオルの一族だからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
リメアはアーヴィから目をそらさず、じっと覗き込んでくる。
やましい隠し事は許さないとでも言いたげだった。
「わかった、わかったよ。そんな目で俺を見るな。正直に話すと、これは精霊を隷属させるために必要な装置だ。さっき言った資源管理局の緊律審官なら全員が持ってるもんだよ」
「隷……属……?」
それを聞いたリメアの翡翠色の目が、更に鋭くなる。
「ストーップ! いま余計なこと考えてるだろ? 今この装置について議論している時間はない。とにかく、こいつを使えばあの精霊を黙らせることができる。それだけは確かだ。いいか?」
「……どうするつもり? わたしは無理やり従わせるなんて嫌だよ……?」
(め、めんどくせえっ……!)
リメアの瞳には強い意志が見て取れた。
アーヴィは話すんじゃなかったと眉間を押さえつつ、少女の肩に腕を回す。
「言いたいことはわかるさ、相棒。精霊の動きを止めた後のことはリメアに任せる。な、それでいいだろ? たが話をするにもぶっ叩くにも、動きを止めなきゃ話が進まねぇ。だからここはすんなりと協力してくれ」
「……うん。でも、動きを止めて精霊としっかりお話できるようになったら、ちゃんと時間作ってね」
「はいはい、仰せのままに」
なんとか説得に成功したと、少年は額に浮かんだ冷や汗を拭った。
今彼女と対立している暇はない。
「じゃあ、やることは決まったな。この鍵を精霊にぶっ挿せるように、援護を頼む」
「うん! じゃあ、わたしは跳躍して一気に精霊の後ろに回るから、アーヴィはその隙に!」
「おう、頼んだぜ!」
少女が軽く頷き歩き出すと、後ろ髪がふわりと持ち上がる。
彼女を中心にエーテルが満ち、パチパチと目視できるほどに弾け始めた。
リメアは精霊のいる方角めがけてクラウチングスタートのポーズを取ったかと思えば、足から順に体が透けていく。
(はっ、何だその姿は。いよいよ人間離れしてるな……)
そんなことを考えながらも、アーヴィは目線を精霊へと向ける。
エーテルの動きに敏感な精霊は、こちらの動きを感知し、動き始めていた。
「さて、俺も場所を変えるか……ぶへっ!!」
言ったそばから、災難が降ってきた。
突然目の前に現れた物体がアーヴィの顔面にクリティカルヒットする。
目を開ければ、白銀の細長い毛が痛めた鼻先をくすぐった。
ぶつかってきたのは消えたはずのリメアだと気づくのに、数秒を要する。
少女のお尻を顔面でもろに受け止めたアーヴィは、彼女ともども後頭部から地面に倒れ込んだ。
「ててて……おい! なにやってんだ! 精霊はあっちだぞ!」
「う……」
リメアの様子がおかしかった。
見れば腕を抑え込み、苦悶の表情を浮かべている。
ショッピングモール前で、超高速・高高度から地面に突っ込んでも無傷だった少女が、だ。
「どうした! 何があった!?」
「糸が……!」
「糸、だと?」
周囲を見渡すが、それらしきものは見当たらない。
そうこうしているうちにも、激しく鳴り響く金属音が近づいてくる。
「ごめんアーヴィ、さっきの作戦やっぱなしで! わたし、ここでは跳躍使えないみたい……」
「さっきの消えるやつか?」
「うん、とっても速く動けるんだけど、一旦五次元空間に入らないといけなくて。でもその空間全部にエーテルの糸が蜘蛛の巣みたいに張り巡らされてるの」
リメアが腕から押さえていた手を離すと、すでに傷跡は消えていた。
ただ表情は依然厳しく、痛みが消えているわけではないらしい。
「……五次元空間っつーと、精霊たちのホームグラウンドだ。罠を張っていてもおかしくねぇ。さっきの作戦が無理なら、代替案はあるか?」
「うーん……もうこれぐらいしか思いつかないけど……」
少女は手の甲にエーテルを集め、無の空間からガントレットを生成した。
白髪がみるみるうちに短くなり、腰の高さまで減っていく。
どうやら彼女の髪の毛はエーテルの電池のような役割を担っているらしかった。
「生成は燃費が悪いから、あんまり使いたくなかったけど!」
両手の拳を打ち鳴らし、構えの姿勢を取るリメア。
「はっ、正面突破か。嫌いじゃねぇ。それなら俺が陽動に回って奴を引き付ける。隙をついて体勢を崩してくれ。そこで俺がすかさず鍵をぶっ刺してやる! あの目玉に気をつけろ。常に死角に回り込め!」
「わかった!」
計画は決まった。最善ではないにせよ、シンプルで分かりやすい。
互いに頷き合うと、放熱塔の背後から二手に分かれ飛び出した。
同時に振り下ろされた鎖のムチが、先程隠れていた放熱塔を破壊する。
「どこ見てんだデカブツ! 俺から漂う《《この匂い》》に、もう気づいてんだろ!?」
アーヴィは精霊の前に躍り出ると、首の骨を鳴らしながら口角を吊り上げる。
(さあて、反撃開始だ……っ!)
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