第21話(1)アーヴィの秘策【主律星フェニス】
水槽の中で目が覚めたその時。
歪んだ視界の中で目にした少女は、怯えた目でこちらを見ていた。
(こんなガキが俺の封印を解いただと? 信じられねぇ)
どこにでもいそうな、よく笑いよく泣く普通の子供。
それがアーヴィのリメアに対する第一印象だった。
だが監獄を脱出する過程で目撃した、度を超えた身体能力と状況適応能力には驚かされる。
(訓練された動きじゃねぇが、こいつは……使える……!)
かつての軍を失った今、リメアという存在はアーヴィにとって、諸手に余るほどの戦力には違いない。
アーヴィは彼女を起点に、この星の精霊攻略作戦を頭の中で組み立てた。
ショッピングモールを駆け上がる傍らで、複数の計画を立案し成功確率を算出する。
見立て上では、概ね容易に攻略可能な筋道が立った。
(唯一の懸念を挙げるとするなら、リメア自身の、経験不足から来る甘さだな……)
アーヴィはモールの屋上で彼女の意思を確認し、まずまずのラインと判断する。
その時点で計画の攻略成功率はかなり上昇していた。
(やれる。こいつさえいれば、俺を封印したこの星の上に、勝利の旗を掲げることができる……!)
常軌を逸した方法で人工太陽にたどり着いたアーヴィは精霊を目視し、内心アタリだとほくそ笑んだ。
一般的に精霊の姿形はバラバラで、中には非情に厄介なタイプも存在する。
今回の精霊は見たところサイズがかなり小さかった。
管理している星も観光開発が主目的で、星自体もそれほど大きいものではない。
リメアの話を聞く限り、エーテルの強奪という固有スキルはあれど、見た目からして物理主体の単調なタイプだった。
(勝ったな――)
その感覚は過去に戦争をくぐり抜けてきた経験が裏打ちしていた。
力量差を分析しながら体中に鳥肌が立つのを感じる。久しぶりの戦場に、背筋がゾクゾクしていた。
が、しかし。
頼みの綱であるリメアは、ここにきて精霊と話がしたいなどと世迷言を抜かし出す。
彼女を送り出し、アーヴィはその後ろで腕を組むと冷静に頭を回した。
相手の攻撃力、速度はアーヴィのような一般人レベルの兵には過剰である。
それは既に、アーヴィ自身が身を持ってリメアへと提示済みだった。
(さて、精霊を前にして、どう動くか。あいつの反応次第で、取るべき計画が変わってくる……!)
リメアを精霊に向かわせたのは、アーヴィにとって試金石のような行為だった。
彼女が今後も利用できるか否か。そんな打算が、アーヴィの胸中にはあった。
(たとえどんなに弱く小さな精霊でも、星のシステムを司る存在には変わりねぇ。艦隊規模で、潤沢な兵器と物量で勝負を仕掛けるのが定石だ)
リメアという未知数の戦力がどれほど通用するか。その一点が戦況を大きく左右する。
「昔みたく精霊を一撃で倒せるような兵器は持ち合わせちゃいねぇ。だがあいつの馬鹿力がありゃ、あの程度の精霊なら……!」
主律星で感じた住民たちのアーヴィに対する警戒の薄さ。
そして技術衰退の様子からして、すでに封印からかなりの時間が経過しているのは明らかだった。
投獄前の段階で消耗していた反体制派の仲間たちは、戦後散り散りになっているはずだとアーヴィは目測を立てる。
今回の戦いで白星をあげ、宇宙全体にその事実が拡散されれば、道半ばで潰えた革命を再開できる。
「頼むぜリメア。お前の働き次第なんだ……!」
アーヴィは白い歯をのぞかせながら、リメアの背中を目で追いかけた。
日和った少女は、ひょこひょこと及び腰で精霊の前に歩いていく。
初めて上位存在である精霊と相対するのだ。
こうなることすらアーヴィの中では織り込み済みだった。
「ま、現実を見ればすぐにこちら側に付くってもんよ。シシッ」
いつでもリメアを救出できるよう、少年は口元に薄ら笑いを浮かべたまま放熱塔に身を隠し、付かず離れずの距離を保った。
『オオオオオオオオオオオッ……!』
精霊が体を反らし、地響きのような低い唸り声を上げる。
大気がビリビリと震え、あまりの音圧にアーヴィは思わず耳をふさいだ。
「っ! おいあいつ、何やってんだ!?」
見ればリメアは蛇に睨まれた蛙のように棒立ちで動かない。
眼の前で敵が鎖をムチのように振り上げているにも関わらず、だ。
「んのバカ!」
アーヴィは放熱塔の影から飛び出し、未だ呆けている少女に全力でタックルする。
背後で破裂するような金属音。振り返れば先程までいた場所の床が激しく凹んでいた。
飛び散った火花に加えて、虹色のエーテル粒子がバチバチと鎖の先端で弾けている。
「バカ野郎! 何ぼけっとしてんだ!」
リメアが倒れれば、精霊討伐に支障が出る。
いくら彼女の体が丈夫だとはいえ、先程のような攻撃に耐えられる保証はない。
「ご、ごめんアーヴィ! 精霊の声に集中しててそれで……」
「はぁ!? 精霊の声だ? 獣の雄叫びの間違いだろ! 何言ってんだ!?」
「えっ、でもわたしにはちゃんと言葉に聞こえたけど……」
話してる間に、二発目のムチが振り下ろされようとしている。
「おいリメア、あれ、受け止められるか?」
「む、ムリだよ! あれただの鎖じゃないもん! 鎖の先っぽでエーテルが凝縮されてるから、わたしでもたぶん当たっただけで大怪我しちゃう!」
「んじゃあその話はあとだ! とりあえず体勢を立て直すぞ!」
「うん!」
素早くその場を飛び退くと、背後で再び激しい音と衝撃。
それを合図に、二人は一目散に走り始めた。
人工太陽の上で重力が軽減されているとはいえ、全身を鎖で構成された精霊の動きはそれほど速くない。
(鎖のムチは脅威だが、動きを予想すること自体は可能だな……)
全速力でジグザグに走れば、乱立する放熱塔が障害物となりなんとか距離も稼げた。
速度を維持したまま、アーヴィは隣で思い詰めた表情をしている少女に話しかける。
「で、言葉に聞こえたっつーのはどういうことだ。俺にはオォォみたいな叫び声にしか聞こえなかったぞ。そもそも精霊っつーのはそういうもんだ。特殊な装置を介さなければ、意思の疎通すら図れねぇ」
「そうなの!? なんか、規則違反だ、って言ったあと、すごい叫び声上げてたんだけど、その音に紛れてまた邪魔してきて、とか、許せない、とか聞こえたよ!」
「精霊の血が半分入ってるからか……? 翻訳もできるとは恐れ入るが、よくもまあそんな物騒な会話してる最中に呆けられたな……」
「えへへ、ごめん……。なんでかわからないけど声が二重に聞こえて、不思議な感じがして――わわっ!」
突然リメアが膝から崩れ、地面に転がる。
「おい、どうした!?」
駆け寄って引き起こす。が、リメアの動きはあまりにも緩慢で、脱力しきっていた。
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